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令和元年改正後の特許法102条1項が適用された事例(知財高裁令和4年3月14日・平成30年(ネ)第10034号、ソレノイド事件)

1 事案の概要

本件は、発明の名称を「ソレノイド」とする特許に係る特許権の共有者の1名(控訴人、一審原告)が、被控訴人(一審被告)による「可変容量コンプレッサ容量制御弁」(被告製品)の製造、販売等が特許権侵害となることを理由として、差止、廃棄を求め提訴した事案である(訴え提起時には、損害賠償請求はされていない)。

原審(東京地判平成30年3月19日・平成29年(ワ)第3569号)が、被告製品は本件発明の構成要件を充足しないとして請求を棄却したところ、一審原告が控訴し、控訴審において損害賠償請求を追加した。その後、特許権の存続期間が満了したことから、控訴人は差止及び廃棄請求を取下げている。

本判決は、被告製品が本件発明の技術的範囲に属するとし、損害賠償請求の一部を認容した。その際、令和元年改正後の特許法102条1項、同条2項、同条3項の損害をそれぞれ算定した上で、最も高額である1項による損害額を採用したものである。

 

2 特許法102条1項による損害について

(1)令和元年改正特許法の適用について

本件における損害賠償請求の対象期間は、令和元年改正特許法の施行日前であったが、本判決は、『令和元年法律第3号「特許法等の一部を改正する法律」は、令和元年政令第145号により令和2年4月1日に施行されており、同法には経過規定が置かれていないことから、本件特許権侵害の不法行為時及び本件訴え提起時は改正特許法の施行日前であるが、本件については、上記改正後の特許法が適用される』旨判示した。

 

(2)「侵害行為がなければ販売することができた物」

本件において、控訴人が製造販売する可変容量コンプレッサ容量制御弁(原告製品2)は、本件発明の実施品ではなかったが、本判決は、原告製品2と被告製品は市場において代替可能な競合関係に立つ製品とであるとして、原告製品2が「侵害行為がなければ販売することができた物」(102条1項1号)に該当することを認めた。

本判決の認定は、美容器事件大合議判決(知財高判令和2年2月28日)が『特許権者等が「侵害行為がなければ販売することができた物」とは,侵害行為によってその販売数量に影響を受ける特許権者等の製品,すなわち,侵害品と市場において競合関係に立つ特許権者等の製品であれば足りる』と判示していたところに沿うものである。

 

(3)「単位数量当たりの利益の額」

本判決は、『原告製品2は、本件発明の従来技術の課題とされている、耐食性を必要とする構成部材にメッキ処理を施したものであることや、原告製品2は可変容量コンプレッサ容量制御弁であって、制御弁としての機能及び動作性の点に強い顧客吸引力があるといえるから、原告製品2の販売によって得られる限界利益の全額を控訴人の逸失利益と認めるのは相当ではないところ、原告製品2が備える機能等や顧客誘引力等の本件諸事情を総合考慮すると、事実上推定される限界利益の全額から95%の覆滅を認めるのが相当である。』と判示している。

前掲・美容器事件大合議判決は、『特許発明を実施した特許権者の製品において,特許発明の特徴部分がその一部分にすぎない場合であっても,特許権者の製品の販売によって得られる限界利益の全額が特許権者の逸失利益となることが事実上推定されるというべきである。』とした上で、特徴部分が原告製品の販売による利益の全てに貢献しているとはいえない場合には、事実上の推定が一部覆滅されるとの判断枠組みを提示していた。当該判断枠組みについては、原告製品が特許発明の実施品ではない場合、そもそも特許発明は権利者製品の販売利益に貢献していないのではないかではないかという疑問が存したところである。

本判決は、令和元年改正後の102条1項についても、特許発明の寄与、貢献に関する美容器事件大合議判決の判断枠組を踏襲することを前提とした上で、被告製品との競合品ではあるものの、特許発明の実施品ではない原告製品についても、上記の事実上の推定が及び、さらに特許発明の特徴的部分の一部を備えていないこと、特徴部分以外の機能やその顧客吸引力を理由に推定覆滅がなされることを示した点に意義がある。

 

(4)「販売することができないとする事情」(特定数量)

本判決は、被控訴人が特定の取引先と信頼関係の構築していたこと、権利者製品と被告製品の性能面の差異を考慮し、102条1項1号の特定数量は2割であるとした。

 

(5)特許権の共有について

本件特許権は控訴人ともう1名により共有されていたところ、被控訴人は、実施割合についての証明がないため、持分割合に基づいて損害賠償額を按分すべきであると主張していた。

本判決は、そもそも他の共有者は実施していなかったため実施割合に応じて損害賠償額を按分すべきとの被控訴人の主張は前提を欠くとした上で、さらに、『共有に係る特許権であっても、各共有者は、契約で別段の定めをした場合を除いて他の共有者の同意を得ることなく特許発明の実施をすることができる(特許法73条2項。・・・)ところ、特許法102条1項により算定される損害については、侵害者による侵害組成物の譲渡数量に特許権者等がその侵害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益額を乗じて算出される額には、特許権の非実施の共有者に係る侵害者による侵害組成物の譲渡数量に応じた実施料相当額の損害が含まれるものではなく、その全部又は一部に相当する数量を特許権者等が販売することができないとする事情にも当たらないから、後記の同条2項による損害の推定における場合と異なり、非実施の共有者の実施料相当額を控除することもできない。』と判示した。

なお、本判決は、2項損害については、同条3項に基づいて推定される共有に係る特許権を実施していない共有者の損害額は控除されるべきであり、共有であるとの事情は推定覆滅事情に当たるとしている。

1項損害を算定するにあたり、非実施の共有者がいる場合の処理について、学説は分かれている。特許権が共有されているか否かで損害賠償の総額が異なるのは不合理であるとの観点から、1項損害の算定にあたっては、非実施共有者の損害額を控除すべきとする見解が多数説ではないかと思われる。

他方、1項と3項の損害は互いに異なるものであって影響し合わない(中山信弘・小泉直樹編新・注解特許法(中巻)【第2版】2073頁[飯田圭])、実施共有者は持分割合にかかわらず特許発明の実施ができるところ(特許法72条2項)、他の共有者が実施等していないために「販売できないとする事情」があるとはいいがたいなど、控除する根拠が明らかでない(本吉弘行「特許権が共有に属する場合において、共有者の一人のみが原告となっている場合の特許法102条による損害の算定」Law&Technology95巻53頁)といった指摘もあったところである。

本判決は2項の場合(侵害者が実際に得た利益を限度とする)と区別し、非実施共有者の実施料相当額を控除しないとの立場をとったものである。

 

(6)102条1項2号の適用について

本判決は、以下のとおり述べて、特定数量のうちの一部について、102条1項2号の適用を肯定した。

『特許法102条1項2号は、括弧書で「特許権者…が、当該特許権者の特許権についての専用実施権の設定若しくは通常実施権の許諾…をし得たと認められない場合を除く。」と規定するところ、この括弧書部分は、特定数量がある場合であってもライセンスをし得たとは認められないときは、その数量に応じた実施相当額を損害として合算しないことを規定するものであると解される。

これを前提として本件についてみると、特許法102条1項1号に規定する特定数量に該当するとされた事情は、上記のとおりであるところ、被告製品と原告製品2の性能面の差異については、その性質上、控訴人が被控訴人にライセンスをし得たのに、その機会を失ったものとは認められないが、被控訴人の営業努力等に関わる点については、本件発明の存在を前提にした上でのものというべきであるから、控訴人が被控訴人にライセンスをし得たのに、その機会を失ったものといえる。

これらの事情を総合考慮すると、特定数量2割のうちライセンスの機会を喪失したといえる数量は、その半分に当たる譲渡数量の1割とするのが相当である。』

102条1項2号は、令和元年改正法によって新設された規定であり、販売数量の減少に伴う逸失利益に加えて、権利者がライセンスの機会を喪失したことに伴う逸失利益を請求できることを規定したものである。

本判決は、令和元年改正後に、102条1項2号を適用した初の事例であると思われる。 いかなる場合に同号の適用があるかについては、未だ定説があるとは言えない状況であるところ、本判決が侵害者の営業努力にかかわる事情について同号の適用を肯定し、原告製品と被告製品の性能面の差異について適用を否定した点は、実務上参考となる。

なお、本判決後、102条1項2号の適用を否定した事例として、知財高判令和4年8月8日(平成31年(ネ)第10007号)【プログラマブル・コントローラにおける異常発生時にラダー回路を表示する装置事件】がある。また、本判決後に、知財高裁令和4年10月20日(令和2年(ネ)第10024号)【椅子式マッサージ機事件大合議判決】は、特許法102条2項による推定が一部覆滅される場合であっても、当該推定覆滅部分について、特許権者が実施許諾をすることができたと認められるときは、同条3項が適用される旨判示した。今後、102条1項2号の適用ないし同条2項の推定覆滅部分に対する同条3項の適用について、事例が蓄積され、判断基準が明確となることが期待される。

以 上

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