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[高林]裁判官、学者を経た弁護士としての仕事

1 はじめに

私は知的財産訴訟等を扱う裁判官として17年、その後知的財産法の研究・教育に従事する大学教授として28年の経験を経て2023年4月から弁護士として知的財産訴訟の現場で働くこととなった。大学教授の頃から、私の研究は知的財産訴訟の理論と実務の協働を目指すものであり、2002年に初版を発行し2023年12月に第8版を発行した「標準特許法」(有斐閣)も、2010年に初版を発行し、2022年12月に第5版を発行した「標準著作権法」(有斐閣)も、実務に密着した理論的な概説書として、知的財産法の初学者や熟達者にもあるいは企業関係者等の実務家にも受け入れられ、版を重ねることができている。そのことは28年間にわたる大学教授としての研究・教育活動を常に国内外の知的財産関係の裁判官、弁護士や企業関係者等の実務家や研究者らとネットワークを構築して実践してきた成果ということができる。

本稿は、私のこれまでの大学教授としての知的財産法の理論と実務の協働を目指した活動の、直近のもののみの、ほんの一端を紹介して、これらの経験を踏まえて、今後弁護士として仕事をしていく方針を示そうとするものである。

 

2 早稲田大学知的財産法制研究所(RCLIP)の活動

RCLIPは、文部科学省のその後10年にわたる大型研究助成として2004年に採択されたものの活動の一貫として、私が所長として設立したものであり、当初は主としてアジア諸国の裁判官らと協力して知的財産関係判例を収集・英訳してDB化する活動を行ってきた。その後の20年間に及ぶRCLIPとしての国内外の裁判所等実務家等とのネットワークの構築や研究活動の内容については、簡単に語ることはできないので、ここでは直近の活動に絞って紹介することにする。

  • 米国ペンシルベニア大学と12年間継続しての共催知的財産戦略セミナーの実施

・2023年12月には第12回目の共催セミナーを実施した。内容は2部に分かれ、早稲田大学やペンシルベニア大の教授、日本からは知財高裁や東京地裁知財専門部の部総括判事、米国からも連邦地裁の判事や米国特許商標庁PTABの首席行政判事のほか日米の実務家が、コロナ禍も一段落して、久しぶりに早稲田大学の会場に参集して実施された。その内容の詳細を説明することは到底できないが、特徴的であったのは第一部で議論された進歩性判断の日米比較である。米国ではKSR連邦最高裁判決により厳格なTSMテストの適用に歯止めがかけられたが、同じ頃に日本では回路用接続部材事件知財高判によってむしろTSMテストを重視するかのような方向性が示されていた。その後、進歩性の判断において顕著な効果をどのように評価するかについてわが国では最高裁判決がされているが、このような容易想到性の判断において顕著な効果やあるいは米国流の二次的考慮要素がどのように斟酌されるかについては、米国では未だに連邦巡回控訴裁判所(CAFC)内でも大きな二つの異なる潮流があるとの指摘があった。進歩性の判断基準の変遷においても、日米は一つのトラックを抜いたり抜かれたりしつつ進んでいるような印象を持ち、特許訴訟の将来性の予測においても比較法的視点の重要性を再認識した。

・なお、2022年10月の第11回では、Amgen対Sanofiの抗体を巡る訴訟の米国連邦最高裁における帰趨が大いに注目されていた時期において、知財高裁の当時の大鷹一郎所長や米国連邦高裁判事らを迎えてサポート要件や実施可能要件に関するテーマについての議論が展開された。その後において米国連邦最高裁が当該特許は実施可能要件違反であるとし、また知財高裁が当事者は異なるもののAmgenの同一特許についてサポート要件違反であるとの判決を示して大いに注目されたのは周知のとおりであり、早稲田での日米を比較したこのセミナーがまさに時期を得ていたことが明らかになった。

・あと、私にとって印象深いのは2020年10月に行われた第9回である。この回では米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)のProst長官や知財高裁の森部総括判事等をお迎えして均等論が議論された。日本では2017年にマキサカルシトール最高裁判決が出され、均等論が久しぶりに日の目を見ていたが、米国では一部では「均等論は死んだ」とさえいわれており、私は日本の学者の間では均等侵害の成立に厳しいと評価されていたが、一言でいうならば、このような私の考えが、むしろ米国では一般的であると評価された印象を得て、大変心強く思ったセミナーであった。

・なお、第13回のセミナーは2024年5月に開催する予定であり、現在テーマを探索中である。私は2023年3月に早稲田大学を定年退職後は、RCLIPの所長は退いたが、以降も顧問として係わっていけたらと考えている。

  • 米国コロンビア大学と共催著作権セミナーの実施

・RCLIPではこれまでも著作権法を専門とする現山口大学の小川明子教授が主導して米国コロンビア大学のギンズバーグ教授を招聘した著作権セミナーを何回も実施してきた実績があるが、この度は私の後任としてRCLIPの所長となった上野達弘教授主導の下で、コロンビア大学との共催著作権シンポジウムを継続的に開催することができることになり、その第1回が2023年6月に「人工知能と著作権法」とのテーマで実施された。このセミナーは3部構成になっており「AI生成物の著作権保護」については米国著作権局長が、「AIによる著作権侵害」についてはギンズバーグ教授が、「ステークホルダーの視点と経験」では漫画家の赤松健参議院議員が基調講演を行い、そのほかにも東京地裁知財部総括判事や文化庁審議官等が多数登壇し、喫緊のテーマについて議論が展開された。その内容の詳細を解説することはできないが、2023年末に刊行される、高林龍・三村量一・上野達弘編「年報知財法2023‐2024」(日本評論社)にその一部が特集として登載されるので、参照して欲しい。

  • 欧州統一特許裁判所創設記念セミナーの実施

・2023年6月に長年月に及ぶ議論と準備を経て欧州単一特許制度がスタートしたが、それに伴い開設された欧州統一特許裁判所(UPC)に関する国際セミナーを2023年3月に開催した。内容はUPC開設に至る経緯とUPCにおける手続的な問題として証拠収集や専門家の役割について紹介するものである。登壇者としては欧州からはGrabinski控訴裁判所長官やHaedicke中央部裁判官らが、日本からも東京地裁知財部総括判事らが登壇し、開会の辞は飯村敏明元知財高裁所長が、また閉会の辞は、このセミナーを最後に早稲田大学を定年退職する私が行った。欧州の統一特許裁判所は、組織においても言語においてもまた審理方針や手続きにおいても新規なものであり、米国や日本の特許訴訟制度と比較して留意しておくことは、知的財産を活用する企業等においては必須なことであることが実感できた。

 

3 日本弁理士会中央知的財産研究所で活動

私は約3年間米国のジョージ・ワシントン大学で客員研究員として在外研究をして2000年に帰国したが、その直後から日本弁理士会中央知的財産研究所で行われている特許権侵害訴訟をテーマにした研究期間を約2年間とする研究部会の主任研究員を継続的に勤めてきた。研究テーマは「クレーム解釈論」、「均等論」、「損賠賠償額算定」、「明細書を巡る問題」、「進歩性」、「特許の保護対象」等およそ特許権侵害訴訟に当たって検討すべきすべてのテーマを対象としてきたといってよい。この研究会の特色は、日本弁理士会の組織であることから、研究員は企業内弁理士を含む弁理士や弁護士と研究者の15名ほどで構成されており、研究テーマに関しても、法的な側面からの検討の前提として技術的な理解が重要視されており、技術的アドバイザーのいない私のような研究者にとっては知識の拡充に資する貴重な機会ということができる。研究会は毎回1人の研究員が研究発表をして、その後全研究員の討議が行われる。政府機関から依頼された調査研究のように一定の方向性を示すことは求められておらず、各研究員が自由な発想で研究をして、全メンバーがこれも乗り降り自在で討議をする、大学でのゼミのような活気溢れる研究活動である。その研究成果は論文化されて別冊パテント誌として市販されるほか、研究員メンバーが集って公開フォーラムとして研究成果を広く聴衆の前で発表して討議したり、成果報告会として個別に弁理士会会員らに伝えることも行っている。

各研究部会のすべての研究内容を紹介することはできないので、ここでは最新の研究テーマについて簡単に紹介しておく。現在進行中の研究は「イノベーションに資する技術情報の活用方策‐先使用、ライセンス、消尽の視点を中心に‐」であり、研究員としては先使用について議論百出しているピタバスチン事件知財高裁判決の裁判長であった髙部眞規子元知財高裁所長を始め、田村善之東大教授や井関涼子同志社大教授、竹中俊子慶応大教授、横山久芳学習院大教授といった論客や弁理士や弁護士13名から構成されている。研究テーマは「イノベーションに資する技術情報の活用方策」であって、先使用、ライセンス、消尽はあくまで例示であったが、各研究員の多くが先使用を選択した。これは、開発技術を特許として出願せずにノウハウとして活用する場合に必然的に重要性を有するのが先使用権の確保であるが、技術的思想としての発明として構想されるのではなく、具体的な技術として使用している場合に、先使用権の主張ができるのはあくまで出願前に技術的思想としての発明が準備されたり実施されていたといえる場合に限られるのかが問題になり、この点を扱ったのが前出のピタバスタチン知財高裁判決であったため、研究員の関心が高かったが故であろう。この先使用を巡っては2023年3月に、コロナ禍も一段落したとして、久しぶりに会場に多くの聴衆が参集して公開フォーラムが実施された。仮想事例を用いて先使用権の成否を登壇者が〇か×かを表示しつつ私が司会として進行したが、必ずしも判例に沿った意見が多数であったという訳でもなく、議論が百出する状況となった。そのほか、消尽についても4名の研究員がテーマとして選択したが、消尽の論理的根拠や、川下から川上に至るサプライヤーのどの段階でも特許権の行使ができてよいのか否かなどの問題や、米国の判例や実務の影響がわが国にもどのように及ぶのかなどなど、検討すべき論点は実に多い。あくまで法的な問題であるが、実務におけるライセンスの活用等に法的整合性があるといえるのかとか、米国と日本における考え方の相違など、特許訴訟を担当するうえでの重要論点がちりばめられている問題ということができるだろう。

 

4 学会(日本工業所有権法学会、著作権法学会)での活動

私は現在も日本工業所有権法学会理事長であり、2023年春まで日本著作権法学会理事として、研究会等の企画等に携わってきた。2023年6月にはコロナ禍も一段落したとして、久しぶりに神戸の甲南大学で工業所有権法学会研究会を実施し、知財高裁大合議のドワンゴ事件判決言渡しの直前の段階で、特許権の域外適用を巡る研究会を、駒田泰土上智大教授をコーディネータとして実施した。その後の知財高裁大合議判決の結論に驚く点はなかったが、この事件を契機として、外国での行為に対してどこまでを日本の特許権侵害として提訴することができるかについて議論が百出しており、時期を得た研究会であったといえる。私も多少古いこととなったが2019年には工業所有権法学会の進歩性をテーマとした研究会で、コーディネータとして最高裁判決が判示した顕著な効果の位置付け等に関する議論をリードしたりもした。

 

5 デザインと法協会(JADELA)での活動

私は冒頭にも述べたように「標準特許法」「標準著作権法」といった創作保護法に関する概説書を刊行しているが、同様の創作保護法である意匠法についても関心を持ち、できれば概説書を書きたいと思いつつ、未だ着手すらできないでいる。特許の分野では技術標準化等もあり、製品の販売に際して特許とともにあるいは特許以上にブランドやデザインが重視される傾向があり、デザイン保護法の重要性はますます高まっているといえる。そして、特許法の理論構築のためには技術の理解が前提となるのと同様に、デザイン保護の理論構築のためには、デザイン創作過程の理解が前提となるが、その過程と法的保護の在り方を共に学べる機会は殆どないのが現状であった。そこで、意匠法を専門にする峯唯夫弁理士や五味飛鳥弁理士、デザイナーの井上和世氏らが中心になって、2019年に「デザインと法協会(JADELA)」を設立し、私は副会長となっている。JADELAは、学者(法律やデザイン工学等)、法律実務家(弁護士、弁理士)、デザイナー(企業内、独立系)、企業関係者が一緒になって、デザインの創造過程や、製品化や販売戦略におけるデザインの位置づけや価値、デザイナー視点からの法的保護の要望等を踏まえた上で、私が部会長を務める「デザイン法創造部会」は、望ましいデザイン保護法制の構築を目指し、他の「法制度研究部会」は現行の意匠法を基準として運用や解釈の改善策を模索し、「情報意見交換部会」は普段交わることの少ない他業種の方々が集い自由にデザイン保護の在り方を述べる部会として構成されている。特許に比べて企業内でもデザインの占める価値は高くは評価されてこなかったが、私の部会での活動でその内容を知るにつれて、時代の変遷とともに、デザインが企業活動において占める重要性がますます高まっていること、それを保護すべき現行法は意匠法や著作権法あるいは不正競争防止法等に分散されており、適正に活用されているとはいえないことが明らかになっているように思える。本協会活動がデザイン保護法制の進展に寄与できることを願って活動を継続している。

 

6 おわりに

以上のほかに、たとえば2023年12月には稲門弁理士会百周年記念式典で、私は大鷹一郎元知財高裁所長と共に、サポート要件、特許権侵害による損害賠償、特許権の域外適用の三点について、大鷹元所長が裁判長を務めた大合議判決等を素材にした座談会を行った。聴衆は弁理士であるが、いずれもが特許権侵害訴訟に関する喫緊のテーマであったため議論が盛り上がった。大鷹元所長も私もその時点ではいずれも弁護士となっているが、これまでの経験は弁護士として働くうえでの、大きな拠り所であり、元裁判官、元学者であるが、いずれも特許訴訟の運営や理論的構築に関心を払ってきた者として親近感を抱いた。

2023年12月に第8版を発行した前掲の「標準特許法」(有斐閣)の帯は「Return!」と大きく書き、「裁判官、学者を経て実務に復帰した視点を交えた第8版」と付記されている。学者から弁護士になることをを「Return!」と表現したのは、これまで述べてきたように、私の学者としての研究スタンスそのものが実務に密着した上での理論構築を目指すものであったが故である。

弁護士となってまだ一年にも満たないが、これまでの経験を踏まえた、信頼される弁護士として働けたならばと思う次第である。