【設樂】最近の特許法改正の動き~二段階訴訟について~
1 はじめに
産業構造審議会の特許制度小委員会では、ほぼ毎月の割合で、特許法改正をめぐって、活発な議論が続けられている。小委員会の議論の成果としては、2019年3月の法改正で、査証制度と損害額の推定規定の改正が行われたところであるが、2019年秋からそれに引き続いて、同年3月の国会の付帯決議で継続審議が相当とされた二段階訴訟制度と懲罰賠償についての議論のほか、秘密保護制度としてアトーニーズ・アイズ・オンリーの制度、あるいはアミカス・キューリエ制度、それに権利濫用論の規定の創設、訂正についての通常実施権者の同意を不要とする改正などが議論されている状況である。
筆者は、2018年10月から上記小委員会の委員として、小委員会における改正の議論に参加している。小委員会の議題と議事の概要は、すべて公開されており、その都度、配布資料と議事録が一般に公開されているため、その詳細は、ホームページ1)で参照することができる。
本稿では、現在の特許法改正の議論の内容の一端と今後の行方について、長年特許訴訟に携わってきた一実務家として、できるだけ客観的な立場から、そして少し主観的な希望も加えて述べてみたい。本号では、紙面の都合上、二段階訴訟制度について述べ、次号においては、権利の濫用論について述べていきたい。
2 二段階訴訟制度について
(1)日本の二段階審理の実務と二段階訴訟の立法案のアイデアについて
特許権侵害訴訟において、差止請求と損害賠償請求とが求められている場合は、まず、特許権が侵害されているかどうかの「侵害論の審理」、すなわち、対象製品が特許の技術的範囲に属するかどうかの文言侵害ないしは均等侵害の有無、また、対象特許に無効理由がないかどうかの無効の抗弁、あるいは先使用その他の抗弁の成否が審理され、特許権の侵害が認定された場合は、裁判所がその旨を口頭で当事者に告知した上で、「損害論の審理」に入ることが多い。これが「二段階審理」と呼ばれている実務である。
裁判所が二段階審理をする理由は、特許権侵害訴訟の損害の額の認定が、一つの大きな争点であり、その審理及び認定には、8月ないし1年以上の期間がかかるためであり、裁判所が特許権侵害を認定できると判断し、その旨を告知したときにのみ、損害論の審理がなされ、損害論の審理に入る前か、その審理の後に和解勧告もされることが多い。なお、特許権侵害が認定されない場合は、損害論の審理の必要がないため、2段階審理のうち、後者の損害額の審理は行われずに、弁論が終結され、判決が言い渡されることになる。
しかし、特許権侵害が認定され、損害論の審理に入ると、8月から1年以上の審理期間が加わるため、特に特許権の残存期間が短い特許権者としては、差止めの判決を早期にもらうため論の審理を避けたいこと、しかし、損害賠償については消滅時効の進行を防ぐために損害賠償請求も必要であること、この二つの要請があるために、訴えを提起する場合には、①の差止請求のみか、②の差止請求と損害賠償請求のいずれを選択するかについて悩むことになる。今回の二段階訴訟の立法案は、これらの悩みを解消するために、もう一つの訴訟類型のメニューを増やす方が、特許権者の便宜に資するとの提案である。この立法のアイデアは、二段階訴訟と呼ばれており、二段階審理とは紛らわしいネーミングとなっているが、おおむね次のようなものである。
(2)二段階訴訟改正のアイデアとは
現在検討されている二段階訴訟とは、第1に、差止請求と損害賠償義務確認の訴え(侵害行為により生じたすべての損害賠償義務が存在するとの確認の訴え)を提起し、その判決が確定した後に、第2の訴訟として、損害額の支払いを求める訴訟を提起するものである。一般に、確認の訴えについては、債務不存在確認の訴えは認められているが、2段階訴訟におけるような債務存在確認の訴えについては、給付訴訟を起こせば足りることから、確認の訴えの利益は認められていない。
しかし、知財訴訟については、イギリスやドイツでは、このような損害賠償義務確認の訴えが認められている。仮に、日本でも、このような確認の訴えを認めることにすると、特許権者は、第1に、差止請求訴訟と損害賠償義務確認訴訟を提起し、その判決確定後に、損害額の審理が必要となる損害賠償支払いを求める第2の訴訟を提起することになる。
このような二段階訴訟導入のメリットとしては、特許権者は、第1訴訟で損害額の審理の期間が不要となるため、早期に差止の判決を取得することができ、かつ、損害賠償請求権についての消滅時効の進行を中断(改正民法の時効の完成を猶予)させることができるということである。
(3)まとめ
二段階訴訟制度は、このように、特許権者が侵害訴訟を提起する場合に、これまで考えられていた類型の訴訟のほかに、もう一つ、特許権侵害訴訟に特有な類型を創設するというものであり、侵害訴訟を提起する特許権者にとっては有益な改正となるであろう。どの類型の訴訟を選択するかは、特許権者が選択するところであるが、二段階訴訟導入のデメリットは、考えにくい。すなわち、ドイツやイギリスのように多数の特許権者がこの二段階訴訟の類型を利用するようになれば、制度改正としては成功であるし、仮にドイツほど強力な制度ではないため2)、予想に反し、あまり利用されない場合でも、一部の利用者にとって、メリットのある訴訟類型であることは確かであるからである。
二段階訴訟制度については、特許の侵害と無効の抗弁などの侵害の成否に関する主張、抗弁が審理されることは明らかであるものの、損害賠償義務確認の訴えにおいて、一部弁済や消滅時効などの損害賠償債務消滅の抗弁を審理対象とするか、あるいは商標の平成9年3月11日最三小判(小僧寿し事件)の損害不発生の抗弁を審理の対象とするかなどについては、議論が残っている。これらについての詳細は、近々出版予定の知財高裁15周年記念(題号未定)に掲載予定の別稿に譲ることとしたい。
3 権利の濫用論について
小委員会では、もう一つ、特許法に差止請求権の濫用規定を創設すべきかどうかの議論も活発に行われている。これは主として、産業界から選ばれている委員の方々が支持をしている意見である。
権利の濫用論といえば、標準必須特許権者による差止請求及び損害賠償請求について判断した知財高裁大合議の平成26年5月16日判決(アップル・サムスン事件)が想起されるであろう。FRAND宣言をした標準必須特許権者による差止請求、損害賠償請求について、権利濫用論が適用された判決である。
もっとも、標準必須特許権者による差止請求、損害賠償請求に対する各国裁判例は、さまざまに異なっている。
次回は、標準必須特許権者による差止請求、損害賠償請求のみならず、特許権者による差止請求における権利濫用論について、国際比較の視点から述べてみたい。
【註】
1)https://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/sangyo-kouzou/shousai/tokkyo_shoi/index.html
2)侵害行為に係る情報の提供と会計文書の原告への提出命令については、消極意見が多い。