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【設樂】令和3年特許法等改正について

令和3年5月14日に特許法等の一部を改正する法律が参議院本会議で可決され、特許法等の一部を改正する法律(令和3年5月21日法律第42号)が公布された。改正法の詳細は、特許庁HP(https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/hokaisei/tokkyo/tokkyohoutou_kaiei_r030521.html)に掲載されている。 筆者は、特許制度小委員会の委員として、特許法改正の議論に関与してきたため、今回の特許法改正のうち、①審判口頭審理のオンライン化、②訂正審判等における通常実施権者の承諾要件の見直し、③手続期間の徒過による特許権消滅の場合の権利回復要件の緩和、④特許権侵害訴訟における第三者意見募集制度(アミカスキューリエ制度)の導入について、その概要を紹介したい(以下、今回改正された特許法については、「新法」、「旧法」などといい、今回改正されていない特許法については、単に「法」ともいう。また、令和3年2月5日の特許制度小委員会の報告書「ウイズコロナ/ポストコロナ時代における特許制度の在り方」(案)を「報告書」という。)。

1 審判口頭審理のオンライン化

特許法において、特許無効審判及び延長登録無効審判の審理の方式は口頭審理によるとされている(法145条1項)。また、拒絶査定不服審判及び訂正審判の審理の方式は書面審理によるとされるが、当事者若しくは参加人の申立てにより又は職権で、口頭審理によるものとすることができるとされている(同条2項)。 この口頭審理が、新法145条6項により、オンラインすなわち「映像と音声の送受信により」通話する方法によってできることとなった(実用新案、意匠、商標の口頭審理においても同様である。)。このオンラインによる口頭審理は、当事者の申立て又は審判長の職権によりなされる。オンライン化は、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐためのみならず、地方を拠点とする企業にとっても便利であり、審議会でも改正案に対し反対の意見は全くなかった。なお、なりすましの防止については、IDとパスワードでオンライン会議に招待してアクセス権の有無を判断するといった方法により現行と同レベルでの本人確認を行うことができる等の意見があった(報告書37頁)。 審判の公正を担保するため、「口頭審理は、公開して行う」(法145条5項)と規定されているところ、審理のオンライン化において、一つ大きな議論となったのは、どう公開するかの問題であった。すなわち、オンライン化された口頭審理のインターネットを通じた公開については、審議会でも二つに議論が分かれた(報告書38頁)。第1は、海外の当事者もいるのでインターネットにより傍聴できるようになれば画期的であり、それを積極的に認める意見であり、第2は、インターネットを通じて口頭審理を公開すると、不特定多数による録音等を防ぐことはできず、興味本位で録音等されて拡散されるおそれがあるため、特許庁の別室や公的な機関での傍聴を可能にすることで足りる、との消極的意見であった。なお、第1の積極説の根拠として、米国のCAFCは口頭審理の録音を公開しており、そのようにすれば問題はないという意見も出されたが、特許庁でも正規に録音しておき、これを公開ないし公開可能にすれば、興味本位の録音の拡散は防げるように思われる。 民事裁判についても、オンライン化の法案が法制審議会で議論されており、2022年に国会に提出され、2025年の本格実施の予定であるところ、審判口頭審理のオンライン化は、それを一歩先んじて進めるものである。また、世界に目を向けると、新型コロナのパンデミック化の状況では、世界各国の裁判所でも、民事裁判の審理のオンライン化が既に急ピッチで始まっている。特に国土の面積が広大な国では、新型コロナ以前からその必要性に迫られており、その動きは顕著である。民事裁判のオンライン化の世界的な流れの中で、知的財田に関する審判口頭審理や知財訴訟の審理がオンラインに向いていることからすると、オンライン化自体には全く問題はないと思われるが、オンライン化された審判口頭審理をインターネットにより公開していくかについては、実務の運用で決まることであり、今後の特許庁の公開の運用が注目されるところである(特許庁審判部の現在の運用方針は、「配信先は当事者の関係者に限り、相手方当事者の同意が必要」というものである。これによれば、海外の当事者の知財担当者も、相手方の同意が得られれば、海外で配信を受けることができるようになると思われる。)。

2 訂正審判等における通常実施権者の承諾要件の見直し

特許権者にとっては、訂正審判の請求及び特許無効審判又は特許異議の申立ての手続の中で行う訂正の請求は、特許が無効又は取消しとされることを防ぐための重要な防御手段である。また、特許権者にとって、特許権に基づく被疑侵害者に対する特許権侵害訴訟において、被疑侵害者から無効の抗弁が主張された場合に訂正の再抗弁を行うことも、侵害訴訟における重要な防御手段である。そして、裁判実務上、当該訂正の再抗弁をするためには、然るべき時期に、特許庁への訂正審判の請求又は訂正の請求をする必要があるとされている。 旧法においては、訂正審判を請求するとき又は特許無効審判若しくは特許異議の申立てにおいて訂正の請求をするときは、通常実施権者、専用実施権者及び質権者の承諾が必要とされていた(特許法第127条並びに同条を準用する同法第120条の5第9項及び第134条の2第9項)。 しかしながら、近年、特許権のライセンスにおいて、1つの企業が多数の特許権を多数の企業に包括クロスライセンスする大規模かつ複雑な態様のライセンス契約が増加している。 標準規格に関連する多数の特許権の包括クロスライセンス契約や、複数の企業が特許権を持ち寄り、参加企業にまとめて通常実施権を許諾する「パテントプール」の存在などを想起すれば、特許権者が侵害訴訟などにおいて、訂正審判や訂正請求をするときに、これらの多数の通常実施権者から、その承諾を要するとの手続きが極めて煩雑であるだけでなく、利害対立関係にある場合には、容易にはその承諾を取得し得ないとの問題があることが、かねてから言われていた。また、裁判実務においても、訂正の再抗弁において、通常実施権者の承諾の有無が争点になることもあった。しかも、米国、英国、ドイツ、中国の各特許法や欧州特許条約など、他の主要国の特許法又は条約には、日本とは異なり、訂正審判において通常実施権者の承諾を必要とする規定は設けられていないため、我が国の企業が、訂正審判等において通常実施権者の承諾が必要であることについて外国企業に説明して理解を得ることに係る負担が生じていた。 今回の改正は、ライセンス契約の多様化により、特許権者が訂正審判又は訂正の請求に際して、全ての通常実施権者の承諾を得ることが現実的に困難となり、また、他の主要国との制度との違いをなくす必要性があり、さらに、特許の無効審判や侵害訴訟における訂正の再抗弁を適宜の時機に提出可能とするために、訂正審判の請求及び特許無効審判又は特許異議の申立ての手続の中で行う訂正の請求における通常実施権者の承諾を不要とするものである。審議会でもこの基本方針に反対する意見はなかった。 旧法127条1項は、特許権者は、専用実施権者、質権者又は通常実施権者(35条1項の職務発明の通常実施権、77条4項、78条の各通常実施権者)の承諾を得た場合に限り、訂正審判の請求ができる旨を規定していたところ、新法127条は、これらの通常実施権者を削除し、その承諾を不要とした(訂正請求については、134条の2第9項が127条を準用しているため、条文の規定は変わらないが、実質的変更となっている。)。なお、特許権の放棄についても同様に通常実施権者の同意は不要とされた(97条)。また、実用新案法、意匠法でも、同様の改正が行われた。

3 手続期間の徒過による特許権消滅の場合の権利回復要件の緩和

我が国を含む各国の産業財産権制度においては、出願人や権利者が、一定の期限までに特定の手続を行わなかった場合、持っていた権利を失い、あるいは優先権を主張できなくなる場合があることに関し、出願人や権利者の申請により権利を復活させるための制度が設けられている。この権利の回復のための判断基準としては、①状況により必要とされる相当な注意を払ったにもかかわらず当該期間を遵守できなかったこと(以下「相当な注意基準」という。)と、②その遅滞が故意でなかったこと(以下「故意基準」という。)の二つがある。わが国の旧法では、上記①の基準を採用していたため、過失による権利喪失の場合に、相当な注意を払っていたとは認めがたい場合がほとんどであり、国内外の出願人等から、我が国の権利の回復のための判断基準が他の主要国の基準に照らし厳格に過ぎるとの指摘を受けていた。 新法は、①手続期間の徒過を治癒する要件について「正当な理由(相当な注意基準)」から、「故意でない(故意基準)」に転換すること、②その際、特許権者等が権利の回復を請求するにあたり、企業規模にかかわらず一律に、回復手数料を課すこと、③災害や感染症等によって、手続期間徒過が出願人等の責めに帰することができない場合に、回復手数料を免除する規定を設けることとする改正を行った(例えば、新特許法36条の2第6項(翻訳文の提出)、112条の2(特許料の追納による特許権の回復)、112条(特許料の追納)その他多数)。なお、実用新案法、意匠法及び商標法においても、同旨の改正が行われた。 この改正により、過失により権利を喪失した権利者の権利回復が容易となるが、第三者としては、特許料の不納付等により一度消滅したはずの特許権が復活することが容易となるということに注意すべきであろう。すなわち、競業会社の特許権が不納付により消滅しても、最長1年間は注意して権利の復活の有無を確認し、新たな事業を進めるのは、その後にする必要がある。

4 特許権侵害訴訟における第三者意見募集制度(アミカスキューリエ制度)の導入

AI・IoT技術の時代においては、特許権侵害訴訟は、これまで以上に高度化・複雑化し、裁判所の判断が産業の発達に大きな影響を与えることが想定される。この制度は、裁判所が必要に応じてより多くの国内外の企業等、研究者、特許実務家から幅広い意見を聴いて、これを参考にして判断を行えるようにするために設けられた。 新法では、東京地裁及び大阪地裁あるいは知財高裁は、特許権侵害訴訟の一審及び控訴審において、「当事者の申立てにより、必要があると認めるときは、他の当事者の意見を聴いて、広く、一般に対し、当該事件に関するこの法律の適用その他必要な事項について、相当な期間を定めて、意見を記載した書面の提出を求めることができる。」(同105条の2の11)旨が規定され、いわゆるアミカスキューリエの制度が導入された。米国では、同趣旨の制度が活用されてきているところ、わが国では、過去において、標準必須特許権の行使の在り方など、産業の発展に大きく影響する特許権侵害訴訟があり、実際に企業等や研究者、実務家から多数の意見が募集されたうえで、裁判所の判断が示されたことがあったが、今後も、裁判所が広く企業等の意見を聴いて判断を示すべき事案があると予想されることから、この制度が新設された。この制度が特許法上も、制度として明記された意義は大きい。