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特許

審決取消判決の拘束力について

1 はじめに

 特許無効審判事件において、無効審決を受けた特許権者又は請求不成立審決を受けた審判請求人は、その審決の取り消しを求めて知的財産高等裁判所に訴えを提起することができる(特許法178条1項2項、知的財産高等裁判所設置法2条二号)。

 この審決取消訴訟において、審決取消しの判決が確定したときは、審判官は特許法181条2項の規定に従い、更に審理を行い、審決をすることになるが、審決取消訴訟は、行政事件訴訟法の適用を受けるから、再度の審理ないし審決には、同法33条1項の規定により、前記取消判決の拘束力が及ぶ。そして、この拘束力は、判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたるものであるから、審判官は取消判決の前記認定判断に抵触する認定判断をすることは許されない。したがって、再度の審判手続において、審判官は、取消判決の拘束力の及ぶ判決理由中の認定判断につきこれを誤りであるとして従前と同様の主張を繰り返すこと、あるいは前記主張を裏付けるための新たな立証をすることを許すべきではない(最高裁判所平成4年4月28日判決[高速旋回式バレル研磨法事件])とされる。

2 再度の審判手続における当事者の主張立証

 上述のように、再度の審判手続において、確定判決の拘束力が働くために、当事者の主張立証も制限されることになる。

 審決取消判決において、無効理由の有無について実体的判断がされてこれが確定した場合、同一の無効理由について、再度の審判手続きにおいて主張立証を繰り返すことは、原則として拘束力に抵触してできないことになる。

 ここで、「同一の無効理由について」の範囲が問題になるが、審決取消判決において、特定の引用発明から本件発明の構成に至る動機付けがあると判断されていても、本件発明の予測できない顕著な効果について判断されていないときは、再度の審判手続において、予測できない顕著な効果があることについては拘束力が及ばず、このような主張立証ができると解される(知的財産高等裁判所令和2年6月17日判決(令和元年(行ケ)第10118号)、最高裁判所令和元年8月27日判決の差し戻し審判決)。

 しかし、実務上は、無効審判手続において特定の引用発明に基づく進歩性欠如の無効理由が主張立証される場合は、予測できない顕著な効果についても主張立証されるのが通常であり、審決においても予測できない顕著な効果について判断され、その取消訴訟においても判断されることが多い。よって、審決取消判決において進歩性欠如の無効理由の有無について判断がされ確定したにもかかわらず、再度の審判手続において、本件発明の予測できない顕著な効果について主張立証できる場合は多くはないと考えられる。

 また、無効理由が有るとの審決が誤りとの判断で無効審決を取消す判決がされ確定した場合に、再度の審判手続において、審判請求人がその無効理由とは別の無効理由を主張立証することは、審決取消判決の拘束力には抵触しないが、通常は、審判請求書の要旨を変更するものとなり、許されない(特許法131条の2本文)。無効審決取消判決確定後の再度の審判手続において、実務上、審判請求人に弁駁書の提出機会は原則として与えられない(特許庁審判便覧51-21 2.(3)イ(イ))。

 一方、無効理由が無いとの審決が誤りとの判断で請求不成立審決を取消す判決がされ確定した場合には、再度の審判手続において、特許権者は、訂正の請求のための指定期間を求める申し立てをして(特許法134条の3)訂正することができる。訂正をすることで本件発明の要旨が変更されれば、審決取消判決では、本件発明についての無効理由については判断をしていないことになるから、再度の無効審判手続において、審決取消判決の拘束力は及ばない。ただし、訂正によっても、相違点は実質的に同一である場合、その相違点については、訂正の前後で実質的に変更はないのであるから、その相違点についての確定した審決取消判決の判断は尊重されるべきであり、再度の審決取消訴訟において原告が相違点の容易想到性を争うこと自体、訴訟上の信義則に反するとされた裁判例がある(知的財産高等裁判所平成28年8月10日判決(平成27年(行ケ)第10149号))ことに注意したい。訂正の際には、相違点が訂正前後で実質的に同一と判断されることのないように、無効理由を解消させるための訂正を慎重に検討すべきである。

3 まとめ

 請求不成立審決を取消す判決が確定した後の再度の無効審判手続においては、特許権者は訂正をすることで、確定判決の拘束力の制限を受けずに、再度の請求不成立審決を得る可能性はある。訂正前後で相違点が実質同一とならないように、無効理由を解消させる訂正をする必要がある。