情報解析と著作権
1.はじめに
膨大な量の情報を集積・解析する必要があるAIによるディープラーニングや情報検索サービス、情報解析サービス等の開発を行ううえで、利用する情報の中に著作物が含まれることは避けがたいものです。このような用途について著作物を用いる場合にも、その利用が複製権や翻案権、公衆送信権等の侵害を構成しないためには、利用の目的や場面ごとに規定された著作権法の権利制限規定の条文に該当していなければなりません。
従来、著作権法47条の4ないし9に、インターネット及びコンピュータを介した著作物の利用における特有の行為についての権利制限規定が存在していましたが、ディープラーニングや情報解析などの技術発展を促すうえで、適用範囲や許容される行為が必ずしも明確ではない、あるいは技術革新によって生じる新たなニーズに対して許される行為が狭いという課題が存在しました。そこで、平成30年の著作権法改正により、「権利者に及ぶ不利益に応じて明確性と柔軟性の適切なバランスを備えた規定を整備」することを目的として、著作権法30条の4に従来よりも一般的な形での権利制限規定が置かれ、47条の4、5に従来の47条4ないし7に定められていた権利制限規定が整理されています。
以下では、このようにして整理された権利制限規定について、それぞれがどのような場面を想定した規定で、どういった行為についてどの条文を見ればよいのか、簡単に解説いたします。
2.ディープラーニングについて
AIに大量の情報を入力して分析させ、学習させる行為においては、入力するデータをダウンロードし、AIがインストールされているハードディスクに入力するなどといった人間の作業が介在します。これらの行為は、形式的には著作物の複製や送信可能化にあたる可能性がありますが、人間がその著作物を見たり聞いたりして内容を鑑賞又は感得することを目的とした通常の使用行為とは異なります。そこで、著作権法30条の4には、以下のような権利制限規定が置かれました。
第三十条の四 著作物は、次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には、その必要と認められる限度において、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。 一 著作物利用に係る技術開発・実用化の試験 二 情報解析 三 ①②のほか、人の知覚による認識を伴わない利用 |
同条の柱書は、鑑賞し又は内容を感じ取るといった人間による著作物の本来的な利用ではなく、著作権者の利益を通常害することのないものとして、著作物利用に係る技術開発・実用化の試験、情報解析及び人の知覚による認識を伴わない利用を例示して権利制限の対象としました。
また、ここに例示されていない目的のための利用であっても、「当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合」には著作権侵害とならないこととし、想定されていない新しい利用ニーズが生じた場合にも対応できるような規定を設けています。「思想感情の享受を目的としない」に該当するか否かは解釈の問題になりますが、プログラムの著作物をコンピュータにインストールするして機能を利用する場合等著作物の本来的な利用については当然に思想感情の享受を目的とする利用であることを前提とし、他人が知覚により認識する場合にはその範囲や人数なども考慮して、検討することになると考えられます。
3.所在検索、情報解析サービスについて
著作権法47条5項は、「電子計算機を用いた情報処理により新たな知見又は情報を創出することによって著作物の利用の促進に資する」行為を行う場合についての権利制限規定です。
第四十七条の五 電子計算機を用いた情報処理により新たな知見又は情報を創出することによつて著作物の利用の促進に資する次の各号に掲げる行為を行う者(当該行為の一部を行う者を含み、当該行為を政令で定める基準に従つて行う者に限る。)は、公衆への提供等(公衆への提供又は提示をいい、送信可能化を含む。以下同じ。)が行われた著作物(以下この条及び次条第二項第二号において「公衆提供等著作物」という。)(公表された著作物又は送信可能化された著作物に限る。)について、当該各号に掲げる行為の目的上必要と認められる限度において、当該行為に付随して、いずれの方法によるかを問わず、利用(当該公衆提供等著作物のうちその利用に供される部分の占める割合、その利用に供される部分の量、その利用に供される際の表示の精度その他の要素に照らし軽微なものに限る。以下この条において「軽微利用」という。)を行うことができる。ただし、当該公衆提供等著作物に係る公衆への提供等が著作権を侵害するものであること(国外で行われた公衆への提供等にあつては、国内で行われたとしたならば著作権の侵害となるべきものであること)を知りながら当該軽微利用を行う場合その他当該公衆提供等著作物の種類及び用途並びに当該軽微利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。 一 電子計算機を用いて、検索により求める情報(以下この号において「検索情報」という。)が記録された著作物の題号又は著作者名、送信可能化された検索情報に係る送信元識別符号(自動公衆送信の送信元を識別するための文字、番号、記号その他の符号をいう。第百十三条第二項及び第四項において同じ。)その他の検索情報の特定又は所在に関する情報を検索し、及びその結果を提供すること。 二 電子計算機による情報解析を行い、及びその結果を提供すること。 三 前二号に掲げるもののほか、電子計算機による情報処理により、新たな知見又は情報を創出し、及びその結果を提供する行為であつて、国民生活の利便性の向上に寄与するものとして政令で定めるもの |
ここで許されているのは、既に公衆に提供又は提示されている著作物については、各号に掲げる行為を行う上で必要と認められる限度において、その行為に付随して、その方法(複製、公衆送信等)を問わず、「軽微利用」(著作物のうちその利用に供される部分の占める割合(相対的な分量)、その利用に供される部分の量(絶対的な分量)、その利用に供される際の表示の精度(画素数など)その他の要素に照らし軽微なもの)を行うことです。以下に各号の行為とはどのようなものか、具体的にどのような利用が許されうるかを例示します。
①所在検索(同1号)
所在検索サービスとは、書籍、論文又は音楽や映画など、著作物を事業者がデータベース化し、利用者が検索キーワードを入力すると、検索結果として、タイトルや作者とともに、その著作物の内容の一部を提供するサービスであるとされています。検索結果の表示に付随して著作物の内容の一部を提供することは、この規定がなければ著作権侵害に当たり得ますが、この規定があることによって「軽微利用」であれば、許されることになります。
②情報解析(同2号)
情報解析サービスとは、情報を収集して解析し、利用者の求めに応じて解析結果を提供するサービスとされ、例えば、文章を入力すると、それが論文の剽窃かどうかを既存の論文等のデータと照らし合わせ、剽窃の有無を判定し、剽窃された論文の著作物性を有する一部分を表示するようなサービスをいうとされています。この場合には、剽窃の有無を表示するのに附随して剽窃された部分を表示することが「軽微利用」にあたる限りにおいて、許されることになります。
③政令に定めるもの(同3号)
この項目は、今後新たな利用形態のニーズが生じた場合への対応を、法改正を伴わず政令の定めによって可能とするものです。
4.著作権者の利益を不当に害することとなる場合
著作権法30条の4、47条の5は、ともに、著作権の権利制限が認められる場合の例外として、「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」には、他の要件を充たしたとしても権利制限の対象とならないと定めています。
この要件は、権利制限規定によって著作物の利用が許されるように思われる場合であっても、著作権者の著作物の利用市場と衝突したり、将来にわたる著作物の潜在的な需要を減殺したりするおそれがある場合には、著作権者の利益を害してまで権利制限が認められるべきではないという配慮から定められたものです。
例えば、30条の4について、有料で頒布されている学習用データセットを何らかの方法で対価を支払わずに入手し、情報解析に用いる場合には、本来著作権者がデータセットの販売によって得られたはずの利益を損なうことになるため、「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」にあたると考えられます。
また、47条の5についていえば、小説の冒頭の1、2文程度を提供する場合と、いわゆるオチにあたる部分を1,2文程度提供する場合のどちらも一応は「軽微利用」にあたったとしても、これを読めばもう書籍は買わなくてよいと思わせるような核心部分を提供すれば、著作物の需要を減殺するおそれがあり、「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」にあたる可能性があると考えます。