知的財産事件と仮処分(2)
(前編はこちら 知的財産事件と仮処分(1))
3.知的財産事件における民事保全(承前)
特許権等の知的財産権に基づく差止仮処分の要件は、一般の仮の地位を定める仮処分と同様、以下の通りである。
①被保全権利の存在
②争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避ける必要性(「保全の必要性」という。民事保全法第23条2項。) |
①被保全権利の存在については、権利者が特許権を有すること、競業者がその特許発明を実施し又はそのおそれがあることにより認められる。差止の本案訴訟及び損害賠償請求訴訟の侵害論の内容と同様である。
②については、仮処分命令が発令されないことによる権利者の不利益と発令されることによる競業者の不利益とを比較考量して、競業者がその命令を受けてもやむを得ないと認められるかどうかにより判断される。権利者側の不利益としては、損害の立証/金銭賠償の困難性、債権者にとって主力商品であるか、自己実施をしていない場合には差止義務を負う実施権の設定があるか等が考慮され、競業者の不利益としては、代替製品・手段への転換の困難さ、債務者にとって主力製品であるか等が考慮される。また、権利者が侵害を知ってから申立てまでの期間が長い場合には、損害が差し迫ってはいないという判断に傾くことがある。
4.差止仮処分申立てのメリット・デメリット
権利者が差止仮処分を申立てることのメリットが特に大きいと考えられるのは、権利の有効性や、競業者による侵害の成立が明白であるような場合である。この場合には、侵害の立証の程度が疎明で足り、競業者の目にも明らかな侵害に対しては保全の必要性も認められやすいことから、本案訴訟の結論を先取りし、迅速な救済が得られる可能性が高くなる。特許権侵害訴訟においては侵害論と損害論を分けた二段階審理が行われているため、差止仮処分を本案の損害賠償請求訴訟と並行提起[1]すれば、侵害論の結論が侵害ありとされた際に、損害論の結論を待たずに差止仮処分の申立てが認められる可能性があり、複雑な事案においてもメリットはあり得る。
また、執行に関しては、本案訴訟の第一審判決には仮執行宣言(判決の確定前に仮に執行することのできる効力を与える)が付されることが多いものの、被告は控訴するとともに控訴審に対して仮執行宣言の執行停止を求め、これは認められるのが通常である。したがって、実際には仮執行宣言によって第一審判決の確定前に差止めを行うことは難しい。一方で、差止仮処分命令が発された場合には、被告の異議申立のみによって執行力が停止することはないため、命令が出されればひとまず早期に差止めが実現できる。
デメリットとしては、仮処分を受けた後で本案訴訟を行い、敗訴した場合には、競業者に対する損害賠償責任を負うことになることがまず挙げられる。差止仮処分命令を受けることによる競業者の営業上の不利益は極めて大きく、損害額も高額になることが予期されるため、仮処分命令が発されるために権利者が納める必要のある担保金も高額になり得る。したがって、侵害成立の見通しが微妙である事案においては、そもそも仮処分を申し立てるのか、申立てるとしても本案訴訟の侵害論の審理がある程度進んだ段階にすべきかなど、慎重な検討が必要であろう。
[1] 差止仮処分と損害賠償の本案訴訟を並行提起した場合には、この二つは同一の裁判体によって審理される。