トマト含有飲料事件(知財高裁平成29年6月8日(平成28年(行ケ)第10147号)判決(森義之裁判長))
※本稿は、以前リニューアル前の弊所のウェブページに掲載していたものを、加筆修正したものである。
1 はじめに
弊所法律部門では、若手弁護士を中心として週に1度、裁判例の勉強会を開催しています。勉強会は、現在でも形を変えて継続しておりますが、今回は、2018年頃に勉強会で取り上げた裁判例を紹介します。トマト含有飲料事件は若干古い裁判例でありますが、是非知っておきたい裁判例だと思いましたので、備忘も兼ねてトピックスとして載せることとしました。
2 事案の概要
発明の名称「トマト含有飲料及びその製造方法、並びに、トマト含有飲料の酸味抑制方法」の特許につき、原告が無効審判を請求したところ、本件審判の請求は成り立たないとの審決がされたため、原告が、その取消しを求めた事案です。
3 発明の概要
(1) 本件特許発明1
糖度が9.4~10.0であり、糖酸比が19.0~30.0であり、グルタミン酸及びアスパラギン酸の含有量の合計が、0.36~0.42重量%であることを特徴とする、トマト含有飲料
(2) 本件特許明細書の記載
【発明が解決しようとする課題】‥
【0008】
本発明‥の目的は、主原料となるトマト以外の野菜汁や果汁を配合しなくても、濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがあり且つトマトの酸味が抑制された、新規なトマト含有飲料及びその製造方法、並びに、トマト含有飲料の酸味抑制方法を提供することにある。
【発明を実施するための形態】‥
【0041】
本発明者らが上記構成のトマト含有飲料を作製したところ、濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがあり且つトマトの酸味が抑制された、格別に飲み易いトマト含有飲料が、再現性よく簡便に実現されることが判明した。かかる効果が奏される作用機構の詳細は、未だ明らかではない‥
【0088】
<風味>
トマト含有飲料の風味の評価試験は、12人のパネラーに委託して行い、各風味の強度を以下に示す基準で7段階評価したものである。ここで、表中の数値は、12人のパネラーの評価の平均値である。
3点:非常に強い
2点:かなり強い
1点:やや弱い(注:やや強いの誤記)
0点:感じない又はどちらでもない
-1点:やや弱い
-2点:かなり弱い
-3点:非常に弱い
4 本稿で取り上げる争点
①本件明細書に記載された風味評価試験の結果から、本件特許発明の数値範囲と、得られる効果との関係の技術的な意味を、当業者が理解できるか。
②パネラーの官能試験の評価方法は合理的か
5 裁判所の判断
(1)争点1
特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり,明細書のサポート要件の存在は,特許権者が証明責任を負うと解するのが相当である(知財高裁平成17年11月11日判決,平成17年(行ケ)第10042号,判例時報1911号48頁参照(偏光フィルム事件))。
本件発明は,特性値を表す三つの技術的な変数により示される範囲をもって特定した物を構成要件とするものであり,いわゆるパラメータ発明に関するものであるところ,このような発明において,特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するためには,発明の詳細な説明は,その変数が示す範囲と得られる効果(性能)との関係の技術的な意味が,特許出願時において,具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載するか,又は,特許出願時の技術常識を参酌して,当該変数が示す範囲内であれば,所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に,具体例を開示して記載することを要するものと解するのが相当である‥。
本件明細書の発明の詳細な説明に開示された‥実施例・比較例・参考例‥には,‥トマト含有飲料のpH,Brix,酸度,糖酸比,酸度/総アミノ酸,粘度,総アミノ酸量,グルタミン酸量,アスパラギン酸量,及びクエン酸量という成分及び物性の全て又は一部を測定したこと,及び該トマト含有飲料の「甘み」,「酸味」及び「濃厚」という風味の評価試験をしたことが記載されている。
本件明細書の‥風味の評価試験で測定された成分及び物性以外の成分及び物性も,本件発明のトマト含有飲料の風味に影響を及ぼすと当業者は考えるのが通常ということができる。
したがって,「甘み」,「酸味」及び「濃厚」という風味の評価試験をするに当たり,糖度,糖酸比及びグルタミン酸等含有量を変化させて,これら三つの要素の数値範囲と風味との関連を測定するに当たっては,少なくとも,「甘み」,「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与えるのが,これら三つの要素のみである場合や,影響を与える要素はあるが,その条件をそろえる必要がない場合には,そのことを技術的に説明した上で上記三要素を変化させて風味評価試験をするか,「甘み」,「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与える要素は上記三つ以外にも存在し,その条件をそろえる必要がないとはいえない場合には,当該他の要素を一定にした上で上記三要素の含有量を変化させて風味評価試験をするという方法がとられるべきである。
本件明細書‥には,糖度及び糖酸比を規定することにより,濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みを有しつつも,トマトの酸味が抑制されたものになるが,この効果が奏される作用機構の詳細は未だ明らかではなく,グルタミン酸等含有量を規定することにより,トマト含有飲料の旨味(コク)を過度に損なうことなくトマトの酸味が抑制されて,トマト本来の甘味がより一層際立つ傾向となることが記載されているものの,「甘み」,「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与えるのが,糖度,糖酸比及びグルタミン酸等含有量のみであることは記載されていない。
また,実施例に対して,比較例及び参考例が,糖度,糖酸比及びグルタミン酸等含有量以外の成分や物性の条件をそろえたものとして記載されておらず,それらの各種成分や各種物性が,「甘み」,「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与えるものではないことや,影響を与えるがその条件をそろえる必要がないことが記載されているわけでもない。
そうすると,濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがありかつトマトの酸味が抑制されたとの風味を得るために,糖度,糖酸比及びグルタミン酸等含有量の範囲を特定すれば足り,他の成分及び物性の特定は要しないことを,当業者が理解できるとはいえず,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された風味評価試験の結果から,直ちに,糖度,糖酸比及びグルタミン酸等含有量について規定される範囲と,得られる効果というべき,濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがありかつトマトの酸味が抑制されたという風味との関係の技術的な意味を,当業者が理解できるとはいえない。
(2)争点2
本件明細書の‥風味の評価試験の方法は,前記‥のとおりであるところ,評価の基準となる0点である「感じない又はどちらでもない」については,基準となるトマトジュースを示すことによって揃えるとしても,「甘み」,「酸味」又は「濃厚」という風味を1点上げるにはどの程度その風味が強くなればよいのかをパネラー間で共通にするなどの手順が踏まれたことや,各パネラーの個別の評点が記載されていない。
したがって,①少しの風味変化で加点又は減点の幅を大きくとらえるパネラーや,大きな風味変化でも加点又は減点の幅を小さくとらえるパネラーが存在する可能性が否定できず,各飲料の風味の評点を全パネラーの平均値でのみ示すことで当該風味を客観的に正確に評価したものととらえることも困難である。また,②「甘み」,「酸味」及び「濃厚」は異なる風味であるから,各風味の変化と加点又は減点の幅を等しくとらえるためには何らかの評価基準が示される必要があるものと考えられるところ,そのような手順が踏まれたことも記載されていない。
そうすると,「甘み」,「酸味」及び「濃厚」の各風味が本件発明の課題を解決するために奏功する程度を等しくとらえて,各風味についての全パネラーの評点の平均を単純に足し合わせて総合評価する,前記‥の風味を評価する際の方法が合理的であったと当業者が推認することもできないといえる。
6 まとめ
(1)争点1について
食品関係の分野においては、風味の良さ等が効果であることがあります。その場合、理屈(作用)よりも、実施例・比較例が非常に重要な要素となります。
また、「作用機構の詳細は、未だ明らかではない」と記載があるように、食品関係の分野においては、作用が不明な場合があります。
作用が不明であったとしても、実施例・比較例について発明の効果が奏すると当業者が理解できるように条件を設定したうえで実験し、記載すべきであると考えます。例えば裁判所が判示したように、3要素以外の条件(物質)を固定するとか、固定しないのであれば固定しなくてよい理由をきちんと説明するとかすべきであると考えます。
(2)争点2について
特に、食品分野の発明については、パネラーによる官能試験が行われる場合が多いが、官能試験は、どうしても主観による判断になりやすい傾向にあります。そこで、ある程度客観性を担保するために、判示事項にあるように、パネラーに対して、この風味であれば何点であり、1点あげるにはどの程度その風味が強くなれば良いかなどの事前テスト等を行っておくべきであると考えます。
以上
※この記事は一般的な情報、執筆者個人の見解等の提供を目的とするものであり、創英国際特許法律事務所としての法的アドバイス又は公式見解ではありません。