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【設樂】アバンシと 日本の自動車メーカーとの合意

1アバンシに関する新聞記事

新聞を読んでいて、これはという記事があると、以前なら紙ベースで切り抜いていたが、最近は、スマホで写真を撮るようになった。記事を切り抜いても、本棚のあちらこちらに散乱したままであるため、便利な時代になったように思う。

この原稿を書くに当たり、アバンシの新聞記事の写真を探すために、スマホの写真の検索のアイコンに「新聞」と入力したら、撮影した新聞記事が出てきた。便利な機能である。本日はその中の二つの記事を紹介したうえで、標準必須特許とアバンシの最近の動向と今後の問題についてふれてみたい。なお、新聞をデジタルで購読すれば、もっと便利に検索できるのかもしれないが、紙の新聞の一覧性も捨てがたいところである。①「ダイムラー、ノキアに特許料」(2021年6月2日の日経新聞朝刊)記事の要旨は、ノキアが、ドイツで、4G(LTE)に関する特許に基づきダイムラーのコネクテッドカーを特許権侵害で訴え、製造販売の差止を求める10件の訴訟を提起し、2件はノキアが勝訴し、1件はダイムラーが勝訴していたところ、両者間で、特許料を支払う旨の和解が成立したというものである。この訴訟では、標準必須特許により、自動車の製造販売の差止が認められるかとの争点と、特許料を支払うのは、完成車メーカーか、通信制御ユニットを生産する部品メーカーか等が争点として争われていた。そして、この記事では、多数の企業によって保有される標準必須特許のうち、7割の特許を管理する「アバンシ」(パテントプール)とドイツのBMWやフォルクスワーゲンが既に合意し、アバンシを通じて通信の標準必須特許のライセンスを受けていることと、ダイムラーの次は、日本の自動車メーカーへの圧力が強まることが記載されている。②「つながる車の特許料支払い、トヨタや日産、初の合意、日本勢、取引慣行に転機」(2022年9月22日の日経新聞朝刊)この記事の要旨は、トヨタ、日産、ホンダ、スズキ、三菱自動車などの日本の自動車メーカーがアバンシとの間で、4G(LTE)について、1台当たり15~20ドルのライセンス料を支払うことで合意したというものである。

2自動車メーカーかサプライヤーか

4G、5Gなどの標準必須特許については、ノキア、エリクソン、米国のクアルコム、フィリップスや中国のファーウエイなどの海外企業のほかにNTTドコモなどの日本企業など、通信技術に関する世界の有力な企業が多数の特許を保有している。

日本の自動車メーカーは、これまで、通信の標準必須特許については、通信技術ユニットのサプライヤーがライセンスを受けるべきであり、自動車メーカーは、ライセンスを受ける必要はないとのスタンスで標準必須特許権者と交渉してきた。しかし、標準必須特許権者の立場からすると、自動車メーカーと交渉するか、通信部品のメーカーと交渉するかは、特許権者の自由である。したがって、自動車メーカーが、ライセンス交渉において、サプライヤーからライセンスを受けるべきであるとの上記立場を死守すると、次に述べるドイツや英国における最近の裁判例あるいは知財高裁のアップルvsサムスン事件の大合議判決からしても、侵害訴訟の裁判等で、日本の自動車メーカーにはライセンスを受ける意思がないと判断される可能性があり、日本の自動車メーカーが、上記のような立場を貫くことには相当のリスクが生じていた。

この4年間においては、英国の最高裁判所は、2020年8月26日、標準必須特許を巡り、Unwired Planet v Huawei事件及びConversant v Huawei, ZTE事件について、重要な判決を言い渡した。また、ドイツの連邦最高裁判所も、2020年5月5日、Sisvel v Haier事件について、重要な判決を言い渡した。いずれも標準必須特許権者による差止請求を認めたのが、強く印象に残るところであり、その詳細は、ボイス視点の2021年4月号「IoT時代における英国及びドイツの裁判所の標準必須特許を巡る判決の潮流について」において記載したところである。

そして、同記事の末尾において、筆者は次のように記載している。「2015年のCJEUの判決あるいは2014年のアップル・サムスン知財高裁大合議判決が言い渡された頃は、暫くの間、標準必須特許権者が差止請求を認めることは、なかなか容易ではないと考えられていた。しかし、訴訟でいくつかの標準必須特許の侵害が認められても、その損害賠償請求だけでは、十分な代償が得られるわけではないことから、標準必須特許権者による差止請求を全く認めないことは、逆に、実施者が強すぎる立場を得ることになる、というのも事実である。ドイツのマンハイム地裁は、2020年8月に、ノキアのLTE特許に基づき、ダイムラー社に対する差止請求を認める判決を言い渡し、ミュンヘン連邦地裁も、同年9月には、シャープのLTE特許に基づき、ダイムラー社に対する差止請求を認める判決を言い渡した。これらの地裁判決も含めた最近の英国、ドイツの裁判所の判決の傾向を見ると、最近はむしろ、CJEUの判決が提示した訴訟前の手続を柔軟に解釈しながら、どのような標準必須特許権者とどのような実施者に対して、差止請求が認められるべきであるか、その見直しが行われつつあるように思われる。日本においても、知財高裁のアップル・サムスン大合議判決によれば、実施者が徒に交渉を引き延ばし、誠実に交渉する態度ではなかった場合には、誠実に交渉してきた特許権者による差止請求は認められるはずであり、そのような裁判例も期待されるところである。」

筆者は、標準必須特許を巡る上記のような裁判例及び後記3の理由から、これまでも審議会等において、アバンシのようなパテントプールの利用が、標準必須特許の利用と、そのライセンス契約の締結に向けた実務上の重要な解決策となることを何度か述べてきた。今回、上記の新聞記事②にあるように、このタイミングで、日本の自動車メーカーが、これまでの立場を捨て、アバンシとライセンス契約を締結したことは、正に正しい選択をしたと考えられる。日本の自動車メーカーとしては、標準必須特許権者からライセンスを受け、新たな技術や製品の開発に注力し、世界の自動車メーカーとの厳しい競争に打ち勝ってもらいたいものである。

3異業種間のメーカーとのライセンス契約

IOTといわれて久しいが、仮に、5Gを利用した自動運転自動車や4G、5Gなどの通信技術を利用したその他の新製品を市場において販売しようとすれば、これ等の通信の標準必須特許を保有する世界各国の多数の企業とライセンス契約を締結し、ライセンス料を支払う必要が生じる。しかし、仮に、世界各国の多数の企業とその保有する標準必須特許について、個別にライセンス契約の条件交渉をし、ライセンス契約を締結するとなると、それに要する労力、時間、そして合意成立後に累積するロイヤルティによる経済的負担などを考えれば、日本企業の知財部や法務部にとって、想像を絶する大変な作業となる。

また、標準必須特許の保有者にとっても、せっかく4G、5G等の先端的な通信技術を開発した以上は、多数の企業がこれらの技術を様々な分野の製品に利用して、新たな製品を世の中に送り出し、それらの企業と合理的なライセンス契約を締結し、それにより得たライセンス料により、さらに新たな通信技術の開発資金を回収し、新技術を開発することは、社会全体の技術の進歩にとって極めて重要なことである。

そのような状況の中で、現実的な解決策を示していると思われるのが、アバンシである。アバンシ(Avanci)は、現在のところ、通信に関する標準必須特許権者52社が加盟しているパテントプールであり、世界の有力な自動車メーカー46社がライセンシーとして加入している(https://www.avanci.com)。

アバンシは、そのウェブサイトで、One-stop, Fair,Convenientなどを標榜している。ライセンスを受ける企業にとっては、世界各国の標準必須特許権者と交渉をせずに、One-stopで標準必須特許権者とライセンス契約を締結することができるのが、最大の利点であろう。4Gを利用したコネクテッドカーについては、2022年8月末までは1台当たり15ドル、9月以降は20ドルでライセンス契約を締結できる(もっとも、別途、一部の企業と追加のロイヤルティの支払が必要となる。)。

アバンシは、米国のダラスにある企業であり、Connected vehiclesやsmart-metersを対象にライセンスをしているが、標準必須特許のライセンス契約問題に対する現実的な解決策として、現在のところ、唯一有効に機能していると思われるパテントプールである。

そして、筆者としては、アバンシが今後も有効に機能していくためには、次のような点が今後の課題として気になるところである。

一つ目は、5Gの利用料率である。現在開発されつつある自動運転の自動車において5Gが重要な通信技術となるところ、1台当たりいくらの利用料率となるのかが気になる点である。まずは通信技術の利用を広く促進するために、アバンシが自動車業界と十分な協議を経たうえで、利用しやすい合理的な利用料率を決めていくことを期待したい。なお、民間企業であるアバンシが公正な利用料率を決めるための手続はどのようにあるべきなのかは、アバンシにおいて検討されるべき課題であるが、通信技術を利用する業界との誠実な話し合いが重要なポイントであると考える。

二つ目の気になる点は、全ての標準必須特許権者がアバンシに加入しているわけではない点である。サムスン電子やファーウェイなどが未加入であり、特に5Gについては、両社の今後の動向が注目される。

なお、今後は、自動車メーカー以外の異業種業界における通信技術を利用した新製品に関するライセンス契約の行方についても気になるところではある。

ちなみに、標準必須特許のライセンス交渉については、特許庁が2022年6月30日に「標準必須特許のライセンス交渉に関する手引き」の第2版を公表した。その改訂に至る経緯や改訂のポイントは、LES JAPAN NEWS(2022年9月、VOL63,No3,71頁以下)にも紹介されている。2018年6月の初版以来4年ぶりの改訂である。

上記手引き第2版は、通信業界以外の異業種の企業が標準必須特許権者とライセンス交渉をするに当たり、知るべき知識、世界各国の最近の裁判例などをコンパクトにまとめたものとして貴重な資料である。しかし、このような手引きを前提としても、世界各国の標準必須特許権者と個別にライセンス契約を締結し、交渉することが困難であることに変わりはなく、これらを考えると、現在のところ、アバンシ等のパテントプールが実務上の唯一の解決策となっている。

通信に関する標準必須特許の保有者にとっても、せっかく4G、5G等の先端的な通信技術を開発した以上は、これを広く様々な企業が利用し、新たな製品を世の中に送り出すことが重要であり、そのためには、アバンシ等のワンストップのパテントプールを介して、それらの企業と合理的な料率のライセンス契約を締結し、そのライセンス料により、新たな通信技術の開発資金を回収し、新技術を開発することは、極めて重要なことであるから、今後も、通信技術を利用する業界との誠実な協議を継続し、合理的な料率のロイヤルティによる運用がなされることを期待したい。