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【設樂】損害賠償額の推定規定は、どのように変わったか

1 初めに

令和元年特許法改正により、査証制度が導入されるとともに、損害賠償額の推定規定についても改正がなされた。ただし、この改正は、特許法102条1項(損害賠償額の推定規定)をどのように改正したのかについて、特許法の専門家の間において議論がある。今回は、同条1項と4項の改正規定について焦点を当てて、解説を試みたい。

「特許法の一部を改正する法律の概要」(令和元年5月経済産業省)によれば、次のように説明されている。

「②損害賠償額算定方法の見直し (ⅰ)侵害者が得た利益のうち、特許権者の生産能力等を超えるとして賠償が否定されていた部分について、侵害者にライセンスしたとみなして、損害賠償を請求できることとする。 (ⅱ)ライセンス料相当額による損害賠償額の算定に当たり、特許権侵害があったことを前提として交渉した場合に決まるであろう額を考慮できる旨を明記する。」

2 実施料相当額(102条4項)の損害について

上記1(ⅱ)の改正により、102条4項のライセンス料相当額の損害について、従来よりも高額の損害額が認められることになった。

改正された4項は、「裁判所は、…実施に対し受けるべき金銭の額…を認定するに当たっては、…侵害があったことを前提として…侵害した者との間で合意するとしたならば、当該特許権者…が得ることとなるその対価を考慮することができる。」と規定している。すなわち、従来は、「侵害があったことを前提とし(た)合意」と規定されておらず、「特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額」と規定していたため、同項の実施料相当額の損害は、通常のライセンス契約において定められる実施料をその前提として、裁判所が実施料相当額を認定することが多かった。

しかしながら、この裁判実務に対しては、裁判所において侵害が認められた場合は、裁判所の判断がなされる前の段階、すなわち侵害や無効判断が不明確な段階で締結される通常のライセンス契約とは状況が違うのであるから、これと同じ実施料相当額を支払えばよいというのでは、侵害をした者が得をするだけであるとの批判があった。そのため、知財高裁の裁判官の間でも、侵害が認められた場合は、通常の実施料額の1.5倍あるいは2倍は支払うべきであるとの議論が多かった。

この点を明示的に判断したのが、令和元年6月7日大合議判決(二酸化炭素含有粘性組成物事件)である。同判決は、「『通常受けるべき金銭の額』では侵害のし得になってしまう」こと、「平成10年改正により『通常』の部分が削除された経緯がある」こと、及び、「特許発明の実施許諾契約においては,技術的範囲への属否や当該特許が無効にされるべきものか否かが明らかではない段階で,被許諾者が最低保証額を支払い,当該特許が無効にされた場合であっても支払済みの実施料の返還を求めることができないなどさまざまな契約上の制約を受けるのが通常である状況の下で事前に実施料率が決定されるのに対し,技術的範囲に属し当該特許が無効にされるべきものとはいえないとして特許権侵害に当たるとされた場合には,侵害者が上記のような契約上の制約を負わない。」と判示し、侵害が認められた場合の実施料損害額は、通常のライセンス契約における実施料相当額よりも高額の実施料損害額が認められるべきであると判示した。

実際に、同判決では、市場における実施料相場が5.3%であるという認定をしつつ、結論として、売上の10%の実施料率を旧特許法102条3項による損害の額としている。

今回の改正は、これと同趣旨の改正であり、上記判決と上記改正により、今後の裁判実務における実施料相当額の損害額がこれまでよりも高額となることは必至である。

3 特許権者による得べかりし利益の損害(102条1項)について

(1)改正法について説明するためには、まず、特許法102条1項の規定の趣旨を説明する必要がある。同規定の趣旨は、次の令和2年2月28日判決(美容器事件)によれば、次のとおりである。

「特許法102条1項は,民法709条に基づき販売数量減少による逸失利益の損害賠償を求める際の損害額の算定方法について定めた規定であり,特許法102条1項本文において,侵害者の譲渡した物の数量に特許権者又は専用実施権者(以下「特許権者等」という。)がその侵害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益額を乗じた額を,特許権者等の実施の能力の限度で損害額とし,同項ただし書において,譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者等が販売することができないとする事情を侵害者が立証したときは,当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものと規定して,侵害行為と相当因果関係のある販売減少数量の立証責任の転換を図ることにより,より柔軟な販売減少数量の認定を目的とする規定である。」
そして、同判決は、同条1項について、「特許法102条1項の文言及び上記趣旨に照らせば,特許権者等が「侵害行為がなければ販売することができた物」とは,侵害行為によってその販売数量に影響を受ける特許権者等の製品,すなわち,侵害品と市場において競合関係に立つ特許権者等の製品であれば足りると解すべきである。また,「単位数量当たりの利益の額」は,特許権者等の製品の売上高から特許権者等において上記製品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した額(限界利益の額)であり,その主張立証責任は,特許権者等の実施の能力を含め特許権者側にあるものと解すべきである。」「さらに,特許法102条1項ただし書の規定する譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者等が「販売することができないとする事情」については,侵害者が主張立証責任を負い,このような事情の存在が主張立証されたときに,当該事情に相当する数量(筆者注・改正法102条1項1号かっこ書きの「特定数量」に当たる。)に応じた額を控除するものである」こと、及び「例えば,①特許権者と侵害者の業務態様や価格等に相違が存在すること(市場の非同一性),②市場における競合品の存在,③侵害者の営業努力(ブランド力,宣伝広告),④侵害品及び特許権者の製品の性能(機能,デザイン等特許発明以外の特徴)に相違が存在することなどの事情がこれに該当する」と判示した。また、同1項1号の「実施相応数量」における「実施の能力」についても、「特許権者等の実施の能力に応じた額を超えない限度という制約を設けているところ,この「実施の能力」は,潜在的な能力で足り,生産委託等の方法により,侵害品の販売数量に対応する数量の製品を供給することが可能な場合も実施の能力があるものと解すべき」と判示した。

(2)今回の改正法は、実施相応数量を超える数量又は上記の特定数量がある場合について、実施料相当額を追加的に請求できることを規定したものである(同条1項2号)。ただし、改正法は、この特定数量については、「専用実施権の設定若しくは通常実施権の許諾をし得たと認められない場合を除」いて、実施料相当額の損害を認める旨を規定している(同条1項2号)。 従前の裁判例の大勢は、販売することができない事情に相当する特定数量については、実施料の請求はできないと判断していたところ、学説の中には、特定数量についても実施料相当額を認めるべきとの考え方もあった。したがって、改正法が、一部の学説に従い、従前の裁判例を変更したのか、そうではなく従前の裁判例を基本的には踏襲しているのかについて、特許法の専門家の間でも次の①、②のとおり見解が分かれている。すなわち、この特定数量については、「専用実施権の設定若しくは通常実施権の許諾…をし得たと認められない場合を除」く、とのただし書きがあるところ、その意味するところについて、見解が分かれている。②説は、立法担当者解説ともおおむね符合するものである。

①実施相応数量を超える数量又は特定数量については、そのすべてに関して、実施料相当額を請求することができる(田村善之ほか「プラクティス知的財産法Ⅰ特許法」信山社173頁)。

2号かっこ書きの規定の「専用実施権の設定若しくは通常実施権の許諾…をし得たとは認められない場合」とは、「実施相応数量を超える数量又は特定数量があるときにおいて、これがライセンスの機会を喪失したといえない場合(例えば、特許発明が侵害製品の付加価全体の一部にのみ貢献している場合等)」であり、「特許発明が、侵害製品の売上について貢献していない場合には、同部分についてはライセンス契約を締結し得たとは認められなかった」という意味であるから、そのような推定覆滅部分については、ライセンス契約締結機会の喪失はそもそも存在しておらず、実施料請求はできない(設樂前掲論文15頁)。

上記②説の根拠は、立法担当者解説である。同解説によれば、「新第1号で販売数量減少に伴う逸失利益の基準となる数量から除外された、実施相応数量を超える数量又は特定数量があるときにおいて、これがライセンスの機会を喪失したといえない場合(例えば、特許発明が侵害製品の付加価値全体の一部にのみ貢献している場合※等)を除いては、ライセンスの機会を喪失したことによる逸失利益が発生している。このように、権利者自らが実施すると同時にライセンスを行ったと擬制し得る場合に限って、実施料相当額をライセンス機会喪失に伴う逸失利益として、請求できることを規定する。」「特許発明が侵害製品の付加価値全体の一部にのみ貢献している場合、多くの裁判例では「譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情」があるとして、譲渡数量から覆滅すべき割合に応じた数量を控除した上で賠償額の算定が行われている(例えば、特許発明が侵害製品に貢献している割合が10%の場合、譲渡数量から90%を覆滅するなど)。このような場合に当該覆滅部分を「特定数量」として実施料相当額による賠償を追加で認定することは、特許発明が貢献していない部分について損害の塡補を認めることとなり、適切でない。」と説明されている。また、同解説のケース4では、セットメーカーが部品の特許権を侵害するケースのように、特許発明が侵害製品の付加価値全体の一部にのみ貢献している場合は、特定数量について推定が覆滅されるが、この推定覆滅部分については、特許発明が貢献していないのであるから、実施料を請求することはできない、とも説明されている。

以上の立法担当者解説によれば、上記の②説が妥当であろう。 なお、立法担当者解説においても、①の実施相応数量を超える数量については、推定覆滅がされるが、その特定数量について実施料請求ができることがケース1として説明されている。これは、これまでに裁判例がなかった分野である。今回の改正法により、この点について、明示的な指針が示されたことになる。

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