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【設樂】平成31年特許法改正による査証制度について(1)

(2019年8月発行「季刊創英ヴォイスvol.86」に寄稿)

【国会の附帯決議】

特許法等の一部の改正案は、平成31年4月16日に衆議院において全会一致で可決され、引き続き、令和元年5月10日、参議院においても全会一致で可決された。これにより、特許法105条の2の査証制度が新たに創設された。

特許制度小委員会においては、査証制度を新たに創設することについて、これに賛成する委員が圧倒的に多かったけれども、委員会の外部ではこれに反対する意見も少なからずあった。委員会の内外において、査証制度創設に向けた賛否両論の熱い議論があったことを思い出すと、衆参両院において、同法案が全会一致で決議されたことは、興味深くもあり、小さな驚きでもあった。

 

【今回成立した査証制度について】

今回導入された査証制度は、証拠収集制度としては、米国のディスカバリーや英独仏の証拠収集手続きと比べると、査証を受ける側の営業秘密の保護に十分に配慮したマイルドなものであるにもかかわらず、査証命令自体に対する即時抗告を認めるなど、やや重い手続きとなってしまっている。しかし、このような証拠収集制度が導入された意義は大きなものがある。

特許権者が特許権を有効に活用するためには、侵害製品、侵害装置ないし製法を発見したときには特許権侵害訴訟を提起し、勝訴することができるような制度である必要がある。相手方の製品が市場で入手できる製品である場合には、市場でこれを入手し、分析し、侵害を立証することは比較的容易である。しかし、相手方の製品が市場で入手できないB to B製品である場合(工場内に設置される機械、装置、コンピュータシステムあるいは製品化される前の材料等)、あるいは、工場内で行われる製品の製法の場合は、これまでの法制度の下では、特許権者が、それらの構造、システム、あるいは製法を特定し、立証することは容易ではなかった。

特許権侵害訴訟は、国際的であり、日本の特許訴訟は、適正迅速な運用がなされてきたと評価されているが、唯一、弱いのは、証拠収集制度であった。諸外国の証拠収集制度を見ると、まず、米国のディスカバリーは、最も強力であるが、やや無駄が多く、コストも非常に高くなるとの批判があり、これを日本に導入しようという意見はほとんどない。フランスのセジ―も同様に、特許権者にとっては強力な証拠収集手続きであるが、相手方の営業秘密の保護という観点からは、容易に命令が出され、強力すぎる、との批判がある。イギリスのディスクロージャーやドイツの査察制度は、実務の運用を考慮すると、ディスカバリーやセジーよりは、相手方企業の企業秘密の保護とのバランスも考えた証拠収集制度であり、より合理的である。したがって、英独のシステムを参考としながら日本の特許訴訟の実務に見合った証拠収集制度を考える、ということが今回の立法のスタート地点であった。

英国の証拠収集は、訴え提起後の争点整理手続きの中でなされることが多い。英国の裁判所は、証拠収集について、非常に強い権限を持っており、営業秘密保護のための手続き(コンフィデンシャリティ・クラブ)もスムースになされるため、英国では、争点整理手続きの中で、当事者が自主的に、対象製品、対象装置の構造その他について、必要な事項を開示することが多い。そのため、いざとなれば裁判所が証拠収集のための強力な命令を発令するが、それに至ることは比較的少ない、との実務慣行ができている。今回の日本の査証制度の実務の運用としても、いざとなれば査証命令を発令するという強い権限を持つ裁判所が、弁論準備手続き等で争点の整理をし、裁判所が必要と認めれば、当事者が自主的に対象製品の構造その他について開示し、スムースに審理を進めることが期待されている。そして、弁論準備手続きの中で、その開示が不十分であり、裁判所が査証命令が必要であると考えた場合には、伝家の宝刀として査証命令を速やかに発令する、という運用が期待されている。

 

【査証命令の要件】

改正法の105条の2は、査証命令の要件として、

①「立証されるべき事実の有無を判断するため」、

② 相手方の「書類又は装置その他のもの(「書類等」)」について、「確認、作動、計測、実験その他の措置をとることによる証拠の収集が必要であると認められる場合」

③「特許権を相手方が侵害したことを疑うに足りる相当な理由があると認められ」

④「申立人が自ら又は他の手段によっては、当該証拠の収集を行うことができないと見込まれるときは」

⑤「相手方の意見を聴いて」

⑥「証拠の収集に要すべき時間又は査証を受けるべき当事者の負担が不相当なものとなることその他の事情により、相当でないと認めるとき」

と規定している。

まず、注意すべきは、③の要件である。特許権者は、査証命令を求める前に、「相手方が侵害をしたことを疑うに足りる相当な理由」があることを、証拠で示す必要がある。この点は、特許権者が査証制度を濫用し、相手方の営業秘密を見ることを目的として、訴訟を提起し、査証命令を得ることを防ぐための規定である。もっとも、査証報告書については、「正当な理由があると認めるときは、決定で、査証報告書の全部または一部を申立人に開示しないこととすることができる」(105条の2の6の3号)であり、非侵害の結論の場合には、営業秘密については、全面的に非開示とされる。したがって、営業秘密がこれらの規定により保護されていることからすると、侵害を疑うに足りる相当な理由については、侵害の立証がある場合と同程度の高度の立証を求める必要がないことは当然として、査証制度の濫用防止の観点から、侵害を疑う相当な理由の疎明を求めれば足りるであろう。この点について高度の疎明を求めることは、証拠収集制度の趣旨に反することになるため、裁判所の適切な判断と運用がなされることが期待される。

次に、①、②と④は、市場で対象製品を入手することが困難であるような、工場内設置の機械、装置の構造、作動、ソフトウエアの作動、製品の材料、あるいは製造方法等の立証に必要な証拠収集であることを規定しているものと理解される。この中では、特に②の「装置」の「確認、作動、計測、実験その他の措置による証拠の収集」が重要である。実際の運用としては、弁論準備手続きの中で、当事者が自主的に対象装置ないし方法の開示をして、その開示が十分かどうかの議論が、準備書面や証拠提出あるいは口頭の釈明等の中でなされ、十分な裏付けがあると裁判所が判断した場合は、②の証拠収集の必要性が否定され、その開示が十分な裏付けがないと判断された場合は、②の証拠収集の必要性が肯定される、との実務の運用が予想される。

そして、査証手続に進む場合には、これらと並行して、⑤の査証手続きに対する「相手方の意見」も聞くことになる。実際には、ここで必要かつ十分な議論及び打合せをするとの運用がなされるであろう。

⑥の相当性の要件は、委員会の議論の中で、査証手続きにより、工場の操業を停止せざるをえないこととなり、大きな損害が生じる、あるいは、巨大なコンピュータシステムにおけるソフトウエアの抽出ないし解析に莫大な費用と時間がかかることがあるなどの課題が指摘され、追加されたものである。この点は、相手方が、主張立証責任を負う。

 

(2)に続く]

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