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査証制度の概略

※本稿は、以前リニューアル前の弊所のウェブページに掲載していたものを、加筆修正したものである。

1 はじめに

もう3年前になってしまい、前の前の改正となってしまいますが、令和元年特許法改正において、新たに査証制度が導入されました(査証制度については令和2年10月1日施行)。まだ実際に査証制度が行われたというお話は聞いておりませんが、現在プロパテント傾向の流れが続いており、その一環として侵害立証を容易とする手段として今後活発に利用されることを期待して、本記事を掲載することとしました。

査証制度とは、特許権の侵害の可能性がある場合、中立な技術専門家が、被疑侵害者の工場等に立ち入り、特許権の侵害立証に必要な調査を行い、裁判所に報告書を提出する制度です。査証命令の申立ては、訴え提起前には行うことができず、訴え提起後に行うことができます。

2 改正の経緯

侵害行為の立証をサポートする制度として、文書提出命令(特許法第105条)、検証物提示義務(民訴法232条)、具体的態様の明示義務(同第104条の2)、生産方法の推定(同第104条)等といったものが存在します。しかしながら、これらの制度では不十分であるとの指摘がありました。例えば、方法の発明について、文書を得たり物を調べる(検証を行う)だけでは当該方法が使用されているのかがわからないことがあります。また、例えばソフトウェア特許について、ソースコードや設計書を資料として得ることができたとしても、提出された膨大なソースコードが、改変のない真正なものなのか、システムを作動させることができるものなのか、という判断は専門家なくして困難です。

特許庁の資料[1]によると、約9割の代理人が特許権等の侵害を証明する証拠収集に困難を感じた経験があり、また、文書提出命令の申立てに対しても、同命令が出された経験よりも出されなかった経験の方が多かったり、文書の特定が十分にできなかったりと、侵害立証における特許権者側の困難が指摘されておりました。今回の査証制度は、以上のような問題を解決することを期待して導入されたものです。

改正特許法(以下、法律名を略することがあります。)第105条の2は、「相手方が所持し、又は管理する書類又は装置その他の物(以下「書類等」という。)について、確認、作動、計測、実験その他の措置をとることによる証拠の収集が必要であると認められる場合」に、一定の要件を満たせば、査証が行われるとの規定となっております。この規定によって査証の内容が、「確認、作動、計測、実験その他の措置をとることによる証拠の収集」であることがわかるかと思います。

3 査証制度の手続きの流れ

それでは、査証制度の手続きの流れについて説明していきます。

(後掲参考文献38頁より引用)

 

査証制度の流れは以下のとおりとなります。

①特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟係属中に、査証の申立てを行う。

②これに対して、被疑侵害者は意見を陳述することができる(特許法105条の2第1項本文)

③裁判所は、後述の査証の要件を満たす場合には、査証を命じ(同項本文)、査証人を指定する(105条の2第2項)。具体的には、特許分野に応じて、当該分野の専門的知見を有する弁護士、弁理士、学識経験者を指定することが想定される。査証人について誠実に査証をすることを妨げるべき事情がある場合には、当事者は、その査証人が査証をする前に、忌避することができる(105条の2の3)。

④両当事者は、査証の命令の申し立ての決定、すなわち、査証命令の申立てを認容する決定若しくは査証命令の申立てを棄却又は却下する決定に対して、即時抗告をすることができる(105条の2第4項)。

⑤査証人が、査証を行う(105条の2の2第1項)。具体的には、被疑侵害者が侵害物品を製造している工場等に立ち入り、証拠となるべき書類等に関する質問や提示要求をするほか、製造機械の作動、計測、実験その他査証のために必要な措置として裁判所の許可を受けた措置を取ることができる(105条の2の4第2項)。原則として、査証の申立人(特許権者)やその代理人、第三者の立ち合いは認めらない。

なお、円滑に査証をするために必要と認められるときは、当事者の申し立てによって、執行官が、査証人に対して査証に必要な援助を行うことができる(105条の2の2第3項)。ただし、民事執行と異なり、執行官は、抵抗を排除するために威力を用い、又は警察上の援助を求めたり、また、閉鎖した門を開くための必要な処分をしたりすること等はできない。あくまで、査証人を補助するために工場等に立ち入り、質問、書類等提示要求について補助を行うにとどまる(同条3項)。

被疑侵害者には、査証人及び執行官に対し、査証の協力義務を負う(同条4項)。正当な理由なく応じない場合は、裁判所は、立証されるべき事実に関する申立人(特許権者)の主張を真実と認めることができる(105条の2の5)。正当な理由なく応じない場合とは、工場への立ち入りを拒んだ場合のほか、提示すべき書類を滅失される場合や、虚偽の内容を記した書類を提示する場合等もこれに当たると解される。

⑥査証後、査証人は査証報告書を作成して裁判所に提出する。

⑦裁判所は、査証報告書を、被疑侵害者に送達する(105条の2の6第1項)。

⑧被疑侵害者は、査証報告書の全部又は一部を申立人(特許権者)に開示しないことを申立てることができる(同条2項)。

⑨裁判所は、⑧の申立てを受けて、査証報告書の内容を確認し、正当な理由がある場合には、査証報告書の全部又は一部を申立人(特許権者)に開示しないことができる(同条3項、いわゆるインカメラ手続)。なお、正当な理由があるかどうかは、当該報告書の記載内容による侵害立証のための必要性と営業秘密等の必要性とを比較較量して判断されると解される。すなわち、そもそも侵害立証のために必要のない内容であれば、非開示となるが、侵害立証のために必要であり、他の証拠では侵害立証困難であれば、営業秘密の保護の必要性が存在するとしても、開示される可能性が高くなると解される。営業秘密を開示されたくないのであれば、被疑侵害者が立証されるべき事実を認めることによって、非開示とすることも選択できると解される。

⑩裁判所は、正当な理由があると認めるときは、非開示の決定を行う(同条3項)。

⑪⑩の決定又は却下について、両当事者は、即時抗告をすることができる(同条5項)。

⑫申立人(特許権者)は、非開示部分以外の報告書の閲覧謄写や交付を請求することができる(105条の2の7第1項)。交付を受けたのち、申立人(特許権者)は、当該報告書を特許侵害の証拠として裁判所に提出することができる。

4 査証の要件

査証命令の発令が認められるための要件は、①必要性、②侵害したことを疑うに足りる相当な理由があること、③補充性、④相当性の4つです(105条の2第1項)。以下、各要件について説明します。

(1)①必要性

立証されるべき事実(特許権侵害の事実等)の有無を判断するため、相手方が所持し、又は管理する書類又は装置その他の物(書類等)について、確認、作動、計測、実験その他の措置をとることによる証拠の収集が必要であること。

(2)②侵害したことを疑うに足りる相当な理由があること

特許権等を相手方が侵害したことを疑うに足りる相当な理由があること。なお、設樂弁護士は、この要件は、「侵害の高い蓋然性の疎明まで要求するのは制度の本来の趣旨に反する」としたうえで、「製法特許、工場内大型装置特許あるいはソフトウェア特許について、外部から入手できる証拠の範囲内で、侵害の疑いがあると考える合理的な理由の疎明があれば足りると考えるべきであろう。」とし、具体例として、「製法特許でいえば、被疑侵害方法の場合に特有の不純物が製品に微量でも含まれていることの疎明がされれば、外部から入手できる証拠の範囲内で、侵害の疑いが合理的に疎明されたといえるであろう」としています[2]

私見としては、確かに、侵害の高い蓋然性の疎明まで要求するとすると、実質的に被疑侵害品を入手できないなかで査証性を利用することが困難となり、査証制度が使われなくなるのではないかとも考えられます。そのため、上記見解に賛成させていただきます。

(3)③補充性

申立人が自ら又は他の手段によっては、証拠の収集を行うことができないと見込まれること。なお、この要件は、必ずしも文書提出命令等の手続きを経た後でなければ認められないというのではなく、他の手段では十分な証拠を収集することができないと見込まれ、かつ、査証によって、より直截的かつ効率的に証拠を収集できる場合には、この要件を満たすと解されます。

(4)④相当性

証拠収集に要すべき時間又は査証を受けるべき当事者の負担が不相当なものとなることその他の事情により、相当でないと認められる場合でないこと。具体的には、長時間の操業停止を強いられる査証申立てが行われたり、過去の書類を大量に提示することが求められて過度に負担を強いられる場合等が想定されると解されます。

参考文献 特許庁総務部総務課制度審議室編『令和元年特許法等の一部改正 産業財産権法の解説』(発明推進協会)31頁以下。

 

[1] https://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/sangyo-kouzou/shousai/tokkyo_shoi/document/25-shiryou/03.pdf#page=15

[2] 設樂隆一「令和元年特許法改正による査証制度の解説とその意義」(Law & Technology 89号、48頁)

以上

※この記事は一般的な情報、執筆者個人の見解等の提供を目的とするものであり、創英国際特許法律事務所としての法的アドバイス又は公式見解ではありません。