国内優先権について(2)
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次に、「先の出願」の当初明細書等には記載されていなかった実施例を「後の出願」に追加した場合に、「後の出願」の特許請求の範囲に記載された発明のうち追加した実施例に対応する部分について国内優先権主張の効果が認められるか否かが争点となった判決を紹介します。
3 知財高判令和6年3月26日・令和5年(行ケ)10057号〔噴射製品および噴射方法〕
(1)本件訂正発明
【請求項1】
害虫忌避成分を含む害虫忌避組成物が充填され、前記害虫忌避組成物を噴射する噴口が形成された噴射製品(ただし、噴射剤を含む場合を除く)であり、
前記害虫忌避組成物は、20℃での蒸気圧が2.5kPa以下であり、かつ、噴射後の揮発を抑制するための揮発抑制成分(ただし揮発抑制成分がグリセリンである場合を除く)を、害虫忌避組成物中、10質量%以上含み、
前記害虫忌避成分は、3-(N-n-ブチル-N-アセチル)アミノプロピオン酸エチルエステル、1-メチルプロピル 2-(2-ヒドロキシエチル)―1-ピぺリジンカルボキシレートからなる群から選択される少なくとも1の成分であり、
前記噴口から15cm離れた位置における噴射された前記害虫忌避組成物の50%平均粒子径r15 と、前記噴口から30cm離れた位置における噴射された前記害虫忌避組成物の50%平均粒子径r30 との粒子径比(r30/r15)が、0.6以上となるよう調整され、
前記噴口から30cm離れた位置における噴射された前記害虫忌避組成物の50%平均粒子径r30が、50μm以上となるよう調整された、噴射製品。
上記害虫忌避成分のうち、3-(N-n-ブチル-N-アセチル)アミノプロピオン酸エチルエステルは「EBAAP」と、1-メチルプロピル 2-(2-ヒドロキシエチル)―1-ピぺリジンカルボキシレートは「イカリジン」と呼ばれる成分です。
(2)背景
本件特許は、優先権主張1(優先日平成28年3月31日)及び優先権主張2(優先日平成28年11月25日)の2件の国内優先権主張をして、平成29年3月31日に国際出願されたものです。そして、優先権主張1出願の特許請求の範囲には、害虫忌避成分としてEBAAPとイカリジンが明記されていましたが、明細書にはEBAAPに関する実施例が記載され、イカリジンに関する実施例の記載はありませんでした。イカリジンに関する実施例は優先権主張2出願の明細書に初めて記載されました。優先日1と優先日2との間に、公然実施発明(イカリジンを含む噴射製品)が存在したため、優先権主張1の効果が認められるか否かが問題となりました。
(3)判示事項
・判断基準
国内優先権主張の効果が認められるかどうかについては、後の出願の特許請求の範囲の文言が、先の出願の当初明細書等に記載されたものといえる場合であっても、後の出願の明細書の発明の詳細な説明に、先の出願の当初明細書等に記載されていなかった技術的事項を記載することにより、後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項が、先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項の範囲を超えることになる場合は、その超えた部分については優先権主張の効果は認められないと解するのが相当である。
・あてはめ
ア ・・・優先権出願1の明細書等には、ディートに代わる害虫忌避成分として、3-(N-n-ブチル-N-アセチル)アミノプロピオン酸エチルエステル(EBAAP)、p-メンタン-3,8-ジオール、1-メチルプロピル 2-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペリジンカルボキシレート(イカリジン)に共通して、「使用者の鼻や喉等の粘膜を刺激しやすい害虫忌避成分が配合されているにもかかわらず、粘膜への刺激が低減された噴射製品および噴射方法を提供する」という課題を有し、・・・所定量の揮発抑制成分を添加するなどして、50%平均粒子径r30 と粒子径比(r30/r15)がそれぞれ所定の値以上(粒子径比(r30/r15)が0.6以上、 50%平均粒子径r30 が50μm以上)となるよう調整することにより、上記課題を解決することが記載されている。
また、・・・本件訂正発明1に関する背景技術、課題、解決手段に加えて、発明の効果に関するメカニズムや各構成要件の技術的意義については、本件明細書の・・・等に記載されているが、ほぼ同一の記載が、・・・優先権出願1の明細書の・・・において記載されていたものといえる。
イ また、本件訂正発明1の発明特定事項は、いずれも優先権出願1の特許請求の範囲の請求項1又は2に記載されており、害虫忌避成分としてEBAAPと同様にイカリジンも明記されていたものといえる。
ウ 優先権出願1の明細書等において、実施例として記載されているのは、害虫忌避成分としてEBAAPを含む噴射製品のみであり、害虫忌避成分としてイカリジンを含む噴射製品に係る実施例は、優先権出願2の明細書等(実施例5及び7)により追加されたものであるが、当該実施例は、本件訂正発明1の実施に係る具体例であるとともに、優先権出願1の特許請求の範囲の請求項1又は2に発明特定事項が記載されていた発明の実施に係る具体例を確認的に記載したものと理解できるから、優先権出願1の明細書等に記載された技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものとはいえない。
エ したがって、本件訂正発明1の要旨となる技術的事項は、イカリジンを含む部分も含めて優先権出願1の明細書等において記載された技術的事項の範囲を超えるものではないから、本件訂正発明1は、害虫忌避成分をイカリジンとする部分についても、優先権出願1に基づく国内優先権主張の効果が認められる。
4 検討
「後の出願」の明細書に実施例を追加した場合に、当該追加した実施例に相当する部分について国内優先権主張の効果が認められるか否かが問題になった裁判例としては、東京高判平成15年10月8日・平成14年(行ケ)第539号〔人工乳首事件〕があります。
この判決は、国内優先権主張の効果が認められるか否かについて「後の出願に係る発明が先の出願の当初明細書等に記載された事項の範囲のものといえるか否かは,単に後の出願の特許請求の範囲の文言と先の出願の当初明細書等に記載された文言とを対比するのではなく,後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項と先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項との対比によって決定すべきであるから,後の出願の特許請求の範囲の文言が,先の出願の当初明細書等に記載されたものといえる場合であっても,後の出願の明細書の発明の詳細な説明に,先の出願の当初明細書等に記載されていなかった技術的事項を記載することにより,後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項が,先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項の範囲を超えることになる場合には,その超えた部分については優先権主張の効果は認められないというべきである。」との判断基準を示しました。噴射製品および噴射方法事件判決も、人工乳首事件判決が示した判断基準と同じ判断基準を採用したものといえます。
しかし、人工乳首事件では、以下のとおり、追加された実施例に相当する部分については、優先権主張の効果は認められませんでした。
「後の出願の当初明細書等に本願発明1の実施例として記載された,伸長部である肉薄部を螺旋形状に形成した図11実施例に係る人工乳首は,先の出願の当初明細書等に明記されていなかったばかりでなく,先の出願の当初明細書等に現実に記載されていた,伸長部である肉薄部を環状に形成した【図1】の実施例に係る人工乳首の奏する効果とは異なる螺旋形状特有の効果を奏するものである。したがって,当該伸長部である肉薄部を螺旋形状にした人工乳首の実施例(図11実施例)を後の出願の明細書に加えることによって,後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項が,先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項の範囲を超えることになることは明らかであるから,その超えた部分については優先権主張の効果は認められないというべきである。」
上記の判示から、人工乳首事件において、後の出願に追加された、肉薄部を螺旋形状に形成した実施例に相当する部分について優先権主張の効果が認められなかった理由は、後の出願に追加された、肉薄部を螺旋形状に形成した人工乳首が、①先の出願の当初明細書等に明記されていなかったこと、②先の出願の当初明細書等に記載されていた、肉薄部を環状に形成した人工乳首の奏する効果とは異なる螺旋形状特有の効果を奏することにあったと解されます。
これに対し、噴射製品および噴射方法事件では、①優先権主張2出願で追加された実施例に係る害虫忌避成分としてのイカリジンが、優先権主張1出願の特許請求の範囲に明記されていたこと、②優先権主張2出願明細書に追加されたイカリジンに関する実施例が、優先権出願1の特許請求の範囲の請求項1又は2に発明特定事項が記載されていた発明の実施に係る具体例を確認的に記載したものと理解できることにあったと解されます。加えて、本判決では、原告の主張に対する判断部分において「優先権出願1の明細書等には、本件訂正発明1について、害虫忌避成分をイカリジンとする部分を含めて、その技術内容が、当該の技術分野における通常の知識を有する者(当業者)が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていると認められる。」、「本件訂正発明1のうち害虫忌避成分をイカリジンとする部分が、優先権出願1の明細書等の記載事項との関係において実施可能であるといえる」と、優先権主張1の出願においてイカリジンに関する発明が完成しており実施可能であることについても言及されています。
これら二つの判決は、「先の出願」の当初明細書等に記載されていなかった実施例・実施形態を「後の出願」に追加した場合に、「後の出願」の特許請求の範囲に記載された発明のうち追加した実施例・実施形態に対応する部分について優先権主張の効果が認められるか否かを検討する際の参考になると思われます。