浜松ホトニクス・ステルスダイシング特許権侵害訴訟(後編)…高額の損害賠償が認められた事例
前回のヴォイスで、表題の論考(前編)を掲載したが、今回は、その後編である。
1 前編の要約
前回のヴォイスでは、筆者と弊所のメンバーが浜松ホトニクス株式会社(原告)を代理して遂行した、3件の特許権侵害訴訟の概要を説明し、訴訟Aの東京地裁2022年12月15日判決と知財高裁2024年4月24日判決の損害額の認定について詳しく紹介をした。同地裁判決は、侵害品の売上金額の30%の実施料相当額と弁護士費用相当額の損害約15億0697万円を認め、特許法102条1項、2項の適用は否定した。これに対し、知財高裁判決は、同法102条1項、2項の適用を認め、102条2項損害の損害額と弁護士費用相当額の損害額の約8億3191万円の支払いを命じた。なお、実施料相当額については、これを売上金額の15%と認定したが、102条2項損害の損害額の方が少し大きかった。また、同じく筆者が浜ホト社の原告訴訟代理人として遂行した訴訟Cの東京地裁2023年2月15日判決は、売上金額の5%の実施料相当額と弁護士費用の合計約1億3116万円の損害賠償を認め、知財高裁2024年3月6日判決は、特許法102条2項に基づく損害と弁護士費用の合計約1億3684万円の損害賠償を認めた。さらに、訴訟Bでは、被告製品の製造販売等の差止を命じた2021年8月10日の東京地裁判決及び同判決を支持した2022年9月5日の知財高裁判決が確定している。本稿では、主に、訴訟Aの損害額の認定手法その他と差止のみを認めたに訴訟Bに関連した話題にフォーカスして、本年2月5日に開催した特許訴訟セミナーの要約としたい。
2.実施料相当損害について
実施料30%相当額の損害額を認めた訴訟A東京地裁判決において注目すべき点は、特許法102条3項、4項の適用にハイライトを当てた、という点であろう。従来から、実施料相当額の損害は、せいぜい売上金額の1ないし3%、高くて5%程度のものが多かったところ、この地裁判決は、実に30%の実施料相当額を認めた。この判決は、知財高裁により、15%の実施料相当額に減額されたとはいえ、知財高裁判決の15%の実施料相当額もこれまでの裁判例と比べると相当に高額な実施料相当の損害額であり、実務における102条3項、4項の損害額の先例としての重要性は極めて大きい。
なお、実施料率30%と15%では、いずれも高額な損害賠償となる実施料率とはいえても、その数字に大きな違いがある。地裁判決と高裁判決とを比較してみても、損害額に関する大筋の事実認定は同じである。すなわち、裁判所の判断は、①本件特許のSD技術は高く評価されるべきものであること(技術の評価)、②原告と被告は、業務提携契約の関係にあり、被告は原告から多数のSD技術に関する特許のライセンスを受けており、被告は、同契約の条件として、原告からSDダイサーの中枢部品であるSDエンジンを購入していたところ、被告が、業務提携契約に反し、中枢部品であるSDエンジンを原告から購入せずに、自己生産するようになったこと(侵害行為の態様)、③被告は、これについてはメモ用紙の記載による実施許諾契約を主張したが採用されなかったこと(侵害行為の態様)、などの基本的な認定事実に変わりがない(なお、被告は、ライセンスの抗弁を主張したが、充足論及び無効の抗弁でも多数の争点を主張し、侵害論の審理に相当な時間を費やしていた。)。それなのに、なぜ実施料率30%が15%に下がったかの疑問が生じるのは当然であろう。これに対する私の答えは、102条3項、4項の実施料相当の損害額の認定判断は、裁判所による総合的評価にもとづく認定判断であり、いわば結論がさきにくるものである、というものである。高裁は、結論として30%は高すぎると判断して、15%と判断したというのがシンプルな答えであり、その実施料相当損害認定の評価、価値判断の相違であると思われる。
といっても、高裁判決においても、売上金額の15%の実施料損害が認められたことは、先例として、非常に大きな意味があるといえよう。すなわち、本件特許発明のような先端技術として高く評価される技術であり、かつ、原告と被告とが業務提携契約関係という密接な関係にあった事案において、被告が契約に反して侵害品を製造販売したような事例については、非常に高い実施料損害が認められることがあるという先例としての価値は、実務上すこぶる大きいものと評価できる。今後も、特許発明の価値が高く、侵害の態様が単なる過失とはいえない場合について、102条3項、4項を適用した高額な損害賠償の認定事例が現れることを期待したい。
また、このような事例に限らず、通常の侵害事例についても、改正された102条4項に基づき、以前なら3%と認定されるところ、裁判所による侵害認定事例なので5%とするような事例が増えることも期待される。102条4項における実施料率は、裁判所により侵害が認定されるより前に、当事者間でビジネスベースで交渉され、合意される実施料率ではなく、裁判所で争われ、技術的範囲が認定され、無効の抗弁が排斥された結果、特許権侵害が認定された事例において、当事者間で合意される実施料率であるから、ビジネスベースで交渉される実施料率よりも高額となるのは当然である。同条項については、プレミアム実施料との名称もあり、分かりやすい名称とはいえる。ただし、特許権者が侵害訴訟のために相当な時間を費やし、弁護士費用等の経費も支払い、相当な犠牲を払うことを考慮すると、プレミアム実施料というような軽い名称には違和感も覚えるが、名称はともかく、今後はその活用が期待される。
3.102条1項、2項の適用について
訴訟Aの判決では、損害額の推定規定である102条1項、2項の適用について、地裁と高裁の判断が分かれた。特許の対象は、ステルスダイシング技術により半導体ウェハを切断するダイサーであるのに対し、本件の特許権者である浜ホト社は、SDダイサーの中枢部品であるSDエンジンを製造販売しており、被告の東京精密は、SDエンジンを組み込んだSDダイサーを製造販売していたため、中枢部品と完成品が市場における競合品であるかどうかが争いになり、102条1項、2項の推定規定の適用があるか否かの判断が分かれた。
知財高裁は、原告がSDエンジンを業務提携関係にある被告と訴外ディスコ社の両社に販売し、被告とディスコ社がそれぞれSDダイサーを製造販売していたとの前提事実から、被告が原告からSDエンジンを購入せずに、自社でSDエンジンを製造し、これを組み込んで、侵害品である完成品(SDダイサー)を製造販売しなければ、原告は、侵害品の数量分だけ、ディスコ社等にSDエンジンを製造販売できたのであるから、その意味で、市場における競合品であるとして、侵害行為により損害を被ったことを認め、102条1項、2項の推定規定の適用を認めた。
もっとも、知財高裁は、部品メーカーである原告が得られる利益は、部品であるSDエンジンの製造販売に限られることを前提とし、被告が侵害行為により得た利益の額のうち、SDエンジンの販売により生じた利益部分のみを損害の額と認定した。
これに対し、地裁は、原告が完成品ではなく、部品メーカーであったため、完成品の販売による利益が部品の販売による得べかりし利益であると推定する前提がないとして、そもそも102条1項、2項の推定規定の適用を否定した。
両者の違いは、高裁は、特許権者が部品メーカーであり、侵害行為が完成品であっても、部品メーカーについても102条1項、2項の推定規定の適用を認め、被告製品中、当該部品以外の部分により得た利益は、推定覆滅により、損害額から除外して、具体的に妥当な損害額を認定するとの柔軟説の立場から、その適用を肯定した。これに対し、地裁は、102条1項、2項の推定規定の適用について厳格な立場から、その適用を否定した。いわゆる柔軟説と厳格説との違いである。
私は、この訴訟では原告訴訟代理人として、上記のような柔軟説を主張したが、原告訴訟代理人の立場を離れても、102条1項、2項の規定は、特許権者の損害立証の負担を軽減するというものであるから、同条項を適用し、推定覆滅により妥当な損害額を認定するとの柔軟説の立場が相当であると考えていた。したがって、102条1項、2項については、部品メーカーである特許権者が侵害行為により損害を被っている場合には、それが部品の販売喪失による損害であっても、同条項の適用を認め、推定覆滅により、妥当な損害額を認定すれば足りると考える。
ただし、上記のとおり、地裁が、102条3項、4項を適用し、実施料率30%という高額の損害額を認定したこと、及び知財高裁も実施料率15%という高額の損害額を認定したことは、102条3項、4項の適用について、ハイライトを与えたものであり、実務上、大きな意味があると考える。
4 故意侵害について
102条1項、2項の適用については、現在の裁判所の実務では、損害賠償の額について、差額説に基づく考え方がその基本にあるため、差額説による損害の額に近づけるべく推定覆滅事由が活用されている(差額説とは、交通事故における損害の実務にみられるように、侵害行為による損害を、侵害行為後現在までの状況と、侵害行為がなかった場合との仮想的な状況との差額を損害(得べかりし利益の額)とみる考え方である。)。本件のように、特許権者が完成品の中枢部品を製造販売し、被告が完成品を製造販売したという事案では、102条2項により、被告が侵害行為により得た製品全体の利益の額が損害の額と推定されるが、特許権者が製造販売していた中枢部品に相当する部品(SDエンジン)の製造販売により得られたであろう利益の額まで、推定が覆滅される。これにより、例えば、故意による侵害行為であっても、侵害者は、102条2項の推定規定による推定があっても、推定覆滅割合に相当する利益の額が手元に残るという計算になる。実務上の通説である差額説にたてば、特許権者が部品の製造販売しかしていなかった事案においては、一定割合で推定覆滅がされ、部品の製造販売による利益の額まで損害額が減縮されることはやむを得ないことであり、その結果、侵害者の手元に一定割合の利益が残ることになる。
原告と被告のように業務提携契約関係にあった場合は、訴訟Aの地裁判決が認定したような故意侵害が認められる事案も多いと考えられるが、原告訴訟代理人としては、差額説については、実務の通説であり、やむを得ないものであるとしても、故意侵害のような場合に、侵害行為による利益の相当部分が侵害者の手元に残るのは、法治主義のもとにおいていかがなものか、という素朴な感想は抱いた。
5.米国特許法の故意侵害と102条4項の適用について
これに関連して比較法的に想起されるのは、米国特許法284条における故意侵害による3倍賠償制度である。同条適用のためには、①故意による侵害であることが認められることが前提となり、➁故意侵害と認められた場合は、裁判所は侵害者の故意の程度を裁量により判断して増額賠償額を決することができるとされている。
日本では、立法論は別として、3倍賠償制度は存在しないため、故意侵害が認められる事案においても、3倍賠償が認められることはなく、そのため、故意侵害か過失侵害かは、そもそも訴訟における争点ともならない。
これに対し、訴訟Aの一審判決のように、102条3項、4項にハイライトを与え、高額の実施料相当額損害を認めるとの運用は、事案の内容に合わせて、差額説の限界を超えて、実質的に妥当な解決を目指すことも可能とする損害額の認定を可能とする手法であるといえよう。特に、102条4項の規定(いわゆるプレミアム実施料相当額)が認められた現在においては、102条1項、2項損害ではなく、実施料相当額の適用により、具体的妥当な解決を図ることも選択肢の一つとして、考慮されるべきように思われる。
6.訴訟Aの判決主文の説明・仮払金の返還請求
(1)訴訟Aの判決主文は次のとおりであり、その2項、3項の意味が難解であるので説明する。
「1(1)控訴人(筆者注・東京精密)は被控訴人(筆者注・浜ホト社)に対し、8億3191万6753円及びその内金である別紙2遅延損害金目録「認容元本額」欄記載の金員に対する同「起算日」欄記載の日から支払済みまで同「利率」欄の割合による金員を支払え。
(2) 被控訴人のその余の請求を棄却する。
2 被控訴人(浜ホト社)は控訴人(東京精密)に対し、7億9427万0202円及びこれに対する本判決送達の日の翌日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
3 控訴人のその余の民訴法260条2項に基づく申立てを棄却する。」
(2)この主文の2項を見た人は、東京精密が反訴を提起し、その請求が認められれたと誤解するかもしれない。しかし、これはそうではなく、東京精密により支払われ仮払金の返還命令である。すなわち、一審判決は、東京精密に対し、約15億0697万円の損害賠償と年5分等の割合による遅延損害金の支払いを命じたところ、東京精密は、控訴審係属中に、遅延損害金も含めた損害額の全額を浜ホト社の口座に振り込み、そのうえで、高裁で損害賠償額が減額された場合には、減額された金額とこれに対する年3分の割合による遅延損害金の支払いを求めた。本件では、知財高裁で損害額が減額されたために、仮払金との差額の返還を命じたのが、主文2項である。なお、年5分の遅延損害金は、不法行為の日から一審の判決言い渡し後も、控訴審判決後の実際の支払日まで生じるものであり、低金利の時代には無視できない金額になることも多いが、この仮払金の支払いにより、新たな遅延損害金の発生が止まる。そのため、仮払金の支払いは、一審で敗訴し、その後控訴している被告にとっては、控訴審で時間をかけて争うためには、合理的な対抗手段となる。
(3)また、主文の3項は、珍しい裁判例であるので、これを紹介する。
民訴法260条2項は、「仮執行宣言に基づき被告が給付したものの返還及び・・損害の賠償」を請求できると規定している。
東京精密は、この民訴法260条2項に基づき、高裁と地裁との認容額の差額について、仮払日からの利息ないし遅延損害金の支払いの申立てをした。裁判例では、一審で勝訴した原告が仮執行に着手した際に支払われた給付金に対しては、高裁で結論が変更された場合には、その差額金の返還と、遅延損害金の支払いを命じることが多い。しかし、このケースでは、浜ホト社は、仮執行に着手していなかったのに、仮払金が支払われたため、遅延損害金の支払いの申立ては棄却された。妥当な結論であると思料されるが、裁判例は少ないため、参考となろう。
7.訴訟Bの差止請求について
現在の製造販売等の差止を認容する判決主文は、別紙物件目録として、製品の型式番号でこれを特定している。この事案では、被告は、差止命令を認める一審判決が言い渡されたのち、高裁では、被告製品を型式番号が異なる新製品に切り替えた旨の主張をし、その旨をホームページ等で広告をしていた。SDダイサーは、半導体製造メーカーが被告等のメーカーに発注し、受注生産される製品であり、市場では入手が困難である。そのため、仮に型式番号の変更がなされると、特許権者は、新たな型式番号の新製品の構成を調査し、侵害の有無を把握することが困難になる。特に、一審からの審理期間が長期間を要し、特許権の存続期間が残り少ない場合には、特許権者は、せっかく差止命令を得ても、型式番号が変更された新製品について、その構成を明らかにし、別途、侵害の立証をして、その差止命令を得ることは困難になる。特に、市場で容易に入手できない製品については、その立証は困難である。
特許法改正で査証制度(特許法105条の2以下)が導入され、査証人が相手方の工場等に行き、被告製品の構成等について証拠を入手する制度もできたが、半導体製造装置のように、海外の大手の半導体メーカーから発注され、国内の工場で生産され、そのまま輸出されるような製品については、その受注時期等が不明確であるため、査証制度を利用することは非常に困難であった。そのため、特許権侵害訴訟を提起する場合は、差止請求だけでなく、損害賠償請求も並行して求めるべきであることを強く実感した。
8 侵害訴訟に関連して提起された訴訟と無効審判について
本件では、5件の特許権に基づき、3件の特許権侵害訴訟を提起したが、その後、被告からは、2件の特許権侵害訴訟を提起され、また、10件の無効審判とそれに引き続く審決取消訴訟も提起された。また、被告は、原告を相手方として3件の損害賠償請求を関連訴訟として提起した。これらの訴訟や無効審判は、いずれも理由がないとして請求が棄却されたものの、裁判官として侵害訴訟を担当していたときには、当該特許権侵害訴訟の記録をみていただけでは明らかにはならない訴訟外のもろもろの事情があることが経験できた。無効審判は、主引例となる公知技術や副引例が異なれば、何件でも、いつまででも提起できるというのが、現在のシステムである。特許権者は、これらのすべての無効審判に勝訴しなければならず、また、訴訟に要する時間と経費を考慮すると、弁護士費用相当額の損害賠償も認められるとはいえ、特許権者の負担はけっして軽くはない。裁判官は、特許権者が侵害訴訟を提起すると、その裏で、このような当該訴訟以外にも多数の無効審判ないし別件訴訟における攻防も起き得ることを、できれば知っておいてほしい。仮に、損害賠償額が低廉にすぎると、このような犠牲を払って特許権侵害訴訟を提起する企業は増えないと思料される。また、損害額のみならず、侵害、非侵害の認定範囲(技術的範囲の認定及び均等の認定並びに無効判断)も各国ごとに違いがあり、侵害か非侵害か微妙な事件について、裁判所が特許権者に寄り添う判断をする傾向があるか、厳しい判断をする傾向があるかで、特許権者が侵害訴訟を提起する件数も異なってくるであろう。あの国では、特許権者は訴えを提起しないが、別な国なら訴えを提起するという国際的な裁判所選択の時代にあることは、認識すべきであろう。
9.終わりに
この事案は、浜ホト社が東京精密にステルスダイシング技術の特許を包括ライセンスし、その見返りに、浜ホト社がSDエンジンという中枢部品を製造販売し、東京精密がSDエンジンを買い取って、SDダイサーを製造販売するという業務提携契約であったにもかかわらず、東京精密が、自社製のSDエンジンを製造して、SDダイサーの製造販売を開始したという事案である。
このような事案で、特許権侵害が認められ、高額の損害賠償が認められたのは、裁判所による妥当な判断であったと思料される。特に実施料率について、一審が30%、高裁が15%という高額の実施料相当額の損害を認めたのは、日本の裁判所においても、特許の適切な保護が認められること、及びプロパテントの潮流を感じさせる。また、高裁が、特許権者が特許発明の部品の製造をしている場合であっても、特許法102条1項、2項の適用を認めたことも高く評価される。
本件各特許は、浜ホト社で開発された革新的な技術について、弊所で特許出願がされ、その法律部門において侵害訴訟を提訴し、勝訴判決を得た事案である。上記のとおり、侵害訴訟の継続期間中に多数の無効審判や別件訴訟が提起され、特許権が存続期間の満了により消滅するなどしたが、無事に適切にこれらの特許権を守ることができたことにほっとしている