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[高林]特許法79条の2(冒認中用権)と民法の外観法理により保護されるべき第三者

1.2011(平成23)年特許法改正による79条の2(冒認中用権)の新設

特許を受ける権利を有しない者により出願がされ、その後その者を名義人として権利が登録されたが、真の発明者やその者から正当に特許を受ける権利を承継した者が、先行した特許を受ける権利を有しない者による出願人の地位を回復したり、権利が設定登録された後に登録名義を回復したりすることができるかという問題は、冒認出願がされた場合の冒認者と真の権利者の立場の調整の問題として2011(平成23)年の特許法改正によって、登録後の場面においては立法的解決が図られた。紙幅の関係から改正の経緯や改正内容をここで説明することは控え、高林龍「標準特許法〈第8版〉(有斐閣、2023)80頁以下を参照して貰いたいが、ごくごく簡単に述べると、特許を受ける権利を有しない者による出願は拒絶理由(特許49条7号)に該当し、権利が設定登録されても無効事由(123条1項6号)となり、真の権利者は権利登録後であっても特許無効審判によって権利を遡って無効とすることもできる(123条2項)が、権利を無効とすることなく、登録名義の移転を請求することができ(74条1項)、真の権利者が登録名義の移転を得ることによって、その特許権は初めから移転登録を得た者に帰属していたものとみなされる(同条2項)。冒認者が名義人であった間に権利者として行った行為も一切が無に帰し、ただ名義人が冒認者であることを知らずに、権利を取得しあるいは実施許諾を得て発明の実施をしている者に限り、法定の有償実施権(特許79条の2=冒認中用権)を取得して、実施を継続することができる。

「冒認」という言葉は特許法にはないが、その国語的な意味は「掠め取る」こと、即ち泥棒といった響のある言葉である。しかし、拒絶理由や無効事由あるいは特許法74条等においては、単に特許を受ける権利を有しない者による出願のことが規定されており、その者に悪性があることとか、その反面として真の権利者が被害者であるといった意味合いは本来含まれていない。そこで、立法当初から、特許法74条により移転登録を請求することができる者の範囲や、ひいては拒絶理由や無効事由とされている「特許を受ける権利を有しない者」の範囲については、残された問題があると認識されていた。

たとえば前掲高林標準特許法83頁は、特許を受ける権利の譲渡契約が詐欺(民法96条)や錯誤(95条)を理由として後に取消された場合は、取消しによって遡って特許を受ける権利が相手方に譲渡されなかったことになるから、冒認出願による特許法の規律に従うことになるとする一方で、特許を受ける権利の譲渡契約が後日債務不履行によって解除された場合には、契約各当事者は相手方を原状に回復する義務を負うが、その場合には第三者の権利を害することができない(民法545条)とされていることから、冒認出願による特許法の規律ではなく、民法に従い、登録名義人から権利を承継して登録名義を得ている第三者の権利を無にすることはできないと解していた。しかし学説においては意見が分かれ[1]、判例もない状況が続いていた。そのような状況下で下記判決が公開されてその判示が注目されている。

 

2.東京地判令6417 令和4年(ワ)19222号〈ヘアーアイロン事件〉

本件事案は会社の内部紛争が絡んでおり複雑であり、事実認定については控訴審で変更される場合もあるが、本問題を検討するうえでは、一審裁判所が認定した事実の要旨を前提として、法的問題点について解説を加える。

 

ⅰ まず、一審判決が認定した下記事実認定要旨1によるならば、本件事案は、発明者から正当に特許を受ける権利を承継した原告会社が特許出願をした後に、原告会社代表者を僭称する者Aがこの出願中の特許を受ける権利をBに譲渡し、Bが出願名義人となって、審査請求をして特許査定を受け、設定登録を得た後に、これを被告会社がその完全子会社を経由して譲受けて登録名義人となったという、典型的な後発冒認出願[2]といえる事案であって、「冒認」という国語的な意味にも合致する特許を受ける権利を掠め取ったといえる事案であって、特許を受ける権利の譲渡の意思表示が詐欺や錯誤によるもであったとして後日取消すことができるかどうかが取り上げられた事案ではないことが特徴的である。

 

〈一審裁判所の事実認定要旨1

・原告会社は、ヘアーアイロンに関する発明(本件発明)の特許を受ける権利を、発明者であり当時の代表取締役であったDほかから譲り受け、平成27年4月6日に特許出願した。

・AはDからの依頼を受けて少なくとも平成27年6月11日頃までは原告会社の代表者の地位を有していたが、その後原告会社の株主総会においてDを取締役から解任し、Aが代表取締役となる旨の決議を偽装する等して平成27年7月22日に原告会社の代表取締役に就任したとの登記をした後、Bを原告会社の取締役に選任する旨の株主総会決議も偽装してその旨の登記を経た。

・平成27目8月18日にAは原告会社の代表者として本件発明の特許を受ける権利をBに譲渡して、Bは当日付けで出願名義人となり、平成30年4月6日に審査請求をし、特許庁は平成31年2月14日に特許査定をし、令和元年5月17日にはB名義で特許権(本件特許権)の設定登録がされた。

・Bは令和4年2月1日に本件特許権を被告会社の完全子会社に譲渡する旨の契約を、その後同社は同年4月8日に本件特許権を被告会社に譲渡する旨の契約を締結し、現在本件特許権の登録名義人は被告会社となっている。

 

ⅱ つぎに一審判決は、民法94条の通謀虚偽表示の類推適用が可能か否かの判断に際して以下の事実認定要旨2の事実を認定した。

 

〈一審裁判所の事実認定要旨2〉

・原告会社の代表者であることを僭称するAが特許を受ける権利をBに譲渡し、Bが出願名義人として行動し特許権を取得するとの外形を作出するに至ったことには、(裁判所が詳細な認定をしたような)原告会社の内部事情やその行為に一因がある。

・原告会社の真の代表者であるDは平成28年11月29日の段階で上記の外観が構成されていることを認識していたが、その後令和3年に至るまで約4年間、株主総会決議不存在等の訴えを行うこともなく、令和3年8月5日に株主総会決議不存在判決が確定した後においても、Bが令和4年2月1日に被告会社の完全子会社に本件特許権を譲渡する旨の契約を締結するまでの半年間、Bに対して何らの措置も取らなかった。

・このような事情からすれば、原告会社には、虚偽の外観作出について、自ら積極的に関与した場合やこれを知りながらあえて放置した場合と同視し得るほど重い帰責性がある。

・一方で、被告会社としては、本件特許権を譲受けた時点においては、すでに原告会社からBへの特許を受ける権利の譲渡契約から6年5か月以上が経過しており、それまで契約の有効性が明示的に争われていたわけでもないから、Bが特許を受ける権利の譲渡を受けておらず、本件特許権を有していなかったことを知らなかったことは善意無過失であったと認めるのが相当である。

 

〈特許法741項及び79条の21項と民法94条の類推適用に関する判断〉

特許法74条1項及び79条の2第1項と、民法94条2項の類推適用の場面での両者の要件及び効果は異なっているが、特許法79条の2第1項は、善意の第三者が通常実施権を有すると規定するのみで、民法の第三者保護規定を上書きするような性格であることは伺われず、特許法全体をみても、同法79条の2第1項が民法の第三者保護規定に優先する関係に立つことを示す規定は見当たらない。

・したがって、特許法74条1項に基づく移転登録手続請求がされた場合においても、冒認者からの譲受人等との関係で民法94条2項を類推適用することは可能である(から、外観を作出した者としてその外観を善意無過失で信じて権利を承継した被告会社に対して、登録名義の移転を請求することはできない。)。

 

3.東京地判令6417の位置づけ

2011(平成23)年特許法改正の際には、74条1項の移転登録請求に期間制限を設けた場合であっても、期間経過後に冒認を理由に特許が無効にされれば、特許権は初めから存在していなかったこととなるから、 期間制限を設けたとしても、特許権を保持することに対する譲受人の期待が保護される訳ではないとして、期間制限を設けないことになった[3]。確かに、無効審判は特許権が保護期間満了後でも請求できるとされている(特許123条3項)が、特許を受ける権利を有しない者による出願であることを理由とする無効審判は特許を受ける権利を有する者のみが請求できるし、その者が74条1項による移転登録を得た後においては誰も無効審判を請求することはできないとされている。無効審判は期間制限なくかつ利害関係があれば誰でもが請求できるとされているのは、特許権が絶対的排他的権利であり、その存在は公的な側面をも有することからであると説明されるが、冒認出願による権利の無効は、真の権利者とその者から特許を受ける権利を承継したと称する者の間の私人間の争いとの側面があることから、特殊な位置づけとなっていると説明できる。

東京地判令6・4・17は、典型的な冒認出願の場合であっても、冒認者が権利者としての外形を作出してその後も外形が維持されていることを、真の権利者としても知りながらあえて放置して、その結果、外形的な権利の上に新な利害関係が形成されていくことを長年月にわたり看過・放置してきたにもかかわらず、当該権利の存在を善意無過失で信じてその上に権利関係を構築してきた者に対して、後に至って権利の不存在を主張することは民法94条2項の類推適用(外観法理)により許されないと判断したものということができる。

この場合に、真の権利者であっても、外観法理の適用によって、現在の登録名義人に移転登録を求めることができず、現在の登録名義が維持されることになるとの結果に拠るならば、本判決の触れるところではないが、その後にその者からの権利譲受人や実施権の許諾を得た者等に対しても同様に真の権利者としての主張は封じられることになろう[4]から、結局、真の権利者であっても以後特許権の無効を主張することはできなくなるように思われる[5]

ともあれ新しい問題を提起し、ひとつの解決策を提示した判決として注目に値し、その判示の射程については今後の議論の展開が期待される。

 

以上

[1] 島並良ほか「特許法入門〈第2版〉」(有斐閣、2021)67頁、中山信弘「特許法〈第5版〉」(弘文堂、2023)375頁、田村善之・清水紀子「特許法講義」(弘文堂、2024)394頁のほか、竹田稔「冒認出願等に対する真の権利者の救済措置」L&T54号49頁、座談会「改正特許法の課題」L&T53号16頁(三村量一発言)、時田稔「特許法第79条の2の通常実施権が発生する前の善意の第三者の保護に関する一考察」パテント75巻8号55頁以下など参照

[2] 出願自体は特許を受ける権利を有する者によって行われたが、出願手続中に譲渡証を偽造するなどして特許庁に届け出た者が出願名義人となって後の手続きを遂行して、特許査定を得て、権利の登録名義を取得する類型。2011(平成23)年特許法前の特許権の移転手続請求を認めた最判平13・6・12民集55・4・793〈生ゴミ処理装置事件〉はこの類型に属しており、真の権利者を保護する要請が、出願自体を冒認者行う類型(真正冒認出願と呼ばれることもある)より強いといわれている。

[3] 特許庁「冒認出願に関する救済措置の整備について」 https://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/sangyo-kouzou/shousai/tokkyo_shoi/document/seisakubukai-27-shiryou/3.pdf

[4] 我妻栄「新訂民法総則〈民法講義Ⅰ〉(岩波書店、1965)292頁、横山長「最高裁判所判例解説民事篇昭和45年度(下)」(法曹会、1971)578頁等参照

[5] もちろん外観法理適用の前提としては、真の発明者の帰責性と登録名義人の要保護性の両方が要件となるから、真の発明者側が長年「放置していた」とか「看過していた」などの事情が認められない場合には特許法74条1項により登録名義の移転が認められることになる。

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