米国最高裁IEEPA Trump関税判決と今後の影響について
弁護士 設樂隆一
1. 米国最高裁判決の結論
米国最高裁は、V.O.S. Selections v. Trump事件、いわゆるトランプ関税事件において、2026年2月20日、国際緊急経済権限法(IEEPA)は大統領に関税を課す権限を付与していないとの判断を示し、IEEPAに基づくTrump大統領令による関税(「IEEPA関税」)に法的根拠がないことを明示的に認めた。6対3であり、3名の反対意見が付されているが、1審から最高裁まで、IEEPA関税には、法的な根拠がないとの判断が示された。今回は、知財事件ではないが、その影響が広範に亘る判決であるため、取り上げることにした。
2. 最高裁判決の要旨を示せば、以下の通りであり、きわめてシンプルである。
①合衆国憲法第1条第8節は「連邦議会は、租税、関税、間接税及び消費税を賦課徴収する権限を有する」と規定している。これは、課税権が議会へ専属することを意味している。
②議会が大統領に関税権限を委任する際には、常に明示的な用語を使用し、厳格な制限を課してきた。
③IEEPA(50 S.C.§1702(a)(1)(B))は大統領に「輸入または輸出を、調査し、調査中に阻止し、規制し、指示し強制し、無効にし、取り消し、防止しまたは禁止する」との権限を付与している。
④米国政府は、上記IEEPAの「規制する(regulate)」と「輸入(importation)」という2つの語に基づき、議会の関税政策設定権限の包括的な委任を主張した。
⑤しかし、IEEPAの半世紀の存在期間中、いかなる大統領もこの法律を関税の賦課に援用したことがない(IEEPAの前身であるTWEA(敵国通商法)のもとで、1件の例外があるだけである。)。
⑥前記条文の長い権限リストには関税や税に関するいかなる言及もない。議会が関税を課す独自かつ特別な権限を付与する意図があったならば、他の関税に関する法律で一貫して行ってきたように、明示的にそうしたはずである。
⑦「規制する(regulate)」の意味について
税は規制目的を達成しうるが、何かを規制する権限が規制手段としてそれに課税する権限を含むということにはならない。議会が規制する権限と課税する権限の両方を扱う場合、それぞれを別個に明示的に行っている。IEEPAでそうしなかったことは、IEEPAにおける「規制する」が課税を含まないことの強い証拠である。
⑧「規制する」が条文にある「強制する」と「禁止する」の間にあるという政府の主張については、関税は強制や禁止よりも「極端でない」かもしれないが、IEEPAの他の権限とは程度ではなく種類が異なる。
3. この判決後の状況について
2026年2月21日の日本経済新聞夕刊によれば、米国政府は、この判決を受けて、「1974年通商法122条」に基づき、各国からの輸入対象品(ただし、食料品や、重要鉱物、及び分野別関税が既にかかっている自動車や鉄鋼などを除く。)に10%の関税をかけることを発表した。また、同法による関税は150日限りであるため、新たな関税として、通商拡大法232条や通商法301条による関税を課することが既に検討されている、と発表された。
1974年通商法122条は、「大統領に『大規模かつ深刻な米国の国際収支赤字に対処する』ために『一時的輸入追加課徴金(temporary import surcharge)』を課す権限を付与する」(19 U.S.C. §2132(a)(1)(A))ものである。なお、この法律は、制限事項として、税率の上限:15%まで、期間の制限:150日まで、形式:「関税の形式による一時的輸入追加課徴金(temporary import surcharge in the form of duties)」を規定している。
次に、今後の関税の根拠法として検討されている1962年通商拡大法232条(19 U.S.C. §1862)とは、輸入品が「米国の国家安全保障を脅かす場合」に、大統領の判断で、輸入制限や追加関税を課することができることを認めた法律である。トランプ第1期で、2018年3月、商務長官の調査報告に基づき、全世界からの鉄鋼輸入が国家安全保障を脅かすと認定され、25%の関税が課された。また、トランプ第2期にて、2025年に、同第232条に基づき自動車に25%の関税が課された。
また、通商法301条は「外国の行為、政策、または慣行が『不当であり、米国の商取引に負担を課しまたは制限する』と大統領が判断した場合に、大統領が従属する官吏を通じて『関税を課す(impose duties)』ことを認める」(19 U.S.C. §2411(a)-(c))法律である。その手続的要件は、米国通商代表部(USTR)による調査、関係国との協議、利害関係者との協議、調査結果の公表である。この法律による関税は、これまで、中国に対し、集中的に使用されてきた。
なお、この最高裁判決は、関税権限を委ねる法律の例として、これらの法律を掲げ、明確な関税への言及や厳格な手続き要件が規定されていることを、IEEPAとの違いとして挙げている(この判示の趣旨からすれば、これらの法律に基づく大統領令による関税は、その手続きや要件が満たされる限り、無効とはならないことが推認される。)。
そうすると、これらの法律に基づく関税は、IEEPA関税に根拠がないとされた最高裁判決後も、米国にとっては、外交上の切り札となると予想される。
4.関税の還付請求について
IEEPAに基づく大統領令に基づき徴収した関税は、過去1年あまりで約1750億ドルと推計されており、極めて高額になる。根拠となった大統領令に法的根拠がないことが、最高裁により明示的に示されたのであるから、不当利得等の法理により、米国政府は、徴収した関税を納入者に返還する義務があるとシンプルに考えるべきか、関税法上の還付手続の枠組みで考えることになるかが争点となる。米国政府は、徴収した関税を任意に返還せずに、法的に争う旨を表明しているため、関税の還付請求については、今後の裁判所の判断が示されるのを待つしかない状況である。
この最高裁判決は、徴収した関税の還付については判断していない。カバノー判事が少数意見で「合衆国は輸入業者に数十億ドルを返還することを求められる可能性がある。たとえ一部の輸入業者が既にコストを消費者等に転嫁していたとしてもである。口頭弁論で認められたように、返還プロセスは『混乱(mess)』になる可能性が高い。」と指摘しているのが興味深いが、還付請求については、裁判所の判断が確定するまでは、しばらく混乱が続くようである。そこで、以下、還付請求について、簡略に検討してみた、
関税の還付請求については、国際貿易裁判所(CIT)が専属管轄権(28 U.S.C. §1581(i))を有するため、控訴審は、連邦巡回控訴裁判所となる。
また、関税の納入義務者は、輸入業者であるから(19 U.S.C. §1505(a)および19 CFR §141.1(b)(2025年))、関税を支払った輸入業者が還付請求権者であり、訴訟における原告となる。
ところで、関税法では、関税の還付については、特定の異議申立手続を一定の期限内にすることが必要とされているため、還付請求訴訟では、期限後の異議申立手続の適法性や、同手続きを経ないでなされた還付請求の適法性が争点となり得る(この点は、裁判所の判断が注目される。)。
また、徴収した関税の還付については、既に消費者に商品が販売され、消費者が関税相当分を支払っている場合、あるいは、輸入契約において、輸出業者が関税を実質的に負担するための値引きを行うことが合意されているが、それが契約書に記載されている場合や、記載されていない場合などがあり得る。そして、それらが還付請求権に影響するか否かも、それぞれ争点になり得るのであろう(個人的には、輸入業者が支払った関税の返還請求では、これらの個別的事情は、還付請求権には、影響しない事由のように思える。これらの個別的事情は、還付を受けた輸入業者と輸出業者や消費者との間で、関税の還付後に、解決されるべき問題であるからである。ほかにも争点がありうるかもしれないが、結局、裁判所の確定判断を待つしかない。)。
5.米国産業界への投融資の政府間合意について
IEEPA関税に関しては、米国政府と世界各国の政府が交渉した。その結果、米国政府と日本政府は、IEEPA関税の税率を下げることと、日本が米国に対し、約5000億ドル規模の対米投融資をするとの合意をした。これは日本の政府系金融機関と民間企業の投融資を組み合わせたものであり、米国での半導体工場やAIインフラ、その他のインフラ設備への投融資である。この政府間合意は、米国政府が宣伝しているように、米国の産業を強くするためのものであるから、個人的には、日本の国内産業を強くするためにも、今回の最高裁判決を契機として、この政府間合意における投融資金額の変更等が合意されることも期待していた。しかし、日本政府は、この合意を継続する旨の意思表明を既に行っている。米国は、上記の通り、新たな関税を課することを発表しており、これが外交上の切り札となっていること、また、貿易関係のみならず安全保障その他でも良好な日米関係を継続することは、日本にとって非常に重要なことであること、これらの理由から、この政府間合意の変更は、残念ながら、今のところ容易なことではなさそうである。
