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特許法102条2項についての解説(「二酸化炭素含有粘性組成物事件大合議判決」(知財高裁令和元年6月7日(平成30年(ネ)第10063号)大合議判決)及び「ごみ貯蔵機器事件大合議判決」(知財高裁平成25年2月1日(平成24年(ネ)第10015号)大合議判決))

第1 はじめに

弊所では、法律部門が主催して法律部門メンバー全員と弊所全体で定期的に重要裁判例の勉強会を開催しております。

その中で、かつて私(弁護士 佐藤慧太)が担当したのが、特許侵害における損害賠償額の推定規定のうち、特許法102条2項について判断した「二酸化炭素含有粘性組成物事件大合議判決」(知財高裁令和元年6月7日(平成30年(ネ)第10063号)大合議判決)及び「ごみ貯蔵機器事件大合議判決」(知財高裁平成25年2月1日(平成24年(ネ)第10015号)大合議判決)でした。

先日(2022年10月20日)、特許法102条2項と同条3項に関する大合議判決が知的財産高等裁判所(知財高裁)にてなされ、初のビジネスコートでの大合議判決ということで話題になりました。

そこで、速報として、弊所の河合哲志弁護士私(弁護士 佐藤慧太)当該大合議判決の要旨を参考にして記事を書かせていただきましたが、その前提として、二酸化炭素含有粘性組成物事件及びごみ貯蔵機器事件が大変参考になりますので、今回、その勉強会の内容を文章に起こして解説させていただきます。

長文になり、また、各方面で詳細な解説がなされているかと思われますが、僭越ながら私見も交えて解説させていただきたく存じます。

第2 解説

1 特許法102条2項

まず、判決の前に、特許法(以下略)102条2項について解説します。

102条2項:「特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額は、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額と推定する。」

102条2項の法的性質は、逸失利益(その不法行為の事実が無ければ権利者が得たであろう利益)としての損害額を推定する規定です。

102条2項の推定は、法律上の事実推定です。つまり、Aという事実(前提事実)があるときは、B事実(推定事実)があるものと推定するというものであって、102条2項は、侵害者の利益の額という前提事実を立証すれば、その額を、特許権者が受けた利益の額と推定する規定というものです。

2 ごみ貯蔵機器事件大合議判決

ところで、102条2項の適用の前提として、原告の特許発明の実施が必要かという論点が存在します(判決要旨を見ると、今回の大合議判決(2022年10月20年大合議判決)でも論点となっている可能性があります。)。

ごみ貯蔵機器事件大合議判決では、特許権である原告が外国法人であり、原告が日本の法人に対して独占的な総代理店としてコンサルや販売促進支援等を行っており、実際は原告が日本国内で実施をしていないものの、実質的に権利者が日本国内で実施していると言えるような事案で、「特許権者に,侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には,特許法102条2項の適用が認められる」と判示し、あてはめにおいて、102条2項の適用を肯定しました。

ごみ貯蔵機器事件は特殊な事案でしたが、「特許権者に,侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合」というのはどういう場合か検討しました。

特許権者が国内で実施している場合や、競合する製品を販売している場合は、そのような事情が存在すると言えると言われています。

問題になるのは、権利者が国内で実施しておらず、通常実施権者のみ存する場合はどうかという点です。

原則否定されるべきなのは争い無いのですが、特に、実施権者の製品の売上高に応じてライセンス料が変動する、いわゆるランニングロイヤリティ方式の場合に問題になります。

この点について、大合議の当てはめで、敢えて、「原告は,コンビ社を通じて原告製カセットを日本国内において販売しているといえること」という判示をしたことを重視し、消極的に解すべきとする見解もあります。ほかにも、3項の存在を理由として、(匿名解説(「知財高裁詳報(特許法102条2項の適用要件 紙おむつ処理容器事件)」L&T59号66頁)参照)又は、2項における推定される「逸失利益」を「製品自体の売り上げ減少による逸失利益」と解して、適用を否定する見解があります(愛知靖之「特許法102条2項の適用要件の再検討―ごみ貯蔵機器事件知財高裁大合議判決を契機として―」L&T63号41頁以下参照)。

この点、私見としては、大合議判決が事実上の統一見解として、「特許権者に,侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合」と判示したことを重視すると、ランニングロイヤリティ方式の場合は、実施権者の売上減少に伴い、特許権者の利益の減少が観念でき、これを裏返せば、侵害行為が無ければ利益が得られたと言えると考えられますので、2項の適用を肯定すべきであると考えます(牧野利秋=磯田直也「損害賠償(3)」牧野ほか編『知的財産訴訟実務体系Ⅱ』(青林書院、2014)43頁以下等参照)。

ただし、権利者が不実施で、ライセンスのみの場合は、同条3項4項が想定する侵害場面のライセンス料率よりも実際のライセンス料率が低率であることが予想されます。そのため、3項で請求した場合の方が請求額が高額となる場合が多いと予想され、2項を適用する実益が存在する場面は限られるのではないかと考えます。

3 二酸化炭素含有粘性組成物事件大合議判決

以上が前置きということで、二酸化炭素含有粘性組成物事件の解説を行います。

(1)争点

知財高裁は、主に、102条2項の①「利益の額」と、②推定覆滅事情(一旦推定がなされた場合にそれが覆る場合の事情)、3項の③「その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額」の意義と、④実施に対し受けるべき料率について判示しました。

(2)2項

まず、①2項で推定が及ぶ利益の額とは、侵害者が得た利益の全額と判断し、②侵害者の側で、侵害者が得た利益の一部又は全部について、特許権者が受けた損害との相当因果関係が欠けることを主張立証した場合には、その限度で推定が覆滅されると判断しています。

①利益の額(侵害者が得た利益の全額)とは、「侵害者の侵害品の売上高から,侵害者において侵害品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した限界利益の額であり,その主張立証責任は特許権者側にある」と判断しました。なお、ここでいう「限界利益」とは、いわゆる会計上の「限界利益」と一致する概念ではなく、およそ「侵害者の侵害品の売上高から,侵害者において侵害品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した」額を指します。

そして、控除されるべき経費について、「例えば,侵害品についての原材料費,仕入費用,運送費等がこれに当たる。これに対し,例えば,管理部門の人件費や交通・通信費等は,通常,侵害品の製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費には当たらない」と判断しています。つまり、侵害品を製造販売するために追加的に必要になった経費を具体的に判断しています。

被告製品と関連するものか不明である費用については、控除していません(侵害品を製造販売するために追加的に必要立証できなかったからだと考えられます。)。興味深いのは、研究費などの、開発段階の経費と思われる経費が控除されている点です。

次に、推定の覆滅についてですが、1項但し書き(旧法)の事情と同様に、侵害者が主張立証責任を負うとして、侵害者が得た利益と特許権者が受けた損害との相当因果関係を阻害する事情がこれに当たるとしました。

旧特許法102条1項但書:「ただし、譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者‥が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものとする。」

その事情としては、市場の非同一性、競合品の存在、侵害者の営業努力、侵害品の性能等について、推定覆滅の事情として考慮できるとしました。

また、従来より言われていた発明の寄与度(現在では、寄与度ないし非寄与度という言葉はあまり使われなくなり、「特許発明が侵害品の部分のみに実施されている場合」と言われています。)についても言及しておりまして、特許発明が侵害品の部分のみに実施されている場合も推定覆滅の事情として考慮できるが、「特許発明が侵害品の部分のみに実施されていることから直ちに上記推定の覆滅が認められるのではなく,特許発明が実施されている部分の侵害品中における位置付け,当該特許発明の顧客誘引力等の事情を総合的に考慮してこれを決する」と判断しました。

推定覆滅についての当てはめですが、競合品の存在については、本件特許発明は2剤形を混ぜ合わせて用いるパック化粧料ではありますが、被告から、およそパック化粧料全てが競合品であると主張されましたが、裁判所は、本件発明は、2剤形のキットを混ぜ合わせて用いるパック化粧料であって、2剤形のキットを混ぜ合わせる手間をかけることによる満足度なども影響するということで、(市場の画定としては、)パック化粧料全てをもって競合品であると解するのは相当でないとしました。つまり、侵害品の実施により売り上げ減少が観念できるのは、パック化粧料全てではなく、2剤型のものであるということです。

営業努力については、通常の範囲の工夫や営業努力をしたとしても、推定覆滅事由に当たるとは言えないとしました。ただ、因果関係を阻害するという事情ということですが、特許権者が全くと言っていいほど営業努力を行っていない場合、因果関係が阻害される場合もあるのではないかと考えまして、そのような場合も同様のことが言えるのかどうか個人的に気になります。

特許発明が侵害品の部分のみに実施されている場合について、本発明は、「二酸化炭素含有粘性組成物を得るための2剤型の化粧料のキットの発明であるところ,被告各製品は,炭酸塩を含むジェル剤と酸を含む顆粒剤を混合して使用するパック化粧料のキットであるから,本件発明は被告各製品の全体について実施されているというべき」と判断し、部分による実施であることを否定しました。

以上が2項の判示部分です。

2022年10月20日大合議判決の全文をご覧になる際に少しでもお役に立てば幸いです。

(3)3項

二酸化炭素含有粘性組成物事件では、3項についても判示しております。

3項は、従来言われていたとおり、最低限度の損害額を法定した規定であるとしました。その3項の実施料率について重要な判示事項だけ記載しますと、

特許発明の実施許諾契約においては,技術的範囲への属否や当該特許が無効にされるべきものか否かが明らかではない段階で,被許諾者が最低保証額を支払い,当該特許が無効にされた場合であっても支払済みの実施料の返還を求めることができないなどさまざまな契約上の制約を受けるのが通常である状況の下で事前に実施料率が決定されるのに対し,技術的範囲に属し当該特許が無効にされるべきものとはいえないとして特許権侵害に当たるとされた場合には,侵害者が上記のような契約上の制約を負わない。」

「同項に基づく損害の算定に当たっては,必ずしも当該特許権についての実施許諾契約における実施料率に基づかなければならない必然性はなく,特許権侵害をした者に対して事後的に定められるべき,実施に対し受けるべき料率は,むしろ,通常の実施料率に比べて自ずと高額になるであろうことを考慮すべきである。」として、改正特許法102条4項と同趣旨の判示をしました。

その具体的な算定方法としては、「[1〕当該特許発明の実際の実施許諾契約における実施料率や,それが明らかでない場合には業界における実施料の相場等も考慮に入れつつ,〔2〕当該特許発明自体の価値すなわち特許発明の技術内容や重要性,他のものによる代替可能性,〔3〕当該特許発明を当該製品に用いた場合の売上げ及び利益への貢献や侵害の態様,〔4〕特許権者と侵害者との競業関係や特許権者の営業方針等訴訟に現れた諸事情を総合考慮して,合理的な料率を定めるべきである。」としました。

(4)検討

以上が判決の解説ではありますが、102条2項について、検討してみました。

まず、「利益の額」について、「侵害者の侵害品の売上高から,侵害者において侵害品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した限界利益の額」を個別的に判断しています。

下のスライドの「例えば」の部分は、判示事項の抜粋ですが、赤字の、「業務の内容が明らかでなく」「どの製品に係るものか不明」「被告製品の出品状況が不明」と判示されているように、当該費目に他の製品が含まれている場合、どの部分が侵害品に係る費用なのかを立証できなければ、控除の対象にならないことになります。そのため、少なくとも、控除されるためには、被告製品との関連性を示さなければなりません。

また、中山信弘・小泉直樹編『新・注解特許法〔第2版〕(中巻)』(2017年、青林書院)1945頁以下(飯田圭)を参照すると、控除肯定例と否定例がまとめられていまして、例えば、開発費や金型の費用が控除肯定例として掲げられていました。

この点について、一見すると、開発費や、金型などは、変動費とは言えないのではないかとも思えます。

そこで、裁判例を調べてみると、例えば、東京地裁(東京地判平成19年4月24日(平成17年(ワ)第15327号)(設樂隆一裁判長))は、「個別固定費を控除の対象」とすべきと判示し、「例えば,大企業が多数種類の製品を製造販売する中で,1種類の侵害品を製造販売している場合に控除される費用は,直接の原材料費,運送費などの変動費だけになるのに対し,零細な企業が侵害品のみを製造販売しているような場合,あるいは,侵害品を製造販売するためにのみ新工場を建設した場合には,変動費に加え,工場及び機械の減価償却費,工場従業員の給与などの固定費が侵害品の製造販売に相当な因果関係のある個別固定費とみなされると考えるべきであり,粗利益からこのような経費を差し引いて貢献利益を算定すべきである。」と大変興味深い判示をしています。

また、金型について、知財高裁(知財高判平成27年4月28日平成25年(ネ)第10097号(富田善範裁判長))は、「被告各製品の製造に供する金型が本件各特許発明を侵害しない他の製品に転用できないものであるならば,その金型の製作費用は,被告各製品の製造・販売のために直接必要となった直接固定費として,これを控除すべきである。」と判示しています。

控除すべき費用について、1項では、特許権者の売り上げの増加に応じて増加する変動経費のみ売り上げから控除するという考えが一般的ですが、2項の場合は、異なるのではないかと考えます。

すなわち、1項の場合は、特許権者がすでに製造販売していることを前提として、実施能力も考えて、例えば、侵害が無ければ20個売れていたが、侵害があることによって10個しか売れなかったということですので、10から20に増やす場合の単位数量当たりの利益ということになり、製品が存在しない状態から1から製造するために係る研究開発費や金型等は侵害とは関係ないため控除されない傾向にあるということになりますが、2項の場合は、侵害者の利益を損害額と推定する規定であり、そもそも侵害者は製造販売を禁止されているにもかかわらず、製造販売したということですので、一から製造するためにかかった研究開発費や金型が控除されるということになるのではないかと考えます。

この点、本判示事項の当てはめで、研究開発費や研究員の人件費なども控除の対象になり得ると認定しており、そのように考えるべきではないかと考えます。つまり、製造販売が禁止されている分、製造販売に係る開発費用も製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費ということになり、控除の対象になる傾向にあるのではないかと考えられます。

第3 その他

以上で解説は終了となりますが、推定覆滅について、意匠についての裁判例(大阪地判平成31年3月28日平成29年(ワ)第5011号(高松宏之裁判長))(爪切り事件)がありますので、少し説明させていただきます。

特許法102条2項に対応する、意匠法39条2項の損害について判示した裁判例ですが、「被告製品1の全体に占める本件意匠権侵害部分の割合を検討する趣旨は,被告製品1の販売利益に占める本件意匠権侵害部分の割合を明らかにするためであるから,その割合は,顧客吸引力の観点から,できる限り被告製品1の意匠全体に対する本件意匠権侵害部分の貢献割合によって決めるべき」とし、他方で、他の推定覆滅事由についての考慮要素の1つとして、「本件登録意匠が爪切りのデザインとして特徴的なものであり,相応の顧客吸引力を有すると考えられる」と判示しています。

特許の場合は、特許発明が侵害品の部分のみに実施されている場合について特許発明の顧客吸引力を考慮要素の1つとし、他方で因果関係を阻害する事情について、侵害品のデザインなどを考慮します。

他方で、意匠の場合は、意匠が侵害品の部分のみ実施されている場合、その美感による顧客吸引力を考慮し、他方で因果関係を阻害する事情でも、美感による顧客誘引力を考慮することとなり、一見すると2つの推定覆滅の場面で同様の事情が考慮されることになる点で、興味深いと考えました。

この判決では、意匠が侵害品の部分のみ実施されている場合については、あくまで本件意匠(美感)の顧客吸引力、因果関係を阻害する事情については、あくまで本件意匠以外のデザイン(美感)の貢献度を考慮したという趣旨と考えると納得できるのではないかと考えました。

以上

※この記事は一般的な情報、執筆者個人の見解等の提供を目的とするものであり、創英国際特許法律事務所としての法的アドバイス又は公式見解ではありません。

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