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[高林] 2023(令和5)年意匠法4条(新規性喪失の例外)改正について

1.はじめに

意匠法の法的構成は同じく産業財産権法であり創作保護法である特許法と類似しており、意匠法15条において特許法の規定が準用されているほか、趣旨を同じくする規定も多く、本稿の対象である4条(新規性喪失の例外)も同趣旨の規定が特許法30条にある。しかし、条文の体裁は似てはいるが、当然のことならが技術的思想を保護対象とする特許と工業的デザインを保護対象とする意匠の違いから、両規定の趣旨においてもまたその解釈や運用においても相違しており、この相違は2024(令和6)年1月に施行された2023(令和5)年改正によってより拡大したということができる。

同年意匠法改正は、産業構造審議会知的財産分科会意匠制度小委員会における熟議を経た上でのものであるが、施行直後の現段階では特許庁による立法解説は公表されている[1]ものの、その運用や解釈において検討を加えておくべき点も多いものと思われる。

本稿は改正意匠法4条の新規性喪失の例外規定の改正に至る経緯と改正内容の概要を説明したうえで、同改正に含まれる注目点を指摘しておこうというものである。

 

2.2023(令和5)年意匠法改正に至るまでの新規性喪失の例外規定

いわずもがなのことではあるが、特許の場合は出願公開制度があり、出願から1年6月を経ると出願内容が公開される(64条)が、出願時から出願公開までは出願人は出願内容を積極的には公にせず、その間に競争事業者に対しては発明内容を秘密にした状態で改良に努めるのが通例である。それでも出願前の時点で出願内容が公になってしまう場合には、特許を受ける権利を有する者の意に反して公になったというやむを得ない事情がある場合のほか、特許を受ける権利を有する者が自ら公にしてしまったという場合がある(30条1項、2項)が、後者の場合は、その間に競争事業者が別に開発した同一内容の発明を公にしてしまったり、当該発明について出願してしまったような場合は、救済される道は一切ないから、このような自らの行為による出願前の公開は極力避けるべきものであって、新規性喪失の例外規定の適用を期待すべきではないとされている[2]

一方で意匠の場合には出願公開制度はなく、昔ならばいざ知らず現在においては出願から早ければ6月程度で権利化される[3]し、市場に出回る製品のデザインを対象とする以上は出願後において出願内容を秘匿しておく必要性は乏しく、出願の先後を問わずに製品を市場に提供して市場の動向を見つつ製品の改良に努めたり広告宣伝を展開したりするのが通例であって、言ってみれば出願は市場活動や事業活動におけるひとつの通過点に過ぎないということもできる。もちろん出願時は新規性や創作非容易性の判断基準時であるから、意匠登録を得ようとする以上は、出願という行為は重要であるが、出願行為の意味付けにおいて特許と意匠においては大きな差があるといえる。

ところが意匠法4条と特許法30条は、基本的な構造においてこれまでは差は設けられていなかった。新規性喪失の例外規定が適用になる期間も当初は6月であったがその後に同じく1年に延長された[4]し、自らが公にしてしまった場合には、その旨を記載した書面を出願と同時に提出し、さらにその事実を証明する書面を出願から30日以内に提出しなくてはならないとされていた[5]

特に出願人が自ら公にしてしまった場合には、出願から30日以内にその事実を証明する書面を提出しなくてはならないとされている点について、特許の場合は、証明すべき出願前の公開行為が複数存在する場面は限られているだろうし、その複数の公開行為を逐一証明すること自体はさほど困難ではないであろう[6]。しかし、意匠の場合には前述のように、出願前であっても、市場活動として、同時あるいは連続的に同一製品あるいはこれを改良した類似製品を公にする場合がある点で、これらの行為を逐一証明することの困難さや、その過程で類似製品となっている場合の処理等の問題が顕在化するに至っていた[7]

 

32023(令和5)年改正意匠法4条(新規性喪失の例外規定)の概要

2023(令和5)年意匠法改正は上記の意匠独特の新規性喪失の例外規定適用の場面での問題点を解消するもので、ドラスティックな改正ということができる。改正の骨子は、①出願前の最初の公開について証明することで、以降の公開に対する証明は不要とする。② 証明を不要とする公開とは①の証明書により証明した意匠の公開時以降に公開された意匠であり、③ ①で証明した意匠と同一又は類似の意匠であること。とされている。

すなわち、出願前に最初に公開してしまった意匠よりも後に公開された意匠であって、最初に公開された意匠と同一の意匠ばかりではなくこれと類似する意匠であっても、別に証明することを要せずして新規性喪失の例外規定の適用を受けることができ、これらの意匠を公知意匠として新規性や創作非容易性の判断対象としてはならないということである。この改正は意匠法4条3項の証明書で証明すべき公開行為を、最初のひとつの公開行為のみでよいとしたものであって、特許法30条3項に比して、手続要件が大幅に緩和されている点で大いに注目されるが、そればかりでなく、最初の公開より後に同一の意匠ではなく、類似意匠を公開した場合であっても、この類似意匠は出願時点において公知の意匠としては扱われないという点でも、ドラスティックである。

特許の場合も意匠の場合も、新規性喪失の例外規定による救済は当該公開行為では新規性を喪失しないというのみであって、これと関係のない別の新規性喪失事由が生じた場合や、出願時までにこれと関係のない者による出願があった場合には先願となるものでないことは前述とおりである。

しかし、特に意匠の場合は、最初の新規性喪失としての公開行為後一年以内に行われた同一意匠やこれと類似する意匠の公開行為については、各別の証明をすることなく最初の公開と一体のものとして新規性喪失の例外規定の適用があることになる点には、留意しておくべき点があるように思われる。すなわち意匠法4条2項の文言からも、最初の公開をした者が後に一連の同一意匠や類似意匠の公開行為を行った場合には、これらの行為は最初の公開行為に「起因した」公開行為といえるであろうからこれを一連一体のものとして扱うことに合理性があるが、その間に他者が先行公開意匠と同一または類似の意匠を公開した場合には、この後の公開行為が最初の公開行為に「起因した」ものであるか、そうでないかによって結論が異なり、「起因した」公開行為でないのであれば、当該公開行為によって出願意匠の新規性は喪失することになるのではなかろうか。物品の形状等を保護対象とする意匠の場合、依拠性を要する著作権とは異なり、独自創作であっても権利侵害となるとの法構造となっているが、権利化前の段階での新規性喪失の例外規定適用の場面において、先行公開意匠に遅れて他者によって公開された意匠が先行公開意匠に起因したものといえるか否かについては、結局は著作権法における依拠性と同様の思考が必要なように思われる。

難問であって即断することはできないが、先行公開意匠に遅れて他者により公開された意匠が、先行公開意匠と同一である場合には、著作権における依拠性の判断と同様に、先行公開意匠に「起因した」公開行為と認められる蓋然性が高いだろう。しかし、先行公開意匠に遅れて他者により公開された意匠が、先行公開意匠と同一ではなく類似意匠である場合には、さらなる検討を要するように思われる。たとえば、先行公開意匠についてはその後に出願人により類似意匠の公開行為が行われていない間に、他者が類似の意匠を公開した場合と、先行公開意匠についてその後に出願人により類似意匠の公開行為が行われた後に、他者が同様の類似意匠を公開した場合とでは、他者による後の意匠の公開が先行公開意匠に「起因した」公開であるか否かの判断には差異が生ずるものと思われる。

4.むすびに代えて

2023(令和5)年意匠法改正は産業構造審議会知的財産分科会意匠制度小委員会における議事録を参照すると、意匠出願人の立場からの新規性喪失の例外規定の適用を求める際の煩雑な手続に対する不満が多かったこともあり、審議途中で大幅な方針変更がなされた結果成案に至ったものである。手続の煩雑さが大胆に解消され、手続が大幅に簡略化された点は大いに評価することができる。一方で、特許法と同様の趣旨に出でた新規性喪失の例外規定の適用において、先行公開行為とは別に公開行為をした者の地位をいかに把握し、場合によってはどのように保護すべきなのかといった点については、審議会で熟議された形跡はなく、今後の残された問題のように思われる。

本稿は問題点を指摘したにとどまり、同改正法施行後における議論の高まりに期待することとしたい。

 


[1] 「令和5年法律改正(令和5年法律第51号)解説書」該当箇所 https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/kaisetu/2023/document/2023-51kaisetsu/10.pdf

「意匠の新規性喪失の例外規定の適用を受けるための手続について(出願前にデザインを公開した場合の手続について)」https://www.jpo.go.jp/system/design/shutugan/tetuzuki/ishou-reigai-tetsuduki/index.html

[2] 高林龍:標準特許法〈第8版〉(2023年、有斐閣)57頁

[3] 特許庁行政年次報告書2023年版によると2022年度の意匠出願からファーストアクションまでの平均期間は6.1月である。

[4] 特許法2018(平成30)年改正、意匠法同年改正

[5] 特許法30条3項、意匠法4条3項。そのほか、新規性の例外規定の適用される範囲が、公知公用発明と同一のものばかりでなくこれから容易想到の範囲にまで拡大された(特許法1999(平成11)年改正)のと同時期に、意匠においても同一のものばかりでなく創作容易の範囲にまで拡大された。

[6] 公開行為が複数ある場合はそれぞれに特許法30条3項の適用を受けるための証明書を提出しなければならないのが原則であるが、それぞれが実質的に同一とみることができる程度に密接に関連する場合には例外と解されている(大阪地判平29・4・20 平28(ワ)298号裁判所Web〈ドラム式洗濯機用使い捨てフィルタ事件〉、前掲高林標準特許法56頁)。

[7] 出願前の最初の公開後に類似意匠を公開した場合には意匠法4条2項の適用を受ける余地はないと判示したものとして知財高判平30・7・19  平29年(行ケ)10234号裁判所Web〈コート事件〉参照。

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