トランプ関税を無効とした米国国際貿易裁判所(CIT)の決定について
1 要旨
米国国際貿易裁判所(CIT)は、2025年5月28日、国際緊急経済権限法(INTERNATIONAL EMERGENCY ECONOMIC POWERS ACT、「IEEPA」)に基づきトランプ大統領が発動した一連の関税措置(いわゆる「Trafficking Tariffs(麻薬・人身売買対策関税)」および「Worldwide and Retaliatory Tariffs(世界的および報復的関税)」)について、その法的根拠を否定し、当該関税措置を無効とし、これを差し止める決定(略式判決)をした。本決定は、関税賦課権限は憲法により議会に委ねられていること、及び、IEEPAにおいて付与された関税措置に関する大統領権限の限界について詳細に論じたうえで、トランプ大統領により発動された、二つの関税措置(「Trafficking Tariffs」および「Worldwide and Retaliatory Tariffs」)のいずれについても、無効と判断している。
「Trafficking Tariffs」とは、中国製の違法な薬物(フェンタニル)が、カナダ及びメキシコ経由で米国に輸出されていること、及び人身売買等の国際犯罪に対する対抗策として、トランプ大統領が中国、カナダ、及びメキシコに対し、高率の関税を課したものであり、「Worldwide and Retaliatory Tariffs」は、貿易上の不均衡などを理由に、日本も含めたすべての貿易相手国に対し、10%の関税を課し、特に57か国に対し、より高い関税を課したものである。
このCITの差止命令については、連邦巡回控訴裁判所(CAFC)に控訴され、高裁の審理期間中は執行停止されている。7月にはCAFCの審理が予定されている。なお、一部の当事者から最高裁への飛躍上訴が求められたが、同申立は、最高裁により、6月20日に却下された。
今回の決定は、日本企業のみならず世界各国の企業の米国への輸出について、直接的影響がある決定である。それにもかかわらず、トランプ大統領の関税措置の法的根拠とこれを違法としたCITの決定の内容については、その詳細があまり知られていない。そのため、今回は、これらを題材として取り上げる。特に、日本に関係する「Worldwide and Retaliatory Tariffs」は、その法的根拠が不十分であると考えられる。
2 事案の概要
この事案は、米国の複数の企業および複数の州政府(原告)が、2025年に大統領がIEEPAに基づき発動した上記関税措置の違法性を主張し、米国政府等を被告として提訴したものである。トランプ大統領は、2025年2月1日、カナダ・メキシコ・中国等からの輸入品に対し、違法薬物・人身売買等の国際犯罪を理由に、追加関税を課す大統領令を発出した。同大統領は、同年4月2日、世界各国からの輸入品に対しても、貿易不均衡等を理由に関税措置を発動した。ただし、同年4月9日、大統領は中国以外の国に対する高率関税の発効日を90日延期し、同年7月9日とした。原告らは、これらの関税措置がIEEPAの授権範囲を逸脱し、合衆国憲法上の立法権の委譲限界(ノンデレゲーション・ドクトリン)や主要問題原則(Major Questions Doctrine)にも反すると主張した。
3 法的背景
(1)合衆国憲法第1条第8節
合衆国憲法第1条第8節は、関税賦課権限を議会に専属させている。
議会は、関税率の設定や調整に関し、一定の条件下で大統領に裁量を委任してきたが、その際には必ず立法的な「知的原則(intelligible principle)」を設けてきた。すなわち、「議会は…厳格かつ排他的に立法的な権限を他の部局に移譲することはできないが…法律の実施や執行のために相当な裁量を付与することはできる。」(Gundy v. United States, 588 U.S. 128, 135 (2019))。したがって、裁判所は、議会が「立法行為によって、権限を行使する者が従うべき知的原則(intelligible principle)」を定めている限り、法定の権限委任を一貫して認めてきた(Mistretta v. United States, 488 U.S. 361, 372 (1989))。
(2)国家緊急時における大統領の輸入規制権限について
1917年、議会は第一次世界大戦参戦を受けて、敵国との国際取引を規制する権限を大統領に付与するため、「敵国取引法(Trading with the Enemy Act,「TWEA」)」を制定した。
その後、世界恐慌を受けて、議会はTWEAに基づく大統領権限を戦時以外の緊急時にも拡大し、国際取引に対する権限を強化した(改正TWEA)。
改正TWEAは、大統領に「いかなる外国またはその国民が何らかの利害関係を有する財産の輸入または輸出を規制する」広範な権限を与えた。
改正TWEAについては、ニクソン大統領の関税措置が訴訟で争われた。米国関税・特許控訴裁判所(現・連邦巡回控訴裁判所)は、1975年、下級審の判断を覆し、ニクソン大統領の関税は「憲法上委任された権限の範囲内である」とした(「Yoshida II判決」)。
議会は、1977年、TWEAに基づく大統領権限を戦時に限定し、新たにIEEPAを制定し、「TWEAよりも権限の範囲が限定され、国家緊急事態法(NEA)等の手続的制約が課される新たな権限セットを大統領に付与」した
IEEPA(1977年制定)は、国家緊急事態宣言下で、大統領に対し、外国との経済取引を規制する権限を与えるが、その行使は「異常かつ特異な脅威(unusual and extraordinary threat)」への対処に限定されている(50 U.S.C. §1701)。また、1974年貿易法122条等、通常時の貿易不均衡への対応は、より限定的な別個の立法で規定されている。
(3)トランプ大統領の複数の国家緊急事態宣言と関税措置
2025年1月20日の就任以来、トランプ大統領は複数の国家緊急事態を宣言し、それに応じて様々な関税を課してきた。そのうちの一つが、「Trafficking Tariffs」である。大統領は、中国政府がフェンタニルの製造の取り締まりに十分な措置を講じていないこと、及び、カナダ、メキシコ政府が、フェンタニルの米国内への密輸の阻止に十分な措置を講じていないこと、その他人身売買等を理由として、国家緊急事態宣言を発出し、カナダおよびメキシコ産品に25%の従価関税を、中国産品に20%の従価関税を課した(中国への関税は、その後、125%に引き上げられ、その後10%に引き下げられた。)。
もう一つが、「Worldwide and Retaliatory Tariffs」であり、特に57か国については11%から最大50%までの高率関税を課すとした。トランプ大統領は、これらの関税を「二国間貿易関係の非対称性、関税率や非関税障壁の格差、貿易相手国の経済政策による米国の賃金・消費の抑制、恒常的な米国の貿易赤字」等に起因する国家安全保障・経済への「異常かつ特異な脅威」への対応と位置付けた。
4 CITの決定の論点と判断
(1)IEEPAの解釈と大統領の関税賦課権限の限界
CITは、IEEPAの「regulate…importation(輸入の規制)」という文言が、無制限の関税賦課権限を大統領に与えるものではないと判断した。IEEPA制定時の立法経緯からも、議会はTWEAの「独裁的権限」を制限し、IEEPAの権限行使を「より限定的なもの」とする意図が明確であった。
(2)合衆国憲法上の立法権の委譲限界(ノンデレゲーション・ドクトリン)および主要問題原則(Major Questions Doctrine)の適用
CITは、大統領が「いかなる理由でも、いかなる国に対しても、いかなる関税率でも」課すことを認めれば、憲法上の立法権の本質的な委譲禁止原則(ノンデレゲーション・ドクトリン)や、経済的・政治的に重大な事項については議会が明確に授権しなければならないという主要問題原則(Major Questions Doctrine)に反するとした。
また、通商法122条は、国際収支赤字への対応措置として、「根本的な国際収支問題」に際し、大統領が「一時的な輸入追加関税」や「一時的な輸入割当」を布告できると定めているが、関税率の上限(15%)や期間の上限(150日)など、大統領の権限行使に明確な制限を設けている。本件の「Worldwide and Retaliatory Tariffs」は、通商法122条の制限に従わなければならないから、違法であるとした。
(3) IEEPA §1701の「異常かつ特異な脅威(an unusual and extraordinary threat)」要件
IEEPAの権限行使は、「異常かつ特異な脅威」への対処に限定される。CITは、今回の「Trafficking Tariffs」が、実際には対象国政府に圧力をかける「レバレッジ(交渉材料)」として用いられており、IEEPAが要求する「脅威への直接的な対処」には該当しないと判断した。単なる「圧力」や「交渉材料」としての関税賦課は、IEEPAの趣旨を逸脱するものであると判断した。
(4)政治的問題(Political Question Doctrine)との関係
被告(政府)は、「異常かつ特異な脅威」の有無やその対処方法は大統領の裁量であり、司法審査の対象外(政治的問題)であると主張した。しかし裁判所は、IEEPAの文言自体が大統領の権限行使に法的条件を課しており、その適用範囲の解釈は司法の役割であると明確に述べた。
(5)救済の範囲
裁判所は、関税は合衆国憲法上「全国一律」でなければならず、原告に限らず全ての者に対して違法な関税措置は無効とされるべきであるとした。
(6)結論
裁判所は、IEEPAに基づく今回の関税措置(Trafficking Tariffs およびWorldwide and Retaliatory Tariffs)は、いずれもIEEPAの授権範囲を逸脱し、違法・無効であると判断した。原告の請求を認容し、当該関税措置の執行を恒久的に差し止める判決を下した。
5.コメント
筆者は、米国法の専門家ではない。そのため、Worldwide and Retaliatory Tariffsについてのみコメントする。同関税措置は、貿易不均衡等を理由とするため、本来は通商法122条の制限に従わなければならないものである。しかし、同関税措置は、IEEPAに基づくものであり、かつ、IEEPAの「異常かつ特異な脅威」要件を明らかに満たさないため、違法であると解される。したがって、CITの結論に賛成である。なお、同要件の判断について大統領の裁量的判断を認めるとしても、今回のWorldwide and Retaliatory Tariffsのように、明らかに同要件を満たしていない場合は、裁量権を濫用している場合に該当し、司法審査の対象になると思われる。なお、「Trafficking Tariffs」については、IEEPAの「異常かつ特異な脅威」要件について、高裁、最高裁の判断が待たれる。