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トピックス

法律トピックス

東京地裁のGoogle判決及びASUS判決について

1.はじめに

東京地裁は、FRAND SEP(FRAND宣言をした標準必須特許)に基づく特許権侵害訴訟に関し、2025年4月10日に、Pantech対ASUS訴訟(東京地裁令和4年(ワ)第7855号)において損害賠償を認める判決(「ASUS判決」)を言い渡し、また、2025年6月23日に、Pantech対Google訴訟(東京地裁令和5年(ワ)第70501号)において差止めを認める判決(「Google判決」)を言い渡した。今回は、まず、差止を認めたGoogle判決における注目すべき論点を紹介し、次に、ASUS判決における損害額の認定について,注目すべき論点を紹介したい。なお、大阪地裁は、2025年7月10日に、Pantech対Google訴訟(大阪地裁令和5年(ワ)第7855号)において、差止請求を棄却する判決(「GoogleⅡ判決」)を言い渡したので、Google判決については、それも含めて比較検討したい。なお、これらの訴訟は、控訴されて、いずれも知財高裁に係属中であるから、今後の知財高裁の判断が大いに注目される。

2.Google判決について

東京地裁は、原告Pantechの請求を全面的に認め、被告Google(正確には「グーグル合同会社」であるが、以下、「Google」という。)に対し、スマートフォン「Pixel 7」の日本国内における譲渡、輸入、販売の申出等を差し止める判決を言い渡した。

(1)事案の概要

対象特許6401224号)は、「物理ハイブリッド自動再送要求指示チャネルのマッピング方法」であり、LTEなどの携帯電話通信規格で、基地局と端末(スマートフォン)がデータを正しく送受信できたかを確認するための信号(PHICH)を、電波の周波数や時間軸上に効率的に配置(マッピング)する技術に関するものであり、LTE規格の実施に必須である標準必須特許(SEP)である。

対象製品は、Googleのスマートフォン「Pixel 7」である。

Pantechは、この特許について、「公正・合理的・非差別的(FRAND: Fair, Reasonable, and Non-Discriminatory)」な条件でライセンスを許諾する用意がある旨の宣言(FRAND宣言)を標準化団体に行っていた。

(2)主な争点

本件では、対象製品は特許の技術的範囲に含まれるか、特許に無効理由があるかなども争われたが、裁判所は、対象製品が技術的範囲に属することを認め、無効理由もない,と判断した。

本件の注目されるべき争点は、「差止請求は権利濫用にあたるか」との争点であった。

2014年5月16日知財高裁大合議による損害賠償請求に関する判決(「アップル判決」)及び差止請求に関する決定(「アップル決定」)によれば、FRAND宣言がされた特許の場合、権利者がFRAND宣言をしながら、ライセンス契約を受ける意思のある実施者に対し安易に差止めを請求することは、実施者の信頼を裏切るため、「FRAND条件によるライセンス契約を受ける意思のある実施者」に対しては、権利濫用とされる。ただし、アップル決定によれば、実施者側に「FRAND条件によるライセンスを受ける意思がない」といった事情があれば、差止請求は認められる。そこで、FRAND SEP訴訟では、この「FRAND条件によるライセンスを受ける意思」の有無が最大の争点となり、アップル決定でも、過去の交渉の経緯等から、実施者側に「FRAND条件によるライセンスを受ける意思があるかないか」が判断された。

なお、英国やドイツの判決でも、実施者が「Unwilling Licensee」(非協力的な実施者)か「Willing Licensee」(協力的な実施者)かによって差止請求の判断が分かれるが、「Unwilling Licensee」と「FRAND条件によるライセンスを受ける意思がない実施者」とは、ほぼ共通の概念として理解される。

ただし、英国やドイツの裁判所におけるその判断手法は、2015年の欧州司法裁判所の判決とその後の裁判例に基づいて変容しつつあり、日本の裁判所におけるアップル決定に基づく判断手法とは、実質的に異なる面もあり、その意味で日本における今後の裁判例の進展が注目される。

この訴訟におけるGoogleの主張は、Googleは、Pantechに対し、FRAND条件でのライセンスを受ける意思を一貫して表明し、誠実に交渉してきたが、Pantechが非合理的な高額のライセンス料を提示し続けてきたため、交渉がまとまらなかったのであり、差止請求は権利濫用である、というものである。

一方、Pantechの主張は、Googleが交渉を引き延ばす(ホールドアウト)戦術をとり、真摯にライセンス契約を結ぶ意思がなかったため、Googleは「FRAND条件によるライセンスを受ける意思がない」者にあたる、というものであった。

(3) 東京地裁の判断

東京地裁は、Googleについて、真摯にFRAND条件によるライセンス契約を結ぶ意思がなかったと認定し、Pantechの請求は、権利濫用にあたらないとして、Pixel7の差止請求を認めた。東京地裁の判断は、基本的にアップル決定の判断枠組みに立った上で、次に述べるとおり、対象製品の売上金額にグローバルなFRAND実施料率を乗じることを前提とした和解勧告に対する当事者の回答を重視して、FRAND実施料によるライセンスを受ける意思の有無を判断した点が大いに注目される。

東京地裁は、まず両社の2020年6月12日から2023年8月17日の本件訴訟提起までの交渉経緯を詳細に認定し、両者のFRAND実施料算定方式が根本的に異なり、交渉が行き詰まっていたことを確認した。

東京地裁は、2024年7月23日、侵害の心証を開示した上で和解を勧告し、交渉の基本方針として、グローバルSEPポートフォリオを前提とし、かつ、アップル判決で示された算定方式(最終製品の売上高にFRAND実施料を乗じた金額を算定の出発点とする方式(大合議方式))を踏まえた和解案を提示するようGoogleに求めた。

しかし、Googleは,和解において、グローバルSEPポートフォリオを前提とすることは了承したものの、対象製品には多様なモデルが含まれているため、大合議方式は「算定が過度に複雑になる」などと主張し、算定の基礎となる対象製品の販売価格や販売台数といった情報の開示を拒み、この裁判所の和解勧告案を拒否した。

Googleの和解案は、対象製品の販売台数✕スマホ1台あたりの累積ロイヤルティ額であり、対象製品の売上高にFRAND実施料率し乗じることを基本とする大合議方式とは異なるものであるだけでなく、Pantechの和解案とも大きな隔たりがあるため、裁判所は和解協議を打ち切った。

裁判所は、和解勧告に対するこのGoogleの回答を,裁判所が提案した大合議方式の和解案、すなわち侵害品の販売額にFRAND実施料率を乗じた和解案の枠組みを拒み、侵害品の販売額及び販売台数を開示しなかったものであり、「自らライセンス交渉の余地をなくした」ものであるから、「FRAND条件によるライセンスを受ける意思がない」ことを示す「特段の事情」に該当すると判断し、その結果、Pantechによる差止請求は権利濫用にはあたらないと結論付けた。

この判決についてのコメントは、4に述べるとおりであるが、その前に、同じ事案について、異なる判断を示した大阪地裁の判決を紹介する。

3 GoogleⅡ判決について

大阪地裁は、Google判決と同じ当事者間における、同じ特許権に基づく、Pixel 7aに対する差止請求について、東京地裁のGoogle判決と同じく、アップル決定を判断枠組みとして採用し、両社間の交渉経緯を認定した上で、Googleが「FRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しない」者にあたるとの特段の事情はないから、Pantechの請求は権利濫用にあたるとして、差止請求を棄却した。

大阪地裁は、東京地裁と同様に、PantechとGoogleとの交渉経過を詳細に認定し、その上で、Googleには、ライセンス交渉において誠実性を欠く点はなかったと認定判断し、上記の通り、判断した。

 

4 Google判決及びGoogleⅡ判決へのコメント

(1) Google判決及びGoogleⅡ判決は、いずれもアップル決定の判断枠組みを採用した上で、異なる結論に至っている。その理由は、Google判決は、当事者間の過去の交渉経緯のみならず、Googleが裁判所の和解勧告案を拒否したことと、拒否した理由も考慮して、「FRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しない」と判断したのに対し、GoogleⅡ判決は、当事者間の訴訟提起前の過去の交渉経緯を評価の対象とし、その中ではGoogleの交渉態度に不誠実な点は見られないと判断したことによるものである。すなわち、裁判所主導の和解勧告における当事者の応答をどこまで重視するかという点で、両判決の判断が分かれたといえる。Google判決は、次に述べるように、2014年のアップル決定及び2015年の欧州司法裁判所の判決の後の、ネクストステージの英国やドイツのFRAND SEP訴訟の裁判例により形成されてきた国際的潮流に基づき、アップル決定を次の段階に進展させて判断したものと評価できるように思われる。

(2) Google判決では、FRAND宣言された標準必須特許(SEP)を巡る訴訟において、裁判所が当該訴訟の和解手続きにおいて提示した、大合議方式に基づく和解案の枠組みを,実施者が合理的な理由なく拒否したことが、「FRAND条件によるライセンスを受ける意思なし」と判断される決定的な要因となった。

(3) この訴訟の前に申し立てられた、差止の仮処分申請事件では、GoogleがFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しているとして、差止請求が権利濫用と判断されて、却下され、その決定は、知財高裁でも維持されている(判決書7頁、56頁)。そうすると、仮処分と本案訴訟とで、差止めの結論が分かれたのは、Googleが裁判所の和解勧告を拒否したとの新たな事実が加わったことによるものである。

(4) 英国の有名なUnwired Planet事件の2017年の一審判決では、標準必須特許全体のグローバルなFRAND実施料をスマホ価格の8%と認定したところ、特許権者のUnwired Planetがこれを受諾し、実施者のHuaweiがその実施料率ではグローバルなライセンス契約の締結に応じられないことを明らかにしたため、HuaweiをUnwilling Licenseeと認定し、Unwired Planetの差止請求は、支配的地位の濫用には当たらないとして、Huaweiに対し、英国特許に基づき、英国内での製品の販売の差止めを命じた[1]

(5) Unwired Planet事件の一審判決は、英国最高裁でも支持されており、現在ではこの英国の裁判所の裁判例が一つの国際的潮流を形成しているといえよう。今回、東京地裁のGoogle判決でも、これと同様にGoogleが裁判所の和解勧告の枠組みを拒否したとの事実と、拒否した理由を考慮して、「FRAND条件によるライセンスを受ける意思がない」と判断されたことは、このFRAND SEP訴訟の国際的な潮流を考慮したものといえよう。

(6) また、Google判決では、裁判所の和解勧告において、グローバルなFRANDライセンス料率を前提とする和解が勧告され、当事者も、和解においてグローバルなFRAND実施料率を前提とすることは了承していることも、昨今の英国やドイツの裁判例の流れを前提としたものとして、注目される。

(7) 2015年以降の英国やドイツのFRAND SEP訴訟では、EU競争法における「支配的地位の濫用」に該当するか否かの観点から、Willing LicenseeかUnwilling Licenseeかが、差止請求の成否を判断する上で、最大の争点となる。日本のアップル決定でも、同様に、実施者側に「FRAND条件によるライセンス交渉に応じる意思がない」かどうかが、差止請求における権利濫用の成否の判断の上で、最大の争点となる。

(8) EUでは、EU競争法がその根拠法となるところ、日本では、民法ないし特許法上の権利の濫用論がその根拠法となり、その根拠となる法律が競争法か、民法をベースとする特許法上の権利の濫用論かが異なるといえる[2]。ただし、法的枠組みが異なるとはいえ、実質的な争点は、Willing LicenseeかUnwilling Licenseeか、あるいは、実施者側に「FRAND条件によるライセンスを受ける意思がある」かどうか、である点は共通している。

(9) FRAND SEP訴訟では、特許権者は、世界のどこの国で訴訟を提起すべきかを判断するに当たり、各国でどのような判例法に基づき、差止請求や損害賠償請求が認められるのかを、比較検討して、国際的な裁判地を決定している。訴訟の審理が適正迅速になされる裁判所がどの国の裁判所であるかは重要であるが、それのみならず、差止請求が認められやすい裁判所はどの国の裁判所か、特許権者にとって、適正な損害額を認める裁判所はどの国の裁判所であるか、さらには各国の市場規模がどの程度であるかなどが大きな要素となって、国際的な裁判地が選択されていると推測される。

(10) 日本では、2014年にアップル判決、アップル決定が言い渡されているが、その後、残念ながらFRAND SEP訴訟はほとんど係属しなかったのに対し、英国やドイツでは、欧州司法裁判所の判決後も、多数のFRAND SEP訴訟が係属しており、これらの裁判例によりその後の国際的潮流が形成されているのが現状である。それが今年に入り、2件の東京地裁判決があり、同判決では、最近の英国やドイツの裁判例の国際的潮流も考慮しながら、差止請求と後記5のASUS判決のような損害賠償請求が認められたことは、大いに注目されるところである。

(11) 日本において、アップル判決、アップル決定以降、FRAND SEP訴訟が非常に少なかったのは、アップル決定は、権利の濫用論で、差止請求を否定したものの、実施者側に「FRAND条件によるライセンスを受ける意思がない」場合は、差止請求を認めることを明言していることがやや過小評価されていること、及び、アップル判決におけるFRAND料率による損害賠償請求の認容額が少額であったことによると思われる。

(12) 筆者は、最新知的財産訴訟実務に掲載された知財高裁歴代所長座談会(第2弾)で、「ファーストステージの判例としては、私はアップル・サムスンのような判決はよかったと思っていますけれども、日米欧でファーストステージの判決が一通り出たあとは、この判決のルールに従って行動をしているか、いないかは、このような判決が出る前よりは少し厳しく判断してもいいのではないかと思います。その意味で、いよいよこれからはセカンドステージの判決が期待される時代が来つつあるのかなと思います。それがどういうものかは今後の課題かと思いますが、特許権者の保護を考えると、形式的な交渉をだらだらと続けているだけの場合は、場合によってはライセンス契約を締結するつもりのない実施者と認定し、スパッと差止を認めるような判断も必要になってくるように思います。・・・日本の裁判所にも、特許権者と実施者の両方の利益を適切に考慮した適正迅速な判断をしてもらい、国際的にも、日本の裁判所をぜひ活用したいという状況が出てくることを期待しています。」と発言している[3]。アップル判決やアップル決定は、日本におけるFRAND SEP訴訟の第1号の判決、決定であり、それまではFRAND SEPに対する特許権者と実施者の対応について何らの規範がなかった状況下で判決等されたものである。このことを考慮すると、同判決及び決定後は、FRAND SEPであっても、「FRAND条件によるライセンスを受ける意思がない者」に対しては差止請求が認められるとの一定の規範が示された以上は、このような規範がないときに比べ、セカンドステージの判決としては、例えばdelay戦略をとる実施者などに対しては、「FRAND条件でライセンスを受ける意思がない」との認定がより積極的にされるべきであることを述べたものである。Google判決は、まさに最近の裁判例における国際的潮流も考慮した、セカンドステージの判決として評価される。

(13) また、アップル判決の損害賠償額の認容額におけるFRAND SEP全体の実施料率等の認定(5%✕通信規格の貢献度)が、その後の英国のUnwired Planet一審判決(2017年4月5日)等の裁判例におけるFRAND SEP全体の実施料率の8%などと比較すると、やや低かったことは否定できない。FRAND SEP全体の実施料率等の認定においては、グローバルなライセンス契約における実施料率の実務が参照されるべきである。そうすると、後記のASUS判決が認定しているように、グローバルなライセンス契約における実施料率の実務に基づきFRAND SEP料率を認定した英国等の裁判所の複数の裁判事例がその後蓄積されてきていることを考慮すべきである。日本の裁判所においても、今後は、これらのグローバルなFRAND SEP料率を認定した裁判事例も参照しながら、事案に応じて適切にFRAND SEP料率が判断されることが望ましい。その意味で、アップル判決の実施料の算定方式自体は参考になるとしても、具体的な実施料率の認定は、アップデートされるべきであろう。

(14) ところで、日本における民事通常訴訟では、和解勧告における当事者の対応については、判決の基礎としない実務が多かった。これに対し、この判決は、「ライセンスを受ける意思」の有無という重要な事実の認定について、裁判所に顕著な事実として、和解勧告における当事者の回答を判決の判断の基礎としている(判決58、59頁)。この点については、今後の議論の中心となると思われるため、コメントしたい。

(15) 民訴法上は、裁判所の和解案に対する当事者の回答は、Google判決が述べるように、裁判所に顕著な事実であることは明らかである。ただし、通常の民事訴訟では、和解手続きにおける当事者の回答を考慮した判決がこれまであまりなかったことは事実である。それは、通常の民事訴訟では、提出された証拠により判断することができるため、そもそも裁判所の和解案に対する当事者の回答を裁判所における顕著な事実として斟酌する必要性がなかったということが、一つの大きな理由である。また、和解においては、紛争の柔軟な解決のために、当事者の率直で自由な発言が好ましいため、紛争当事者の裁判所和解案に対する回答を判決の材料にはしないとの裁判所の配慮もあったように思われる。

(16) しかし、FRAND SEP訴訟においては、実施者側における「FRAND条件によるライセンスを受ける意思」の有無という重要な事実の認定に関連して、裁判所の侵害心証の開示を受けた上での、FRAND条件による和解勧告案に対する当事者の回答は非常に重要な間接事実となる。Unwired Planet事件の英国一審判決においても、裁判所が慎重に審理した上で認定したFRAND SEPの実施料率に基づく、裁判所の和解勧告を実施者であるHuaweiが拒否したことが、Unwilling Licenseeと認定される決定的な根拠となり、差止の判決が言い渡された。そして、同一審判決は、その後英国最高裁でも支持されたため、英国の裁判所では、そのような運用がFRAND SEP訴訟の裁判実務となっている。

(17) なお、FRAND SEPの実施料率については、正解は一つではなく、複数あるとの同事件の控訴審判決も参照する必要がある。それによれば、実施者が裁判所の和解勧告に応じない理由として、売上金額✕実施料方式自体に応じない場合か、その方式については肯定しながら、具体的な実施料について、複数の正解の範囲内で応じている場合かなどについて考慮して判断する必要がある。すなわち、裁判所の和解勧告に応じないとの事実から、直ちに、実施者が「FRAND条件によるライセンスを受ける意思がない」と認定すべきではなく、実施者が、裁判所が勧告した和解案を受けなかった理由も含めて考慮して、「FRAND条件によるライセンスを受ける意思のない実施者」かどうかを判断すべきである。なお、Google判決においても、Googleが裁判所の和解勧告案を拒否した理由についても考慮した上で、判断をしている。

(18) 日本の裁判所においては、裁判所による和解勧告は、非常に重要な実務であり、和解勧告をすることが少ない欧米各国に比べると、裁判所による和解勧告は実務上大いに活用されている。そして、FRAND SEP訴訟における和解勧告は、訴訟前の当事者間の交渉に引き続き、紛争を話し合いにより解決するための、重要なプロセスである。そうすると、FRAND SEP訴訟前の交渉に引き続く、裁判所の和解勧告手続きにおける特許権者と実施者との交渉及び回答も、「FRAND条件によるライセンスを受ける意思のない実施者」かどうかを判断するに当たり、非常に重要な事実となると解するのは、自然であるといえる。このように、通常の民事訴訟と異なり、FRAND SEP訴訟では、訴訟前の交渉経緯だけでなく、裁判所の和解勧告手続きにおいて示される当事者の回答ないし応答は、「FRAND条件によるライセンスを受ける意思」を客観的に判断するための極めて重要な間接事実となり得る。Google判決は、この点を明確に示した点で、FRAND SEP訴訟では、画期的といえる。

(19) また、日本の裁判所おいても、裁判所による和解勧告を拒否する実施者に対して、拒否する理由も考慮した上で、「FRANDライセンスを受ける意思のない実施者」かどうかを判断することは、FRAND SEP訴訟の迅速な紛争解決という意味でも非常に重要である。すなわち、特許権者と実施者は、裁判前に、数年にわたり、FRAND SEPの実施料について交渉しているのであり、その間に大きなギャップがあり、交渉がまとまらないことが多いから訴訟になっているのである。そうすると、交渉がまとまらなくとも、訴訟提起までの間は誠実に交渉してきたとの事実経緯のみを考慮し、裁判上の和解手続きにおける交渉経緯を考慮せずに、差止請求を否定するのは、特許権者としては、訴訟を提起しても、いたずらに紛争が長引き、何も解決しないとの結果になるだけであることになる。少なくとも、特許権者が裁判を提起し、裁判所から侵害の心証開示があり、正式な和解勧告があった場合には、実施者としては、それに対する誠実な回答が必要とされるべきであろう。この判決は、今後のFRAND SEP訴訟に大きな影響を与える重要な裁判例である。

5 ASUS判決について

(1) 東京地裁は、ASUS判決において、ASUSのスマホの販売行為等が、Pantechが有する特許権(特許番号4982653号)を侵害し、同特許に無効理由がないとして、FRAND SEPの実施料相当額の損害賠償請求を認めた。

(2) 同判決は、差止請求については、請求を棄却した。その理由は、FRAND料率は、本来的には必須宣言特許権者と必須特許実施者との間で誠実交渉し可及的速やかにグローバルで合意されるべきものであるけれども、FRAND料率の算定方法が必ずしも日本の実務に定着していないため、本件において当事者双方提示に係るFRAND料率が余りにも大きくかけ離れていた等の事情を踏まえると、グローバルライセンスによる解決が現実的ではなかったものであり、ASUSの交渉態度に直ちに不誠実なところがあったとはいえないというものである。

(3) ASUS判決で注目されるのは、損害額の認定手法である。

ASUS判決は、「LTE規格全実施料率」について、「UnwiredPlanet v.HUAWEI判決(2017年)は8.8%、TCL v.Ericsson判決(2017年)は6~10%、HUAWEI v.Samsung判決(2018年)は6~8%が相当であるとされ、その上限の平均値は、8.9%であることが認められる。そして、被告製品には、LTE通信のみならず5G通信にも対応している製品(被告5G製品)と、LTE通信には対応しているものの5G通信には対応していない製品(被告LTE製品)が認められるところ、いずれもWi-Fi及びBluetoothの無線通信機能を有していることが認められる。また、被告製品は、カメラ、CPU、ディスプレイ、バッテリー、オーディオ機能を始め、製品によっては、端末冷却機能や背面のサブディスプレイ、指紋認証システム等を有するなど、通信機能以外にもその売上げに貢献している部分が認められるほか、被告及びASUS台湾によるマーケティング活動によって、被告製品は低価格で品質が良いというブランドイメージが形成され、これが一定程度売上げに貢献していることが認められる。これらの事情のほか、本件に現れた諸事情を総合考慮すれば、LTE規格全実施料率は、9%であると認めるのが相当である。・・・、被告5G製品に限り、LTE規格全実施料率は、8%の限度で認めるのが相当である。」、「LTE規格全特許数は、1300件と認める」と判断した。

(4) 結論として、同判決は、「FRAND条件によるライセンス料相当額は、被告製品の売上高(被告LTE製品●(省略)●円、被告5G製品●(省略)●円)に対し、LTE規格全実施料率(被告LTE製品9%、被告5G製品8%)を乗じた上、LTE規格全特許数(1300件)で割るのが相当であるから、以下の計算式のとおり、損害額は、合計●(省略)●円となる。

(1)被告LTE製品

  • (省略)●円×9%÷1300=●(省略)●円

(2)被告5G製品

  • (省略)●円×8%÷1300=●(省略)●円」と判断した。

(5)    FRAND SEPの実施料率は、通常のFRAND SEPライセンス契約においては、グローバルな実施料率として、合意されるものである。そして、英国等の裁判所が、FRAND SEPのグローバルな実施料率を判断している裁判例が増加している客観的状況においては、日本においてもそれらの裁判例が適正に斟酌されることになると思われる。

(6)    ASUS判決では、この点を意識して、前記のとおり、英国等の裁判所の裁判例を考慮して、LTEや5Gの通信規格と、それ以外のスマホの機能の貢献度を考慮した上で、上記の通り、LTE規格全実施料率は、スマホの売上金額の9%であると認め、被告5G製品に限り、LTE規格全実施料率を8%と認定している。アップル判決が、FRAND SEP全体の実施料率等の認定を「5%✕通信規格の貢献度」としたのに対し、通信規格以外のスマホの機能の貢献度を考慮した後の実施料率を9%等と認定しているのは、英国の裁判所におけるグローバルな実施料率を参照した上でのものであり、グローバルな実施料率である以上、英国等の裁判例を斟酌することは、FRAND SEP訴訟の国際的潮流を考慮したものとして、合理的であるといえよう。アップル判決における、具体的な実施料率や通信規格の貢献度などの認定は、日本における最初の事件における限られた証拠に基づく事例判断であるから、その後、海外でグローバルな料率に関する裁判例が蓄積された現在、より客観的な証拠が増えたのであるから、ASUS判決がそれらの新たな判断材料を斟酌して料率をアップデートしたことは、実務に即した合理的な判断といえよう。

[1] この事件の詳細は、拙稿の「IoT 時代における英 国及びドイツの裁判所の標準必須特許を巡る判決の潮流について」(https://www.soei.com/wp-content/uploads/2021/04/%E8%A8%AD%E6%A5%BD_%E8%A6%96%E7%82%B9.pdf)を参照されたい。

[2] 特許法上の差止請求権が権利の濫用論で制限される場合があることについては、特許に無効理由がある場合に権利の濫用論でこれを制限したキルビー最高裁判決があり、現在では特許法104条の3として立法化されている。特許法上の差止請求権は極めて強力であり、権利の濫用論が必要とされる場合があり得る。

[3] 最新知的財産訴訟実務・2020年6月青林書院72,73頁