結合商標の類否判断
1 結合商標の類否判断に関する二つの最高裁判例
(1)リラ宝塚事件最高裁判決とつつみのおひなっこや事件最高裁判決の関係
結合商標と他の商標との類否判断をするにあたって結合商標からその一部を構成する要素を分離抽出して観察することの可否を述べた二つの最高裁判決がある。一つは最高裁昭和38年12月5日判決(リラ宝塚事件)であり、もう一つは最高裁平成20年9月8日判決(つつみのおひなっこや事件)である。リラ宝塚事件最高裁判決は結合商標において他の構成要素と不可分(「各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分」)ではない構成要素の分離抽出を積極的に認めたものである一方、つつみのおひなっこや事件最高裁判決は構成要素の分離抽出が許される場合を限定したものであり、両判決は互いに矛盾するようにも見える。両判決の関係については、つつみのおひなっこや事件最高裁判決は、リラ宝塚事件最高裁判決を修正したものであり、結合商標中の構成要素が不可分(リラ宝塚事件最高裁判決によると分離観察不可ということになる)であっても例外的に分離観察が許される場合を示したものであるとの見解と、つつみのおひなっこや事件最高裁判決は、リラ宝塚事件最高裁判決を補足したものであり、結合商標中のある構成要素が可分(リラ宝塚事件最高裁判決によると分離観察が可能ということになる)であっても特定の事情がないと分離観察は許されないことを示したものであるとの見解がある。つつみのおひなっこや事件最高裁判決以降の知財高裁判例には、前者の見解を採用したものも、後者の見解を採用したものもあり、決着はついていない。
筆者は、リラ宝塚事件最高裁判決とつつみのおひなっこや事件最高裁判決は、共に、結合商標も全体観察が原則であるが合理的理由がある場合には分離観察が可能であるという同一の一般論を述べたものであり、結局は、全体観察の原則を覆して分離観察すべき合理的理由の有無が問題になると考える。
(2)リラ宝塚事件最高裁判決の分析
リラ宝塚事件最高裁判決は、結合商標を構成するある要素が他の部分から可分である場合(「各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない」場合)には当該構成要素を分離観察するのが正当と言っているようにも見える。しかしながら、筆者は、リラ宝塚事件最高裁判決は、結合商標も全体観察が原則であると述べた上、合理的理由がある場合にはある構成要素を分離抽出して観察できる旨述べているに過ぎないと考える。現に、本判決は、「…不可分的に結合しているものと認められない商標は、常に必らずしもその構成部分全体の名称によつて称呼、観念されず、しばしば、その一部だけによつて簡略に称呼、観念され…」と述べており、結合が不可分でない場合でも構成要素単体の称呼・観念が商標全体の称呼・観念に優先するときとそうでないときがあることを示唆している。また、本判決は、本願商標から「宝塚(寳塚)」を分離抽出するにあたり、消費者において「リラ」の親しみ深さに比して「宝塚」の親しみ深さが顕著であるという考慮要素と本願商標において「宝塚(寳塚)」が目立つように表示されている(本願商標のほぼ中央部に普通の活字で極めて読みとり易く表示されている)という考慮要素を挙げている。すなわち、リラ宝塚事件最高裁判決も、結合商標からその一部を構成する要素を分離抽出して観察できるのは、全体観察の原則を覆して問題となる構成要素を分離抽出して観察すべき合理的理由がある場合に限られるとの見解に立っていると思われる。
【リラ宝塚事件における本願商標】
【リラ宝塚事件における引用商標】
□リラ宝塚事件最高裁判決
「商標はその構成部分全体によつて他人の商標と識別すべく考案されているものであるから、みだりに、商標構成部分の一部を抽出し、この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判定するがごときことが許されないのは、正に、所論のとおりである。しかし、簡易、迅速をたつとぶ取引の実際においては、各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない商標は、常に必らずしもその構成部分全体の名称によつて称呼、観念されず、しばしば、その一部だけによつて簡略に称呼、観念され、一個の商標から二個以上の称呼、観念の生ずることがあるのは、経験則の教えるところである(昭和三六年六月二三日第二小法廷判決、民集一五巻六号一六八九頁参照)。しかしてこの場合、一つの称呼、観念が他人の商標の称呼、観念と同一または類似であるとはいえないとしても、他の称呼、観念が他人の商標のそれと類似するときは、両商標はなお類似するものと解するのが相当である。」
(3)つつみのおひなっこや事件最高裁判決の分析
つつみのおひなっこや事件最高裁判決は、結合商標からその一部を構成する要素を分離抽出して観察できる場合として、当該構成要素が「取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合」と当該構成要素「以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合」とを挙げている。しかしながら、これらは例示であり、これら以外の場合における分離観察も否定されていない。すなわち、つつみのおひなっこや事件最高裁判決も、リラ宝塚事件最高裁判決と同様に、結合商標も全体観察が原則であるが合理的理由がある場合にはある構成要素を分離抽出して観察するのが可能であるという一般論を述べていると評価できる。
□つつみのおひなっこや事件最高裁判決
「法4条1項11号に係る商標の類否は,同一又は類似の商品又は役務に使用された商標が,その外観,観念,称呼等によって取引者,需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して,その商品又は役務に係る取引の実情を踏まえつつ全体的に考察すべきものであり(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照),複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて,商標の構成部分の一部を抽出し,この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは,その部分が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合などを除き,許されないというべきである(最高裁昭和37年(オ)第953号同38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁,最高裁平成3年(行ツ)第103号同5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁参照)。」
(4)結合商標中のある構成要素を分離抽出して観察すべき合理的理由
結合商標中のある構成要素を分離抽出して観察するのが合理的である具体的理由として、分離抽出が主張されている構成要素の識別力が強いこと、当該構成要素の消費者に対する印象が強いこと、当該構成要素が消費者に周知であること、他の構成要素の識別力・印象・周知性が弱い/低いこと、当該構成要素が他の部分から視覚的に又は文法的に区分されていること、及び当該構成要素が他の構成要素より目立つ態様で表示されていることが挙げられる。
図形と文字の結合商標においては、外観及び観念よりも称呼が重視される実務の傾向に沿って、下記の知財高裁判決に例示されるとおり、文字部分の一部又は全部が要部として分離抽出され、図形部分が完全に相違しても分離抽出された称呼が類似する限り商標類似と判断される傾向が見受けられる。ただし、文字部分に識別力がないか極めて弱い場合は、全体観察により類否判断されることになるであろう。
2 図形と文字が結合した商標の類否についての知財高裁判例
(1)知財高裁令和5年1月17日判決(EMPIRE STEAK HOUSE事件)
裁判所は、下記の本願商標(図形と文字の結合商標)と引用商標を対比して次のとおり判断した。
- 本願商標の文字部分における「STEAK HOUSE」は自他役務識別力を有しないか又は同機能が極めて弱い。
- 本願商標の図形部分(牛のイラスト)は、本願商標の指定役務中「ステーキ料理の提供」との関係においては、自他役務識別機能を有しないか又は同機能が極めて弱い。
- 上記に鑑みて、「EMPIRE」が本願商標から分離抽出される要部である。
- 要部において本願商標と引用商標が同一であることから、全体において外観が相違しても出所混同のおそれがあるので、本願商標と引用商標は類似する。
【本願商標(商願2018-4441号)】
商標の構成:
指定役務: 「ステーキ料理の提供」等
【引用商標(登録第5848647号)】
商標の構成: EMPIRE (標準文字)
指定役務: 「焼肉料理・海鮮料理およびその他の飲食物の提供」等
(2)知財高裁令和3年7月29日判決(SANKO事件)
裁判所は、下記の本願商標(図形と文字の結合商標)と引用商標2を対比して次のとおり判断した。
- 本願図形部分と本願文字部分は、外観上明確に分離して看取されること、本願文字部分が7割以上の面積を占めていること、本願文字部分である「SANKO」が特定の観念を生じない強い印象を与えるものであることから、本願文字部分のみによって商標の類否を判断することが許される、すなわち本願商標から文字部分(「SANKO」)が分離抽出され得る。
- 本願商標と引用商標2は、文字部分の外観が近似し、かつそれらの称呼が同一であることから、類似する。
【本願商標(商願2018-133311号)】
商標の構成:
指定役務: 「建物の売買」等
【引用商標2(登録第3093088号)】
商標の構成:
指定役務: 「建物の売買」等
以上