いわゆる不実施条項について
※本稿は、以前リニューアル前の弊所のウェブページに掲載していたものを、加筆修正したものである。
1 はじめに
弊所では、契約書の作成やチェックのご依頼もいただいている。その中には、共同研究契約書や共同出願契約書なども含まれる。それらに関連して、当事者の一方が大学や研究機関である場合、又は当事者の一方に実施能力がない場合等には、例えば以下のような条項(いわゆる不実施条項)を設けることがある。
「甲が本発明を実施するときは、甲は、乙が自ら本発明を実施しないことを条件に、乙に対して、甲乙別途協議して定める不実施補償料を支払うものとする。」
この条項に基づけば、甲が実施する際は甲と乙が協議して不実施補償料を定めることになるが、今回は、その際の基準を示した裁判例(大阪地判平成16年3月25日(平成12年(ワ)第5238号))を紹介する。
2 事案の概要
共有に係る特許に関し、以下のような条項が規定されているにもかかわらず、実施側の共有者(甲、被告)が補償料(対価)を支払わなかった事案で、不実施側の共有者(乙、原告)がその対価を請求した事案である。対価の額も争点となった。
「第2条 乙〔原告〕は、本発明〔本件原発明〕を実施しないものとする。甲〔被告〕が本発明〔本件原発明〕を実施するときは、甲〔被告〕は乙〔原告〕に、別途協議して定める対価を支払うものとする。」
3 判決
「上記条項において、対価が、原告が本件原発明を実施しないことを約する文言に続いて規定されていること、対価が、被告による本件原発明の実施時に支払われるべきものとされていることに照らせば、本件契約の第2条は、法律上は共有特許権者として他の共有者の同意を要しないで自ら本件原発明を実施することができる(特許法73条2項)原告が、自らはこれを実施しないことを約することによって、被告のみに本件原発明を実施する権利を専有させようとするものであるから、同条の定める『対価』とは、他の共有者である被告との競業という条件下で、仮に自ら本件原発明を実施すれば得られたであろう利益を得られなくなることに対する代償であると解するのが相当である。」
「そして、上記のような対価の性質に照らせば、対価の額を具体的に算定する(本件契約第2条によれば、額の算定は、一次的には当事者間の協議に委ねられているが、当事者間の協議が整わないときも、その性質上、相当額を請求できることは明らかである。)に当たっては、本件出願に基づき特許権設定登録のされた本件発明の実施につき第三者に実施権を設定する際の実施料を基礎としつつ、純然たる第三者ではなく、共有者としての地位を有する被告において、本件発明を実施する権原を本来的に有していること、医療用具としての製造販売に伴う種々のリスクを被告のみが負担し、原告においてこれを一切負担せず、対価を享受し得ること等、本件における種々の要素を勘案して相当な割合を定め、これを本件原発明(本件発明)の実施品である被告製品の被告における総売上額に乗じて算定するのが相当である。」
裁判所は、上記の一般論を示したうえで、あてはめで以下のような事情を考慮した。
・本件発明の実施品の価値や販売実績(増額事情)
・本件発明が第三者特許発明を利用する関係になる恐れがあり、被告が当該第三者とライセンス契約を締結したこと(減額事情)(0.5%減額)
・原告の本件発明実施能力が低いこと(減額事情)
・本件発明は医療器具に関する発明であるところ、医療用具としての製造承認を受けた上で製造販売するための労力や費用等(減額事情)
そして、実際の計算について、実際の相場が2~4%以上8%未満であることを示唆したうえで、「被告製品の総売上額に乗じるべきものとして相当な割合」を、第三者発明と利用関係にある恐れのある本件発明の実施品である被告製品について1.5%、それ以外の被告製品について2%と認定した。(実際の相場の20~30%程度だと思われる。)
4 解説
先述のとおり、当事者の一方が大学や研究機関である場合、又は当事者の一方に実施能力がない場合等には、不実施条項を設けることがある。ただ、契約締結時には実施していないことが多く、実施品など、確定していない要素が多い。そのような場合は、あらかじめ不実施補償料を定めることが難しく、「別途協議により」と規定するなど、実施するときにはじめて不実施補償料を定めることにせざるを得ないこともある。
ただ、問題となるのが、「別途協議」をする際にどのような基準で不実施補償料を定めるかという点である。共有の持分が2分の1ということであれば、実際のライセンス料の相場の半額を基準とすることは感覚として理解できるが、原則として権利者であれば実施できるところを敢えて実施しない、又は実施能力がないにもかかわらず不実施補償料を受け取る等、実際のライセンスの場面とは異なることになろう。
そこで、不実施補償料に関する協議に際し参考になるのが本裁判例である。本裁判例に従うと、不実施補償料率は、業界内での実施料率相場を参考にしつつ、契約交渉時における不実施となった事情(例えば不実施側の実施能力が低いという事情であれば減額事情になる)、本件発明の価値(対象製品に占める本件発明の割合や貢献の程度が高ければ増額事情になる)、実施側の特許発明以外の要素(例えば衛生管理、原料、製造方法等で労力や費用が掛かっていればいるほど減額事情になる)を総合的に考慮し、算出することになろう。
※この記事は一般的な情報、執筆者個人の見解等の提供を目的とするものであり、創英国際特許法律事務所としての法的アドバイス又は公式見解ではありません。