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【設樂】IoT 時代における英国及び ドイツの裁判所の標準必須特許を巡る判決の潮流について

英国の最高裁判所は、2020年8月26日、標準必須特許を巡り、Unwired Planet v Huawei事件及びConversant v Huawei, ZTE事件について、重要な判決を言い渡した。また、ドイツの連邦最高裁判所も、2020年5月5日、Sisvel v Haier事件について、重要な判決を言い渡した。いずれも標準必須特許権者による差止請求を認めており、標準必須特許を巡る裁判の潮流が変わってきたことを強く印象付けるものである。 本稿では、この英国最高裁判決とドイツの連邦最高裁判所の判決を紹介し、これらの判決が今後に及ぼす影響について考察してみたい。

1 英国最高裁判決・Unwired Planet事件

同最高裁判決を紹介する前に、まず、Unwired Planet事件の英国のハイコートの一審判決とその事案の内容を紹介する。 一審判決は、2017年4月5日、UnwiredがEricssonから譲り受けた3G・UMTS、4G・LTE等についての標準必須特許権の侵害に基づき、Huaweiに対し、英国における製品の販売の差止を求めた事案について、差止請求を認めた。一審判決は、有力企業間の標準必須特許に関する複数のクロスライセンス契約を詳細に分析し、そこから標準必須特許のグローバルなFRANDライセンス料をスマホ価格の8.8%と認定したところ、Unwiredがこれを受諾し、Huaweiがそのライセンス料率ではグローバルなライセンス契約の締結に応じられないことを明らかにしたため、Unwiredの差止請求は、支配的地位の濫用には当たらないとして、Huaweiに対し、英国特許に基づき、英国内での製品の販売の差止を命じた。なお、一審判決は、UnwiredがSamsungに対し、ある事情からより低率のライセンス契約を締結していたが、それは特殊な事情によるものであるため、それよりも高い料率をFRAND料率として請求しても、CJEUの判決にも反しないし、FRAND条件違反にはならないとも判断した。 控訴審では、一審判決と異なり、FRAND料率は必ずしも一つではないとの判断は示されたものの、結論として一審判決が維持されたため、Huaweiが上告した。英国最高裁は、次の5つの争点について、法的判断を示した。

(1)グローバルなFRAND条件のライセンス料率についての英国裁判所の管轄権

Huaweiは、英国の裁判所が認定したグローバルなFRAND料率を受け入れない限り、英国内における差止の判決を受けることになるため、結果として、イギリスの裁判所が認定したグローバルなFRAND料率によるグローバルなライセンス契約の締結を強制することになり、このことは、他の国の裁判所がFRAND料率について異なる見解を持っていたとしても、英国裁判所によるグローバルな料率の判断を強制することになる。そのため、上告審では、英国裁判所は、グローバルなFRAND料率を認定する権限を有するか、ということが争われた。 英国最高裁は、各国特許の有効性と侵害の有無の判断は、各国の裁判所がこれを判断するものであるけれども、①標準必須特許権者は、ETSIのIPRポリシーに基づき、ETSIと契約をしてFRAND宣言をしており、また、FRAND料率はグローバルで合意されるのが実務であることからすれば、グローバルなFRAND料率は、ETSIとの契約に関する争点であるから、英国の裁判所は、グローバルなFRAND料率を定める管轄権を有する、そして、②特許の実施者が裁判所が認定したグローバルなライセンス契約の締結を拒否する場合は、英国の裁判所は、標準必須特許権者による、英国の特許権に基づく、英国内における差止請求権を認めることができる、と判断した。

(2)不適切な法廷地(Forum non-convenience)

Huaweiは、グローバルなFRAND料率を決定するためには、中国がより適切な法廷地であるとも主張したが、英国最高裁は、当事者全員が同意しない限り、中国の裁判所がより適切な法廷地であることは認められないと判断した。

(3)非差別的要件

FRANDとは、Fair, Reasonable And Non-Discriminatoryの略語であり、FRAND料率は、文字通り、非差別的であることを要する。Huaweiは、Samsungと同じように低いライセンス料率を、Huaweiに対しても適用しなければ、FRAND条件に反すると主張した。しかし、英国最高裁は、この非差別的とは、特許ポートフォリオの市場価値に基づく、すべての市場参加者に利用可能な料率であることを意味し、個々のライセンシーの特別な事情により低く決められた料率と同じ料率であることは意味しないと判断した。

(4)支配的地位の濫用(EU機能条約102条の支配的地位の濫用)か否か

Huaweiは、UnwiredがFRAND料率の提示を行わなかったとして、CJEUの判決(Huawei v ZTE事件)に示された手続に従っていなかった、と主張した。英国最高裁は、警告又は事前協議なしに差止請求訴訟を提起することは、CJEU判決に反するが、警告や事前協議は、各事件の状況により決まるのであり、CJEUの手順に厳密に従う必要はない、重要なことは、Unwiredが、裁判所が決めたFRAND料率であれば、どんな条件であっても、それに基づきHuaweiにライセンスする意思を有することを表明していたことである、と判示して、Unwiredの差止請求は、支配的地位の濫用とは認めなかった。 CJEUの判決を柔軟に解釈する傾向は、ドイツ連邦最高裁のSisvel v Haier事件の判示にも共通するところであり、実務上、差止請求権が認められる可能性を増大させるものである。このことが今後の実務に与える影響はかなり大きい。

(5)NPEにも差止請求を認め得るか

Huaweiは、UnwiredはNPE(非実施法人)であるから、その請求は損害賠償請求に限られるべきであり、差止請求は認められるべきではないと主張した。 英国最高裁は、Unwiredが裁判所においてFRANDと認める条件で実施者にライセンスすることを認めているため、差止を脅しの手段としているものではない、損害賠償は、差止の適切な代償にはならないと判示した。 この点は、UnwiredがEricssonから標準必須特許を譲り受け、同特許のライセンスをすることをそのビジネスとするNPEであることを考えると、注目すべき判断であるといえる。日本でも、NPEによる差止請求については、権利の濫用を認めるべきであるとの議論がある。しかし、NPEによる差止請求について、英国最高裁が支配的地位の濫用を認めず、その請求を認めたことは、次に述べるドイツの連邦最高裁のSisvel判決も同様にNPEに差止請求を認めた判決であるため、今後の実務に与える影響は大きい。

(6)考察(グローバルなFRAND料率の認定について)

Unwired事件では、英国裁判所がグローバルなFRAND料率について認定する権限があるかどうかが争われた。これは、その一審裁判所の裁判官が、その審理の過程において、グローバルなFRAND料率を認定し、これを当事者に告知した上で、特許権者がそのFRAND料率でグローバルなライセンス契約をすると答えた場合は支配的地位を濫用しない特許権者であり、実施者がその料率ではグローバルなライセンス契約をしないと答えた場合は、Unwilling Licenseeであると認定され、その結果に基づき、差止請求が認容されたためである。そのため、英国の裁判所がグローバルなFRAND料率を認定する権限があるかどうかが争点になった。 しかし、筆者は、いずれの国の裁判所も、差止請求を審理する上で、必要があれば、グローバルなFRAND料率を認定する権限を有しているし、各国の裁判所が、それぞれ独自に相異なるグローバルなFRAND料率を認定することも自由であると考えている。また、仮に英国の裁判所がグローバルなFRAND料率を決定し、英国内における差止命令を認めたとしても、判決の効力は英国内における製造販売の差止にすぎない。 知財高裁のアップル・サムスン大合議判決のような考え方によれば、そもそも差止請求を判断する際に、FRAND料率を認定する必要まではなく、訴訟前と訴訟後の当事者双方の交渉経緯等から、実施者あるいは特許権者が誠実に交渉してきたかどうかを判断して、差止請求が権利の濫用かどうかを判断すればよいのである。また、ドイツの裁判所も、CJEUの判決を柔軟に解釈して、支配的地位の濫用かどうかを判断すればよいと考えるはずである。いずれにしても、各国の裁判所は、各国の特許に基づく差止請求について管轄権を有し、それぞれ独立に裁判をするのであるから、グローバルなFRAND料率について、必要があれば判断をするし、また、判断するとしても互いに異なる料率の判断をしてもよいはずである。 なお、Unwired判決以降、どこの裁判所がグローバルなFRAND料率を決定するかを巡り、中国のWuhanの裁判所から、他国の裁判所に提訴することを差し止めるなどの仮処分命令(Anti-suits injunction)が発令され、その相手方である米国の連邦地裁により、その命令を差し止めるための仮処分命令(Anti-Anti-suits injunction)が認められるなど、裁判所間の管轄権を巡る争いが生じてきていることは、前の号で記載した通りである。

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