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【設樂】ANTI-SUITS-INJUNCTIONとは??ーFRAND宣言をした標準必須特許(SEP) 訴訟の最近の国際的潮流

筆者は、2020年4月からWIPOのJudiciary CommitteeのAdvisory Boardのメンバーを委嘱され、その活動を始めている。WIPOのJudiciary Committeeといっても、原則は非公開であるため、あまり知られていないと思われる。世界各国から知的財産権訴訟を担当する判事が集まり、非公開で自由に議論をする集まりであり、2018年から年に1回、11月にジュネーブで数日にわたる国際フォーラムが開かれ、毎年およそ130人の裁判官が世界70か国から参加して、自由闊達な議論が交わされている。ただ、残念ながら、今年の11月の会議は、コロナの影響で、WEB会議となる。来年は、コロナの問題が解決すれば、直接顔を合わせて議論をすることが期待されている。

なお、このほかにも、WEB会議を利用して、年に数回、テーマを決めて、1回2時間程度のWEB会議が開かれ、その時々の重要なテーマについて、各国から3、4名の裁判官が発表し、質疑応答がされている。

裁判官だけの気楽な会議であり、本音で自由な議論ができ、また、知財訴訟の経験が豊富な判事の意見を聴くことができるため、人気がある。言語は、英語である。英語、スペイン語、フランス語、中国語、アラビア語、ロシア語の同時通訳が付いているが、日本語の同時通訳はない。

ジュネーブにあるWIPOの事務局が幹事役を担い、米英独日や豪州、中国、韓国、インド、ブラジルの判事が幹事役でAdvisory Boardの委員となっている。筆者は、現在は弁護士であるが、この4月から元知財高裁所長との資格で、このBoardのメンバーとなっている。無償の公益的業務であるが、幹事役の豪州のAnnabell Bennette元判事、イギリスのColin Birss判事、ドイツのKlause Grabinski判事、米国のKathieen O’Mailey判事らが大変熱心であるため、筆者も英語での活発な議論に参加する困難さを痛感しながら、WEB会議等で努力をしているところである。現在は、11月の国際フォーラムのパネルディスカッションに参加をするためFRAND SEP訴訟関係の準備もあり、なかなか大変である。

さて、FRAND宣言をした標準必須特許訴訟の最近の国際的な潮流の中で特筆すべきことといえば、第1に、イギリスのUnwired Planet vs Huaweiの一審判決(Birss判事担当)と、これを維持した控訴審判決と同最高裁判決、第2に、ドイツの連邦地裁における著名な自動車メーカー等に対する複数の差止判決の流れ、第3に、中国の最高人民法院及び米国の控訴裁判所によるAnti-Suits-Injunctionの三つであろう。

このうち、第1と第2は、また別な機会に譲るとして、第3のAnti-Suits-Injunctionについて触れることとする。

Anti-Suits-Injunction(ASI)とは、そもそもどのような命令であるか、知らない方も多いと思われる。我々日本人には馴染みのない命令であるし、そもそも日本の裁判所がこのような命令を出すとは思えない。例えば、原告Aが、ドイツの連邦地裁において、被告Bに対し、ドイツ特許に基づき、ドイツ国内における特許の差止命令を得た場合に、被告Bが、中国の裁判所で、原告Aを相手方として、類似の中国特許について、非侵害の裁判や中国の裁判所が認定するFRANDロイヤルティに基づくライセンス契約の締結を求めている場合に、中国の裁判所が、原告Aに対し、ドイツの裁判所のドイツにおける差止の判決の執行をしないように命令するものである。その理由は、ドイツの判決がドイツで執行されると、中国の訴訟の審理に不当な悪影響を及ぼすためである。

中国最高人民法院の命令について、具体的に説明する。当事者は、HuaweiとテキサスのNPEでNOKIAから特許を譲り受けているConversant Wirelessである。Conversantは、2Gから4Gまでの標準必須特許(SEP)を保有している。Conversantは、2017年にHuaweiとのライセンス交渉がとん挫したため、2018年にイギリスやドイツなどの裁判所に差止の訴訟を提起した。イギリスの最高裁は2020年8月にUnwired Planetと同様の内容で、Huaweiに対し、差止命令を認めた一審及び控訴審判決を支持した(一審では、イギリスの裁判所がグローバルなFRANDロイヤルティレートを認定し、被告がそのレートでのライセンス契約を締結することを拒否したために、被告をunwilling licenseeとみなして、差止命令を発するとの決定がなされ、イギリスの最高裁がこの判決を支持したため、同判決は確定した。)。

Huaweiは、2018年に南京の人民裁判所に、Conversantの3つの特許を侵害していないこと、及び、仮にそうでないとしても、FRAND条件でのライセンスを受ける権利があるとの裁判を求めていた。南京の裁判所は、2019年11月に、非侵害は認めなかったものの、トップダウン方式でFRANDロイヤルティを認める判決をし、同判決は、現在、最高人民法院に控訴されている。 Conversantは、2018年4月に、デュッセルドルフ連邦地裁に、Huaweiを被告として、差止の訴訟を提起し、同地裁は、2020年8月に、Huaweiに対し、ドイツにおける販売等の差止を認める判決を言い渡した。

Huaweiは、同日、中国最高人民法院に対し、同法院の手続きが終了するまでの間、Conversantがドイツ連邦地裁の判決を執行しないように求める申立てをし、最高人民法院は、米国の判例を引用して、その申立てを認めた。

最高人民法院がASIを認めた理由は、①ドイツの判決の執行は、中国の訴訟への干渉である、②Huaweiは、ドイツ判決により、ドイツの市場から撤退するか、南京の裁判所より18.3倍も高いロイヤルティの申し出を受けて、ライセンス契約をしなければならない、③このケースでは国際的礼譲にも反しない(中国の裁判所がドイツよりも先に訴訟の提起を受けており、ASIはドイツの控訴審の手続きには影響しない)、というものであった。そして、Conversantはこの命令に反した場合は、1日、15万米ドルの罰金を支払うことが命じられた。なお、この命令は審尋なしになされたため、その後、Conversantは、裁判所に対し反論をしたが、このASIの決定は覆らなかった。

米国の判例とは、2018年5月9日に、第9区控訴裁判所によりなされた命令等がある。同事案は、互いにFRAND SEPを保有しているHuaweiとSamsung間の紛争で、Huaweiがカリフォルニアの連邦地裁に対し、その保有するSEPに基づき訴え、SamsungもHuaweiに対し、その保有するSEPに基づき訴えたところ、Huaweiが中国の裁判所にも訴え、深圳の裁判所が、Samsungに対し、差止を認める判決を言い渡した。Samsungは、中国判決に対し控訴し、米国の裁判所に対し、中国の裁判所の差止の判決を執行しないように求めたところ、米国の裁判所は、この申立てを認めた。同裁判所は、米国の裁判所に訴訟が係属しており、外国判決の執行がその訴訟に不正義をもたらす状況にある場合には、外国判決の執行を止めることができる、しかし、その権限は制限的に用いられなければならない、と判断した。 このように外国判決の執行が、自国の裁判と内容的に関係し、自国の訴訟に内容的に不当な影響を与える場合に、外国判決の執行を止めるASIが、米国と中国の裁判所により、限定的ではあるが、認められた。

このASIは、2国の訴訟の当事者が実質同一であること、ETSIに対するFRAND宣言契約がなされたFRAND SEPのロイヤルティという実質的争点が同一であること、後に提訴された外国裁判所の判決が執行されることにより、最初に提訴された自国の訴訟の審理に看過し得ない悪影響があること、などが要件とされているように思われる。

日本では、ASIは認めた事例はないので、あまり議論もされていない状況である。やはり、国際的裁判管轄権を有する外国の裁判所による当該国の特許に基づく差止の判決を当該国において執行することを止める権利が、他の国の裁判所にあるとする理由がわかりにくい。FRAND宣言のSEPに関する裁判を受ける権利の侵害という請求原因を考えるのであろうか。また、最高人民法院がASIを認めたことにより、武漢の裁判所において、2020年9月23日に、InterdegitalとXiaomiの訴訟で、Interdegitalがインドのデリーの裁判所に差止の訴訟を提起したことについて、同訴訟を取り下げるように命じ、かつ、世界のどの国においても同じ特許に基づいて差止の訴えの提起を禁止するとの、驚くべき決定がなされたようである。この決定は、最高人民法院の決定をさらに拡張的に適用するものであり、この件についての最高人民法院の判断が注目される。なお、このようなASIに対しては、ドイツの裁判所が、ドイツの裁判所の当事者に対し、中国の訴訟において、ASIの申立てをしないように、Anti-Anti-Suits-Injunctionを発令している。筆者としては、どの国もASIを認めない方向に1票を投じたい。

1) 2020年10月1日から査証制度が導入され、前回はその説明をはじめ、今回はその続きの予定であったが、拙稿「令和元年特許法改正による査証制度の解説とその意義」Law & Technology 第89号45頁に掲載されたため、査証制度については、同誌の記事に譲ることとした。

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