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コメント配信システム事件大合議判決(知財高裁令和5年5月26日大合議判決・令和4年(ネ)第10046号)

久しぶりのトピックスの更新となったが、今年の5月に知財高裁においてなされた大合議判決(コメント配信システム事件判決)について、第一審判決も含めて紹介する。

 

第1 第1審判決東京地裁令和4年3月24日判決・令和元年(ワ)第25152号

1 当事者等

原告:特許権者(株式会社ドワンゴ)

被告:被疑侵害者(FC2,INC.(米国法人))

被告:被疑侵害者(株式会社ホームページシステム)

発明の名称:コメント配信システム

 

2 事案の概要

原告は、米国法人の被告FC2,INC.(以下、「被告」という。)が運営するインターネット上の被告各サービスに係る被告各システムが、本件特許に係る発明の技術的範囲に属するものであり、被告が米国に存在する被告各サーバから日本国内に存在するユーザ端末に被告各サービスに係る被告各ファイルを配信する行為が、被告各システムの「生産」(特許法2条3項1号)に該当するとして、本件特許権侵害を理由として、被告らに対し、被告各ファイルの日本国内に存在するユーザ端末への配信の差止め、被告各サーバ用プログラムの抹消及び被告各サーバの除却を求めるとともに、損害賠償等を求めた事案

 

3 本件発明1

サーバと、これとネットワークを介して接続された複数の端末装置と、を備えるコメント配信システムであって、

前記サーバは、

前記サーバから送信された動画を視聴中のユーザから付与された前記動画に対する第1コメント及び第2コメントを受信し、

前記端末装置に、前記動画と、コメント情報とを送信し、

‥(省略)‥

前記サーバが、前記動画と、前記コメント情報とを前記端末装置に送信することにより、前記端末装置の表示装置には、

前記動画と、

前記コメント付与時間に対応する動画再生時間において、前記動画の少なくとも一部と重なって、水平方向に移動する前記第1コメント及び前記第2コメントと、

が前記第1コメントと前記第2コメントとが重ならないように表示される、コメント配信システム。

 

4 争点

被告がした行為が、日本国内における本件各発明の実施行為としての「生産」に該当し、本件特許権を侵害するといえるか

 

5 判決抜粋(下線は筆者による)

物の発明の「実施」としての生産(特許法2条3項1号)とは、発明の技術的範囲に属する「物」を新たに作り出す行為をいうと解される。また、特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められることを意味する属地主義の原則(最高裁平成‥9年7月1日‥判決・民集51巻6号2299頁、最高裁平成‥14年9月26日‥判決)からは、上記「生産」は、日本国内におけるものに限定されると解するのが相当である。

したがって、上記の「生産」に当たるためには、特許発明の構成要件の全てを満たす物が、日本国内において新たに作り出されることが必要であると解すべきである。

本件発明1における「サーバ」(構成要件1A等)‥に該当する被告FC2が管理する‥動画配信用サーバ及びコメント配信用サーバは、‥いずれも米国内に存在しており、日本国内に存在しているものとは認められない。

そうすると、被告サービス1により日本国内のユーザ端末へのコメント付き動画を表示させる場合、被告サービス1が前記‥の手順どおりに機能することによって、本件発明1の構成要件を全て充足するコメント配信システムが新たに作り出されるとしても、それは、米国内に存在する動画配信用サーバ及びコメント配信用サーバと日本国内に存在するユーザ端末とを構成要素とするコメント配信システム(被告システム1)が作り出されるものである。

したがって、完成した被告システム1のうち日本国内の構成要素であるユーザ端末のみでは本件発明1の全ての構成要件を充足しないことになるから、直ちには、本件発明1の対象となる「物」である「コメント配信システム」が日本国内で「生産」されていると認めることができない。

特許法2条3項1号の「生産」に該当するためには、特許発明の構成要件をすべて満たす物が日本国内において作り出される必要があると解するのが相当であり、特許権による禁止権の及ぶ範囲については明確である必要性が高いといえることからも、明文の根拠なく、物の構成要素の大部分が日本国内において作り出されるといった基準をもって、物の発明の「実施」としての「生産」の範囲を画するのは相当とはいえない。

 

第2 知財高裁知財高裁令和5年5月26日大合議判決・令和4年(ネ)第10046号

1 要約

サーバとネットワークを介して接続された複数の端末装置を備えるシステムの発明について、日本国外に存在するサーバと日本国内に存在するユーザ端末からなるシステムを新たに作り出す行為が、上記発明の実施行為として、特許法2条3項1号所定の「生産」に該当するとされた事例

 

2 判決抜粋(見出しと下線は筆者による)

(1)ネットワーク型システムの「生産」の意義

物の発明の実施行為としての物の「生産」(特許法2条3項1号)とは、発明の技術的範囲に属する物を新たに作り出す行為をいうものと解される。

そして、本件発明1のように、インターネット等のネットワークを介して、サーバと端末が接続され、全体としてまとまった機能を発揮するシステム(以下「ネットワーク型システム」という。)の発明における「生産」とは、単独では当該発明の全ての構成要件を充足しない複数の要素が、ネットワークを介して接続することによって互いに有機的な関係を持ち、全体として当該発明の全ての構成要件を充足する機能を有するようになることによって、当該システムを新たに作り出す行為をいうものと解される。

‥ユーザ端末が各ファイルを受信した時点で、本件発明1の全ての構成要件を充足する機能を備えた被告システム1が新たに作り出されたものということができる(以下、被告システム1を新たに作り出す上記行為を「本件生産1の1」という。)

 

(2)被告システム1を「新たに作り出す行為」(本件生産1の1)の特許法2条3項1号所定の「生産」該当性

特許権についての属地主義の原則とは、各国の特許権が、その成立、移転、効力等につき当該国の法律によって定められ、特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められることを意味するものであるところ、最高裁平成7年(オ)第1988号同9年7月1日第三小法廷判決・民集51巻6号2299頁、最高裁平成12年(受)第580号同14年9月26日第一小法廷判決・民集56巻7号1551頁参照)、我が国の特許法においても、上記原則が妥当するものと解される。

 

本件生産1の1において、各ファイルが米国に存在するサーバから国内のユーザ端末に送信され、ユーザ端末がこれらを受信することは、米国と我が国にまたがって行われるものであり、また、新たに作り出される被告システム1は、米国と我が国にわたって存在するものである。そこで、属地主義の原則から、本件生産1の1が、我が国の特許法2条3項1号の「生産」に該当するか否かが問題となる。

 

ネットワーク型システムにおいて、サーバが日本国外(以下、単に「国外」という。)に設置されることは、現在、一般的に行われており、また、サーバがどの国に存在するかは、ネットワーク型システムの利用にあたって障害とならないことからすれば、被疑侵害物件であるネットワーク型システムを構成するサーバが国外に存在していたとしても、当該システムを構成する端末が日本国内(以下「国内」という。)に存在すれば、これを用いて当該システムを国内で利用することは可能であり、その利用は、特許権者が当該発明を国内で実施して得ることができる経済的利益に影響を及ぼし得るものである。

 

そうすると、ネットワーク型システムの発明について、属地主義の原則を厳格に解釈し、当該システムを構成する要素の一部であるサーバが国外に存在することを理由に、一律に我が国の特許法2条3項の「実施」に該当しないと解することは、サーバを国外に設置さえすれば特許を容易に回避し得ることとなり、当該システムの発明に係る特許権について十分な保護を図ることができないこととなって、妥当ではない。他方で、当該システムを構成する要素の一部である端末が国内に存在することを理由に、一律に特許法2条3項の「実施」に該当すると解することは、当該特許権の過剰な保護となり、経済活動に支障を生じる事態となり得るものであって、これも妥当ではない。

 

(3)規範(①~④は筆者による)

これらを踏まえると、ネットワーク型システムの発明に係る特許権を適切に保護する観点から、ネットワーク型システムを新たに作り出す行為が、特許法2条3項1号の「生産」に該当するか否かについては、当該システムを構成する要素の一部であるサーバが国外に存在する場合であっても、①当該行為の具体的態様、②当該システムを構成する各要素のうち国内に存在するものが当該発明において果たす機能・役割、③当該システムの利用によって当該発明の効果が得られる場所、④その利用が当該発明の特許権者の経済的利益に与える影響等を総合考慮し、当該行為が我が国の領域内で行われたものとみることができるときは、特許法2条3項1号の「生産」に該当すると解するのが相当である。

 

(4)あてはめ

ア ①当該行為の具体的態様

本件生産1の1の具体的態様は、米国に存在するサーバから国内のユーザ端末に各ファイルが送信され、国内のユーザ端末がこれらを受信することによって行われるものであって、当該送信及び受信(送受信)は一体として行われ、国内のユーザ端末が各ファイルを受信することによって被告システム1が完成することからすれば、上記送受信は国内で行われたものと観念することができる。

 

イ ②当該システムを構成する各要素のうち国内に存在するものが当該発明において果たす機能・役割

被告システム1は、米国に存在する被控訴人FC2のサーバと国内に存在するユーザ端末とから構成されるものであるところ、国内に存在する上記ユーザ端末は、本件発明1の主要な機能である動画上に表示されるコメント同士が重ならない位置に表示されるようにするために必要とされる構成要件1Fの判定部の機能と構成要件1Gの表示位置制御部の機能を果たしている。

 

ウ ③当該システムの利用によって当該発明の効果が得られる場所

さらに、被告システム1は、上記ユーザ端末を介して国内から利用することができるものであって、コメントを利用したコミュニケーションにおける娯楽性の向上という本件発明1の効果は国内で発現しており

 

エ ④その利用が当該発明の特許権者の経済的利益に与える影響

その国内における利用は、控訴人が本件発明1に係るシステムを国内で利用して得る経済的利益に影響を及ぼし得るものである。

 

(5)まとめ

以上の事情を総合考慮すると、本件生産1の1は、我が国の領域内で行われたものと見ることができるから、本件発明1との関係で、特許法2条3項1号の「生産」に該当するものと認められる。

‥以上によれば、被控訴人Y1は、本件生産1の1により、被告システム1を「生産」(特許法2条3項1号)し、本件特許権を侵害したものと認められる。

 

(6)被告システム1の「生産」主体

被控訴人Y1が、(被告システム1に係る)ウェブサーバ、動画配信用サーバ及びコメント配信用サーバを設置及び管理しており、これらのサーバが、HTMLファイル及びSWFファイル、動画ファイル並びにコメントファイルをユーザ端末に送信し、ユーザ端末による各ファイルの受信は、ユーザによる別途の操作を介することなく、被控訴人Y1がサーバにアップロードしたプログラムの記述に従い、自動的に行われるものであることからすれば、被告システム1を「生産」した主体は、被控訴人Y1であるというべきである。

 

第3 コメント

各判決とも、BBS最判とカードリーダー事件最判を引用して、「日本国の特許権は、日本国の領域内においてのみ効力を有するものである」という、いわゆる実質法上の属地主義として引用している。

このような意味での属地主義において、日本国特許法の適用範囲について、①厳格に解釈するか、ネットワーク関連発明における侵害逃れの容易性を加味し、いわば政策的な見地も取り入れて緩やかに解釈するか、②緩やかに解釈する場合、判断基準についてどのような事情を考慮すべきか問題となると解する。

第1審は厳格に解し、「『生産』に当たるためには、特許発明の構成要件の全てを満たす物が、日本国内において新たに作り出されることが必要であると解すべき」と判断したが、大合議判決は、ネットワーク関連発明における侵害逃れの容易性を加味し、いわば政策的な見地も取り入れて緩やかに解釈したといえる。米国、英国、ドイツの例を見ると、属地主義を厳格に解さず、ある程度緩やかに解して一定範囲で国境を跨ぐ侵害行為を認めていることもあり、我が国においても、この国際的な流れに従ったのではないかと考えられる。

なお、大合議判決では、下記のとおり特許権保護の観点に加え、「他方で」として明示的に特許権の過剰な保護にならないように配慮している。

「ネットワーク型システムの発明について、属地主義の原則を厳格に解釈し、当該システムを構成する要素の一部であるサーバが国外に存在することを理由に、一律に我が国の特許法2条3項の「実施」に該当しないと解することは、サーバを国外に設置さえすれば特許を容易に回避し得ることとなり、当該システムの発明に係る特許権について十分な保護を図ることができないこととなって、妥当ではない。他方で、当該システムを構成する要素の一部である端末が国内に存在することを理由に、一律に特許法2条3項の「実施」に該当すると解することは、当該特許権の過剰な保護となり、経済活動に支障を生じる事態となり得るものであって、これも妥当ではない。」

 

上記の②について、日本国特許法の適用範囲について緩やかに解釈したとしても、判断基準についてどのような事情を考慮すべきか様々な見解が示されている。少なくとも、特許権の過剰な保護にならないようにすることに加え、第三者にとって侵害行為かどうか予見できるかどうかという基準を定立すべきではないかと考える。

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