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【設樂】5G、IoT時代における国際標準必須特許紛争の解決について

(2018年12月発行「季刊創英ヴォイスvol.84」に寄稿)

2018年9月、東京に国際的な知財紛争の解決のための仲裁センターが設立された。東京国際知的財産仲裁センター(International Intellectual Property Arbitration Center in Tokyo, その略称は、IACT)である。

IACT設立の経緯は、興味深い。ある日、宗像特許庁長官からお誘いがあり、長官室に行ってみると、米国の連邦巡回控訴裁判所の前長官Randall Rader判事、東京大学玉井克哉教授とのミーティングがセットされていた。その場で、5G、自動運転の自動車が登場する時代において多発することが予想される国際標準必須特許紛争をいかにして解決するかについて、Rader判事からいくつかの提案が披露された。その提案の中で特に興味を引いたのが、東京で5G標準必須特許紛争を解決する国際仲裁センターを設立する、というプランであった。すなわち、そのセンターの仲裁人名簿には、知財裁判に造詣の深い欧米や日本、中国及び韓国の元裁判官のみを掲載し、同センターで標準必須特許紛争を迅速にかつ合理的なコストで解決するとのプランであった。

標準必須特許に関係する知財紛争というと、典型的には、3Gや4Gなどの多数の標準必須特許を有する国際的な企業同士が、クロスライセンス契約ないしライセンス契約交渉をするも、そのライセンス料について合意ができない状態のまま、スマホやタブレットなどが世界各国で販売され、標準必須特許の保有者がその実施主体に対し、主要なマーケットが存在する国を選択して特許訴訟を提起するというものである。中には、訴え提起に至らず、無事にクロスライセンス契約締結に至ったものもあるが、中には、ライセンス契約締結には至らないまま、現在でも、交渉が継続し、紛争が潜在化しているケースも少なくはないともいわれている。

このような標準必須特許紛争については、世界の主要国において特許訴訟を提起し、個別の国ごとに判決をもらい、どこかのタイミングで、話し合いにより紛争全体を解決するというのが、一つの方法である。国ごとに民事訴訟法や裁判制度が異なる現状においては、このような世界各国の裁判所を利用した紛争解決方法は、企業にとっては、訴訟遂行に要する弁護士費用などの高額の費用負担のみならず、最終的な結果を勝ち取るまでに相当な時間がかかることも覚悟する必要がある。

これに対し、仲裁というと、国際的な紛争を比較的短期間に一挙に解決することができるとの長所がある反面、どのような仲裁人が判断するのかわからないまま仲裁を依頼することになり、また、控訴、上告の制度がないことから、仲裁で一挙に決定されることを嫌い、仲裁の合意をすることをためらう企業が多いともいわれている。ちなみに、IACTは、1年以内にすべての紛争を解決し、仲裁人名簿にも、上記のとおり、各国の元裁判官を掲載して、この欠点の解消に努めている。

現在、我々が使用しているスマホは、4G規格にのっとっているが、2020年には、5G規格の高速通信が利用されたスマホが販売されるといわれている。また、2020年には、自動車の自動運転が開始され、将来の自動運転における5G通信の活用も注目されているところである。

自動運転の通信の規格は、道路わきに多数の基地局が設置され、それと自動車が常時通信を行い、また、自動車同士も互いに通信を行うというものである。

自動運転の自動車が通信を5G規格に基づいて行うようになると、特許の世界ではどのようなことになるであろうか?標準必須特許紛争は、これまでは、3Gや4Gの標準必須特許を保有する世界の有力な通信事業者と、スマホ等の製品を世界各地で販売する事業者との紛争であった。しかし、自動運転の自動車に5G特許を使用することになると、通信技術に関する標準必須特許権者と自動車製造メーカーないしその部品業者とがライセンス契約を締結する必要が生じ、ライセンス契約を締結できない場合には、特許紛争に発展することが予想される。

また、IoTに関連する事業においては、3G,4G,5Gの標準必須特許を利用した通信技術が活用されることになり、これらについても、幅広い事業分野の事業者と標準必須特許権者との紛争が生じることが考えられる。

2016年4月に標準必須特許について、知財高裁の主催で米英独仏日の5か国で、模擬裁判を行った。その当時の米英独仏日の各国の裁判所は、標準必須特許に基づくスマホ等に対する差止請求及び損害賠償請求について、どのような基準でどのような判断を行うであろうか、ということをテーマとして、知財高裁が仮想事例を作成した模擬裁判である。仮想事例は、知財高裁がその前年に言い渡した、アップルとサムスンを当事者とする大合議判決の事例を参考にして作成された。そのため、この模擬裁判において、各国の裁判官が示した判断と理由付けは、今後の5G標準必須特許紛争の行く末を予想するうえで大いに参考となるとところであるので、簡単に紹介する。

米国の巡回高等裁判所長官のプロスト判事は、模擬裁判の事例について、e-Bay最高裁判決の要件に従って、差止請求を棄却し、損害賠償については、専門家証人の証言を得なければ、判断はできないものの、通信技術を搭載したチップの価格をベースに実施料相当額を判断すると陪審に説示するのが相当であるとの判断を示した。

イギリスの知的財産企業裁判所のヘーコン判事は、差止請求については、proportionalityの判断基準からすれば、この事案については請求が棄却される、損害賠償請求については、専門家証人の証言を得なければ、判断はできない、との判断を示した。

フランスの破棄院のジラルデ判事は、標準必須特許の特許権者が標準技術規格団体に対しFRAND宣言をしており、このことは、将来のライセンシーとなることを希望する者を受益者とする第三者のためにする契約が成立していることを意味するとして、標準必須特許権者とライセンスを希望する実施主体との間に既にライセンス契約が成立しているとして、差止請求を棄却し、裁判所が相当と認めるライセンス料の請求を認容した。

なお、このFRAND宣言から第三者のためにする契約を認める理論は、米国の連邦地方裁判所でも採用され、最近ではイギリスのハイコートでも採用されたところであり、注目されるが、ドイツの裁判所及び日本の知財高裁の大合議判決では否定されているところである。

ドイツの最高裁のグラビンスキー判事は、当時その言い渡しが予定されていたCJEUの判決を予想し、その予想される判決から、差止請求を棄却し、損害賠償請求については、専門家証人の証言を得なければ判断ができないとの判断を示した。

最後に、日本の知財高裁の設樂(筆者)、中村恭、大寄麻代からなる合議体は、アップルとサムスンの大合議判決に従い、差止請求については、権利濫用を理由に請求を棄却し、損害賠償請求については、FRAND条件の実施料相当額の請求を認めた。

以上によれば、上記5か国の裁判所は、仮想事例のようなケースにおいては、標準必須特許に基づく差止請求については、その理論構成は異なるものの、結論としてこれを否定し、損害賠償請求等については、FRAND条件の実施料相当額の損害を認めるという傾向にあるということができる。

現在の国際的な企業間の標準必須特許のライセンス契約締結交渉も、これらの裁判所の判断を踏まえてなされているが、差止請求が棄却される傾向にあることから、FRAND条件のライセンス契約がスムースに締結される状況にまでは至っていない、といわれている。FRAND宣言をした標準必須特許については、ロイヤルティ・スタッキングの問題、ホールドアップからさらには逆ホールドアップなど様々な問題が存在するが、将来的には、標準必須特許権者とその実施主体の両者をバランスよく保護し、FRAND条件のライセンス契約がスムースに締結されていくような法的環境を整えていくことが肝要である。

FRAND条件のライセンス契約が必ずしもスムースに締結される状況にまでは至っていない現状においては、これまでとは異なる事例も出てくると推測され、そのようなケースにおいて今後の主要各国の裁判所の判断がどのようになされるか注目されるところである。また、同時に、国際仲裁の制度もより充実させ、より信頼されるものとなるようにし、企業間で国際仲裁の合意がスムースになされるような体制作りも重要なところと解される。

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