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特許の分割出願について(2)

今回は、分割出願で問題になりやすい争点について、特許庁と知財高裁の判断が異なった裁判例-知財高判平成30年1月15日・平成28年(行ケ)第10278号〔ピタバスタチンカルシウムの新規な結晶質形態〕-を紹介します。

1 事案の概要

対象となった分割出願に係る特許は、最も古い原出願から3世代目の分割出願です。この分割出願では、特許請求の範囲のみならず明細書についても、分割の基礎となった原出願から修正された内容となっていました。

この第3世代分割出願は、審査において、最も古い原出願発明及び第2世代分割出願発明と実質同一の発明であるとして、特許法39条2項により拒絶査定されたため、拒絶査定不服審判請求時の手続補正(本件補正)で、請求項に記載の結晶多型Aから原出願等の発明に係る結晶(26個のピークと強度で特定されたX線粉末回折図形を有する結晶)を除くクレームして(以下の訂正請求項1の構成要件E)、特許になりました。この本件補正が新規事項を追加するものであるか否かが、後に問題になります。

その後異議申立がされ、訂正請求がされたところ、異議決定は、「訂正を認める。請求項1~7,9~13に係る特許を取り消す。請求項8に係る特許を維持する。」と結論したため、特許権者は、決定取消訴訟を提起しました。

訂正請求項1は以下のとおりです。

A 2θで表して、5.0±0.2°、6.8±0.2°、9.1±0.2°、13.7±0.2°、20.8±0.2°、24.2±0.2°に特徴的なピークを有し、20.2±0.2°に特徴的なピークを有しない、特徴的なX線粉末回折図形を示し、

B FT-IR分光法と結合した熱重量法により測定した含水量が9~15%である(但し、10.5~10.7%(w/w)の水を含むものを除く)、

C (3R,5S)-7-[2-シクロプロピル-4-(4-フルオロフェニル)キノリン-3-イル]-3,5-ジヒドロキシ-6(E)-ヘプテン酸ヘミカルシウム塩の

D 結晶多形A。

E 但し、2θで表して、5.0±0.2°(s)、6.8±0.2°(s)、9.1±0.2°(s)、10.0±0.2°(w)、10.5±0.2°(m)、11.0±0.2°(m)、13.3±0.2°(vw)、13.7±0.2°(s)、14.0±0.2°(w)、14.7±0.2°(w)、15.9±0.2°(vw)、16.9±0.2°(w)、17.1±0.2°(vw)、18.4±0.2°(m)、19.1±0.2°(w)、20.8±0.2°(vs)、21.1±0.2°(m)、21.6±0.2°(m)、22.9±0.2°(m)、23.7±0.2°(m)、24.2±0.2°(s)、25.2±0.2°(w)、27.1±0.2°(m)、29.6±0.2°(vw)、30.2±0.2°(w)、34.0±0.2°(w)[ここで、(vs)は、非常に強い強度を意味し、(s)は、強い強度を意味し、(m)は、中間の強度を意味し、(w)は、弱い強度を意味し、(vw)は、非常に弱い強度を意味する]に特徴的なピークを有する特徴的なX線粉末回折図形を示し、FT-IR分光法と結合した熱重量法により測定した含水量が3~15%であるものを除く。

2 特許庁の異議決定と知財高裁判決の対比

 

争点

   異議決定     判決
取消(請求項1~7,9~13)

維持(請求項8)

審決一部取消

(請求項2,4,6,9に係る部分)

補正要件(新規事項)       ×       〇
サポート要件       ×       〇
実施可能要件       ×       〇
分割の適法性       ×       ×
引用例1※で新規性欠如

(請求項1,10~13)

      ×     判断せず
引用例2※で進歩性欠如

(請求項1,3,4,7,10~13)

      ×       ×
引用例3で進歩性欠如

(請求項1,3,4,7,10~13)

      ×     判断せず

※現実の出願日前の公知文献

 

上記争点のうち、赤字で示した3つの争点について、以下、検討します。

なお、補正要件は、補正が本件分割出願の当初明細書に記載された事項であるか否かを判断し、サポート要件は、請求項に係る発明が本件特許(訂正)明細書の発明の詳細な説明に記載された発明であるか否かを判断し、分割の適法性は、分割出願に係る発明が原出願の当初明細書に記載されたものであるか否かを判断することになります。

3 補正要件(新規事項)

異議決定は、本件分割出願の当初明細書に記載されていた結晶多形Aから構成要件Eを除くことによって、「実体のない「結晶多形A」だけが残ることとなるから,その技術的意義が変わることとなり,新たな技術的事項を導入したこととなる」として、本件補正は新規事項であると判断しました。

一方、判決は、本件分割出願の当初明細書には、「結晶多形Aには、構成要件Eで特定される結晶多形だけではなく、・・・本件分割出願時の請求項1で特定される結晶多形も該当する旨」の記載があること、「構成要件Eで特定される結晶多型は,結晶多型Aの具体的な態様の一つである旨を説明する」記載があること、また、実施例の記載は「構成要件Eで特定される結晶多形のみが結晶多形Aである旨説明するものではない」として、「本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】に,構成要件Eを追加する本件補正は,新たな技術的事項を導入するものではなく,本件出願当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものというべきである。」と判断しました。

本件分割出願の当初明細書の実施例には、結晶多形Aとして、構成要件Eに特定された26個のピークを有する結晶しか記載されていなかったことから、異議決定は、構成要件Eの除くクレームによって訂正発明を裏付ける実施例がなくなってしまうこと(実体のない発明なること)を問題にしたと考えられるのに対し、判決は、本件分割出願の当初明細書の記載の実施例以外の記載(分割出願の際に原出願明細書の記載を修正した部分を含む)も考慮して、本件補正は新規事項には当たらないと判断しています。その結果、結論に相違が生じたものと考えられます。

4 サポート要件

異議決定は、「本件訂正明細書の発明の詳細な説明には,上記実施例以外の結晶多形Aとして具体的にどのようなものが得られるかは記載されておらず,例えば,測定や製造においてどのような条件設定をすれば,結晶多形AのX線粉末回折図形における上記26個のピークの2θや相対強度が表1に示されるものと異なったものとして得られるのかは記載されていない。」と判断しました。

一方、判決は、実施例の記載等から「当業者は,・・・26個偏差内相対強度図形を示し(構成要件Aに相当),FT-IR分光法と結合した熱重量法により測定した含水量が約10%(構成要件Bに近似)であるピタバスタチンカルシウム(構成要件Cに相当)の結晶多形(構成要件Dに相当)を製造できると認識することができる。・・・乾燥条件を変更することで,含水量が約10%の上記結晶多形ではなく,10.5%(w/w)を下回る結晶多形や,10.7%(w/w)を上回る結晶多形を製造できることを,当業者は,技術常識に照らして認識することができる。」、「当業者は,X線粉末回析図形について,【0047】(注;実施例)に記載された製造方法によっても,構成要件Eの26個偏差内相対強度図形を示すとは限らないことを,技術常識に照らして認識することができる」として、サポート要件に適合すると判断しました。

サポート要件においても、異議決定は実施例重視の立場であるのに対し、判決は技術常識も参酌して判断したものと考えられ、その結果、結論に相違が生じたものと考えられます。

 

5 分割の適法性

異議決定は「・・・本件発明1は,・・・特定の6個の2θと1個のピークを有さない2θの値のみで特定され,ピークの相対強度も特定しない「結晶多形A」という技術的事項にまでその範囲を拡大するものといえる。したがって,原出願の出願当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入したものと解さざるを得ない。」と判断しました。

判決は、「第3出願(注;原出願)当初明細書等には,本件出願当初明細書【0009】や本件明細書【0009】(注;分割出願の際に原出願明細書から修正した部分)のように,26個無偏差相対強度図形等を示すピタバスタチンカルシウムの結晶多形が,第3出願当初明細書等において規定される結晶多形Aの具体的な態様の一つであることを窺わせる記載はない。」ことを理由に挙げて、「第3出願当初明細書等には,結晶多形Aとして,26個無偏差相対強度図形,別紙【図1】又はそれに若干の偏差を有するX線粉末回析図形を示すピタバスタチンカルシウムの結晶多形しか記載されていないというべきである。」とし、原出願当初明細書には、本件訂正発明の構成要件Aで特定される結晶多形は記載されていないと判断しました。

このように、分割出願に際し、分割出願のクレームに合致するように分割出願明細書を原出願明細書から修正することによって、補正要件やサポート要件は満たすことになったとしても、分割出願のクレームが原出願当初明細書に記載されていないものであれば、分割の実体的要件は満たさないことになります。

 

この事件のように、補正要件(事案によっては訂正要件)、サポート要件、分割の適法性は、分割出願において争点になりやすい点と考えられますので、分割出願をする際には、これらの点に注意が必要です。