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【設樂】ドワンゴ大合議判決について

令和5年5月26日、ドワンゴ事件について、知財高裁の大合議判決(令和4年(ネ)第10046号)が言い渡された。同判決は、知財高裁ホームページにおいて、「サーバとネットワークを介して接続された複数の端末装置を備えるシステムの発明について、日本国外に存在するサーバと日本国内に存在するユーザ端末からなるシステムを新たに作り出す行為が、上記発明の実施行為として、特許法2条3項1号所定の「生産」に該当するとされた事例」として紹介されている。

この判決は、一審判決が判示したような従来から考えられていた特許法の属地主義の殻を破るものであり、その意味では大変興味深い判決であるといえる。もっとも、「事例」として紹介されているように、この大合議判決は、いわゆる事例判決であり、どこまで一般化できるかとの問題が生じる。今回は、ドワンゴ大合議判決の判決要旨を紹介し、今後の実務への影響について、検討してみたい。

1 事案の概要

Xは、発明の名称を「コメント配信システム」とする特許第6526304号の特許権者であり、Y1は、インターネット上のコメント付き動画配信サービスを運営している米国法人である。

この事例は、米国内にあるY1のサーバから被告各ファイルが送信され、これを国内のユーザの端末が受信し、被告各システムを構築するため、いわゆる国境を超えた侵害行為といわれるものである。原審及び大合議判決は、この配信サービスをする被告各システムが、本件特許発明の技術的範囲に属するものであると認定している。

本件の争点は、Y1が米国に存在する被告各サーバから日本国内に存在するユーザ端末に被告各ファイルを配信する行為が、被告各システムの「生産」(特許法2条3項1号)に該当するかどうかである。

原審の東京地裁は、属地主義の原則から、特許法2条3項1号の「生産」に該当するためには、特許発明の全ての構成要件を満たす物が、日本国内において新たに作り出されることが必要であると解すべきであるところ、被告システムの構成要素である被告サーバは米国内に存在し、日本国内に存在するユーザ端末のみでは、本件特許に係る発明の全ての構成要件を充足しないから、Y1が被告システムを日本国内で「生産」したものとは認められないと判断し、Xの請求をいずれも棄却した。

東京地裁判決は、従来から理解されていた特許法の属地主義の原則に基づいて、国外における行為は、国内における生産行為には当たらないとして、特許権者の請求を棄却したものであり、従来からの属地主義の考え方に合致するものであった。

これに対し、本大合議判決は、属地主義の原則についての従来の考え方を踏襲しながら、本件のY1の行為は、被告各システムを日本国内で生産したものに当たる、と判断した。

2 本判決の概要

(1)属地主義

本判決は、属地主義について、「特許権についての属地主義の原則とは、各国の特許権が、その成立、移転、効力等につき当該国の法律によって定められ、特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められることを意味するものであるところ(最高裁平成7年(オ)第1988号同9年7月1日第三小法廷判決・民集51巻6号2299頁・・・)、我が国の特許法においても、上記原則が妥当する」と判断した。

したがって、この判決は、特許権の効力が我が国の領域内においてのみ認められることを前提としている。もっとも、本判決の、「生産」の概念の判示については、後記のとおり、その前提としての属地主義の考え方の変更があると解される。

(2)ネットワーク型システムの「生産」の意義

本判決は、「本件発明1のように、インターネット等のネットワークを介して、サーバと端末が接続され、全体としてまとまった機能を発揮するシステム(ネットワーク型システム)の発明における「生産」とは、単独では当該発明の全ての構成要件を充足しない複数の要素が、ネットワークを介して接続することによって互いに有機的な関係を持ち、全体として当該発明の全ての構成要件を充足する機能を有するようになることによって、当該システムを新たに作り出す行為をいうものと解される。」、「上記各ファイルが米国に存在するY1のサーバから国内のユーザ端末へ送信され、ユーザ端末がこれらを受信することは、米国と我が国にまたがって行われるものであり、また、新たに作り出される被告各システムは、米国と我が国にわたって存在するものである。・・・ネットワーク型システムにおいて、サーバが日本国外(国外)に設置されることは、現在、一般的に行われており、また、サーバがどの国に存在するかは、ネットワーク型システムの利用に当たって障害とならないことからすれば、被疑侵害物件であるネットワーク型システムを構成するサーバが国外に存在していたとしても、当該システムを構成する端末が日本国内(国内)に存在すれば、これを用いて当該システムを国内で利用することは可能であり、その利用は、特許権者が当該発明を国内で実施して得ることができる経済的利益に影響を及ぼし得るものである。

そうすると、ネットワーク型システムの発明について、属地主義の原則を厳格に解釈し、当該システムを構成する要素の一部であるサーバが国外に存在することを理由に、一律に我が国の特許法2条3項の「実施」に該当しないと解することは、サーバを国外に設置さえすれば特許を容易に回避し得ることとなり、当該システムの発明に係る特許権について十分な保護を図ることができないこととなって、妥当ではない。

他方で、当該システムを構成する要素の一部である端末が国内に存在することを理由に、一律に特許法2条3項の「実施」に該当すると解することは、当該特許権の過剰な保護となり、経済活動に支障を生じる事態となり得るものであって、これも妥当ではない。

これらを踏まえると、ネットワーク型システムの発明に係る特許権を適切に保護する観点から、ネットワーク型システムを新たに作り出す行為が、特許法2条3項1号の「生産」に該当するか否かについては、当該システムを構成する要素の一部であるサーバが国外に存在する場合であっても、①当該行為の具体的態様、②当該システムを構成する各要素のうち国内に存在するものが当該発明において果たす機能・役割、③当該システムの利用によって当該発明の効果が得られる場所、④その利用が当該発明の特許権者の経済的利益に与える影響等を総合考慮し、当該行為が我が国の領域内で行われたものとみることができるときは、特許法2条3項1号の「生産」に該当すると解するのが相当である。」(①ないし④の数字は筆者が付加)

(3)本件生産1の1は、我が国の領域内で行われたものとみることができる

「これを本件生産1の1についてみると、本件生産1の1の具体的態様は、米国に存在するサーバから国内のユーザ端末に各ファイルが送信され、国内のユーザ端末がこれらを受信することによって行われるものであって、当該送信及び受信(送受信)は一体として行われ、国内のユーザ端末が各ファイルを受信することによって被告システム1が完成することからすれば、上記送受信は国内で行われたものと観念することができる。

次に、被告システム1は、米国に存在する被控訴人Y1のサーバと国内に存在するユーザ端末とから構成されるものであるところ、国内に存在する上記ユーザ端末は、本件発明1の主要な機能である動画上に表示されるコメント同士が重ならない位置に表示されるようにするために必要とされる構成要件1Fの判定部の機能と構成要件1Gの表示位置制御部の機能を果たしている。

さらに、被告システム1は、上記ユーザ端末を介して国内から利用することができるものであって、コメントを利用したコミュニケーションにおける娯楽性の向上という本件発明1の効果は国内で発現しており、また、その国内における利用は、Xが本件発明1に係るシステムを国内で利用して得る経済的利益に影響を及ぼし得るものである。以上の事情を総合考慮すると、本件生産1の1は、我が国の領域内で行われたものとみることができるから、本件発明1との関係で、特許法2条3項1号の「生産」に該当するものと認められる。」と判断して、総合考慮説を採用して、特許法上の「生産」の概念を拡張的に解釈した。

そして、Y1の主張(カードリーダー事件の最高裁判決等は、属地主義の原則を厳格に貫いてきたのであり、その例外を設けることの悪影響が明白に予見されるから、仮に属地主義の原則の例外を設けるとしても、それは立法によってされるべきである)に対しては、「特許権についての属地主義の原則とは、・・・特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められることを意味することに照らすと、上記のとおり当該行為が我が国の領域内で行われたものとみることができるときに特許法2条3項1号の「生産」に該当すると解釈したとしても、属地主義の原則に反しないというべきである。」と判示した。

3 本判決の今後の実務への影響

(1)本判決は、

①「属地主義の原則とは、各国の特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められることを意味する」との原則を変えずに

②「ネットワーク型システムの発明について、属地主義の原則を厳格に解釈し、当該システムを構成する要素の一部であるサーバが国外に存在することを理由に、一律に我が国の特許法2条3項の「実施」に該当しないと解することは、サーバを国外に設置さえすれば特許を容易に回避し得ることとなり、当該システムの発明に係る特許権について十分な保護を図ることができないこととなって、妥当ではない」ことを理由として、

③「ネットワーク型システムを新たに作り出す行為が、「生産」に該当するか否かについては、当該システムを構成する要素の一部であるサーバが国外に存在する場合であっても、❶当該行為の具体的態様、❷当該システムを構成する各要素のうち国内に存在するものが当該発明において果たす機能・役割、❸当該システムの利用によって当該発明の効果が得られる場所、❹その利用が当該発明の特許権者の経済的利益に与える影響等を総合考慮し、当該行為が我が国の領域内で行われたものとみることができるときは、特許法2条3項1号の「生産」に該当すると解する」と判断したものである。

本判決の総合考慮説によれば、上記のうち、❷国内に存在するユーザ端末等の果たす機能、役割、❸当該発明の効果が得られる場所が国内であること、❹その利用が当該発明の特許権者の経済的利益に与える影響等が重要な要素であると解される。

(2)ネットワーク型システムの発明について、サーバを国外に配置するだけで、サーバから国内の端末にファイルを送信してもシステムの生産にならないのは不当である、との批判は従来からあった。これに対しては、属地主義の原則がある以上、仕方がないことであり、サーバが国外に置かれることは十分に予想されることであるから、ネットワーク型システムやその方法の発明については、クレームの記載を工夫すべきであり、サーバが国外に置かれても侵害となるようにクレームを記載すべきであるとの考え方もあった。もっとも、クレームの記載だけで対応するのには限界があり、サーバが国外にある場合にも対応したクレームとするのは困難であるとの指摘もあった。

ネットワーク型の経済社会において、サーバが国外にあるネットワーク型システムが頻繁に使われるようになり、その態様も多様化するにつれ、これらを対象とする特許発明の保護を十分にすべきとの社会的要請がより強くなってきているようであり、いつか何らかの変更がなされる時期が来る、との予想もされていたところである。ただし、従来の属地主義の考え方を大きく変更することは、国際社会での混乱を招くおそれがあるため、属地主義の考え方の変更については、基本的には条約の締結によりなされるべきであるとの考え方は有力である。

そうすると、本判決のように、ネットワーク型システムの発明について、サーバが国外にある場合について、日本国内における「生産」行為の概念を広げ、総合考慮説により、日本国内における生産と評価しうる範囲を拡張させるとの考え方は、特許法の「生産」の概念の基礎にある属地主義の考え方、すなわち、各国の特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められることを意味するとの考え方を変更するものであると分析することは可能ではある。

もっとも、経済社会の変容により、属地主義の考え方を一部修正する必要が生じてきた場合に、これを条約や各国の立法により修正するとしても、その検討材料となるのは、その時点における各国の裁判例であろうから、その観点から言えば、本大合議判決は、従来からの属地主義の基本的な考え方を変更せずに、特許法上の「生産」の考え方を、ネットワーク型システムの発明等のみに関連して修正、変更し、属地主義の考え方を現代社会の要請に合致させようとした判決として、評価し得る。

(3)本判決は、大合議判決であるため、最高裁が取り上げて何らかの判断を示すまでは、実務をリードする判決となる。ただし、本判決の射程距離は、冒頭で述べたように、ネットワーク型システムの発明に関する生産についての事例判決であるため、ネットワーク型システムの発明等に関する範囲でのみ実務に影響を及ぼすことになり、物の発明の生産行為の考え方一般について、これを変更するものではないと解される。すなわち、特許法2条3項の「物の発明」における「その物の生産」とは、日本国内における生産であり、海外における生産は含まれないとの属地主義の基本的な考え方について、直接的な影響が生じることはないであろう。

本判決は、このように特許法の生産の考え方を一般的に変更するものではなく、ネットワーク型システムの発明等の生産について例外的に総合考慮説を採用したものである。そして、そうであるならば、ネットワーク型発明の実施に関連して、特許法の「生産」の概念について何らかの立法をすべきなのかは、今後議論されるところであろう。