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浜松ホトニクス・ステルスダイシング特許権侵害訴訟…高額の損害賠償が認められた事例

1 はじめに

筆者は、2018年9月に、浜松ホトニクス株式会社(原告)を代理して、半導体ウェハ切断装置に関する5件の特許権に基づき、株式会社東京精密(被告)が製造販売輸出する半導体ウェハ切断装置が同特許権をいずれも侵害するとして、同社を相手方として、3件の特許権侵害訴訟を東京地裁に提起した。これらの3件の訴訟の事案の概要は下記2のとおりであり、その判決等の概要は、下記の3(1)ないし(3)のとおりである。
本件訴訟では、損害賠償請求及び差止請求に関する特許法上の多数の諸問題が争点となっていたところ、これら3件の特許権侵害訴訟の地裁、高裁の6件の判決がいずれも確定したため、本稿では、各判決の法律上の争点を中心にその概略を紹介したい。なお、クレーム解釈と無効の抗弁等の技術上の争点は紙面の都合上省略する(各判決の詳細は、裁判所ホームページを参照されたい。)。

2 事案の概要

(1) 東京地裁平成30 (ワ) 第28930号(以下「訴訟A」という。)の一審判決の引用により、本件の事案の概要を紹介すると以下のとおりである。
「原告は、光半導体、光学応用機器等の開発・製造を主たる業務とする技術開発型の企業である。被告は、精密計測機器と半導体製造装置のメーカーである。」(判決19頁)
「ステルスダイシング技術は、原告が世界で初めて開発した技術であり、半導体基板を切断(ダイシング)するために用いられる。・・・ステルスダイシングにおいては、ウェハ表面を加工しないため、ウェハ表面に形成された機能素子を損傷するような粉塵を発生させることがなく純水での洗浄工程も不要となるほか、加工箇所を最小限に抑えることができるため、フラッシュメモリ等の精密な機能素子のチップを切り出すために有用な技術となっている。原告は、ステルスダイシング技術を用いて半導体基板をダイシングするための装置(以下「SDダイサー」という。)の中核モジュールであるステルスダイシングエンジンユニット(以下「SDエンジン」という。)を製造し、被告を含む半導体製造装置メーカーに供給してきた。」(24,25頁)
「原告と被告は、平成14年9月18日に業務提携準備に係る契約・・・を締結し、また、平成15年9月18日に業務提携に関する契約(以下「本件業務提携契約」という。)を締結した。そして、原告は、本件業務提携契約に基づき、被告に対し、原告製SDエンジンを供給するとともに、被告によるSDダイサーの製造・販売につき、本件各特許を含む特許ポートフォリオ及びステルスダイシング技術のノウハウに係る包括ライセンスを付与した・・・。これを受けて、被告は、本件業務提携契約に基づき、被告自らが製造したSDダイサー本体に、原告製SDエンジンを搭載した製品(以下「従来被告製品」という。)を製造し、エンドユーザである半導体メーカーに販売していた。・・・本件業務提携契約は、平成29年9月18日をもって終了した。」(25頁)。
(2)原告は、自ら開発したステルスダイシング技術に関する複数の特許権に基づき、半導体切断装置のメーカーである東京精密と業務提携契約を締結し、その後、訴外のディスコ社とも同様な業務提携契約を締結した。同各契約は、原告がステルスダイシング技術の中核となるSDエンジンを製造して、これを同各契約の相手方のメーカーに販売することを条件に、本件各特許をライセンスするとの内容の契約であった。ところが、東京精密が同契約の中途から、同契約に反し、自らSDエンジンを製造し、これを搭載した半導体ウェハ切断装置(被告製品)の製造販売輸出を開始したため、原告は、本件業務提携契約を終了させ、東京精密を相手方として、複数の特許権侵害訴訟を提起するに至ったものである(原告とディスコ社との業務提携契約は、その後も順調に継続し、原告によるディスコ社に対するSDエンジンの供給が継続している。)。

3 判決の概要

(1) 差止請求のみを求めた訴訟(東京地裁平成30 (ワ) 第28929号。以下「訴訟B」という。)は、2021年8月10日言渡しの東京地裁判決において、2つの特許権(特許第3935188号(満了日2021年9月13日(特許権1))、特許第3990711号(満了日2023年3月11日(特許権2)))のいずれも侵害が認められ、東京精密の被告製品の差止が認められた。2022年9月5日言渡しの知財高裁判決でも期間が満了していない特許権2の侵害が認められて、被告製品の差止が認められ、その後2023年6月7日に最高裁で上告棄却、上告不受理となり、差止を認めた高裁判決が確定した。なお、提訴から一審判決まで、約3年の期間が経過したため、特許権1が一審判決後に期間満了により消滅した。
(2) 被告製品の差止請求及び損害賠償請求を求めた訴訟Aも、2022年12月15日言渡しの東京地裁判決において、2つの特許権(特許第3867108号(満了日2021年9月13日(特許権3))、特許第4601965号(満了日2024年1月9日(特許権4)))のいずれについても侵害が認められて、被告製品の差止請求及び損害賠償請求が認容された。その後、2024年4月24日の知財高裁判決では、2つの特許権は存続期間満了により消滅していたが、特許権3については対象製品全体、特許権4については対象製品のうち旧製品について侵害が認められ、対象製品のほぼ全部について損害賠償請求が認められた。
この事例で注目すべきは、損害の額である。地裁は 特許法102条3項、4項に基づき、故意侵害等を認定したうえで、侵害品の売上に対し、実施料30%の損害額及びこれに対する弁護士費用損害を認め、合計15億697万8762円の賠償を認めた。おそらく、30%の高額の実施料損害を認めた事例は、これまでの裁判例にはないであろう。また、改正された102条4項の適用を認め、高額の実施料損害を認めた裁判例としても注目される。
これに対し、知財高裁は、実施料損害としては30%を15%と減額して認定した。もっとも、これもこれまでの裁判例と比べると相当に高い実施料損害の認定である。また、高裁は、原告が侵害品に対応する切断装置ではなく、その中核的部品であるSDエンジンの製造販売をしていた場合でも、102条2項の適用を認め、被告が得た利益の額を原告の損害額と推定し、その上で、推定覆滅率を適用して、102条2項損害及び弁護士費用として、8億3191万6753円の損害賠償を認めた。これらの損害額の認定についての判決の詳細は、次の4で紹介する。なお、同高裁判決は確定した。
(3) 同じく被告製品の差止請求及び損害賠償請求を求めた訴訟(東京地裁平成30 (ワ) 第28931号。以下「訴訟C」という。)も、2023年2月15日言渡しの東京地裁判決により、特許権(特許第4509578号(満了日2024年1月9日))の侵害が、対象製品のうち設計変更前の旧製品について認められて損害賠償請求が認容され、1億3116万1399円の損害賠償(実施料率5%の損害及び弁護士費用)が認められた。その後、2024年3月6日言渡しの知財高裁判決では、同様に被告製品のうち旧製品について侵害が認められた。また、同判決では、実施料損害ではなく、102条1項の適用が認められたが、損害額は1億3684万円であり、実施料率5%の損害と比べ、大きな違いはなかった。その後同判決は上告等の取下げにより確定した。

4 クレーム解釈及び無効の抗弁等についての補足

本稿では、クレーム解釈及び無効の抗弁の争点の内容について、言及はしない。もっとも、訴訟Aの判決を見ると、クレーム解釈については、特許権1で6つの争点、特許権2でも6つの争点が主張された。特許権1については、被告の主張がすべて排斥され、対象製品について、特許権侵害が認められた。特許権2については、対象製品のうち旧製品について同じく侵害が認められたが、対象製品のうち設計変更後の新製品については、一審では侵害で、高裁では非侵害となった。また、無効の抗弁は、特許権1で11個の無効の抗弁、特許権2で3個の無効の抗弁が主張され、さらに実施許諾の抗弁も主張されたが、いずれも理由がないものとして排斥された。特許権者としては、これらのすべての争点について、特許権者の主張が正当であると判断されないと、勝訴判決を得られないのである。

5 訴訟Aの判決における損害額の認定

訴訟Aの判決で注目される損害額の認定について、判決を引用して説明する。

(1) 特許法102条3項の適用について

一審判決は、原告が被告の競業他社へSDエンジンを製造販売したことにより得た利益の額と、被告製品の販売価格1台約1億円との割合を認定した。そして、令和元年知財高裁大合議判決の実施料損害額に関する判示を引用したうえで、①「本件発明1は、ステルスダイシング技術の中核的技術思想を具現化するものであって、根本的に代わり得る代替技術が存在しない」こと、「本件発明2-2及び2-3は、ウェハ端部の形状変動に対応した実用的な技術である」こと、②「被告は、もともと、原告との間で本件業務提携契約を締結した上、本件各発明の実施につきライセンスを受けていた・・・被告は、本件業務提携契約が解消された後にも、本件各発明に係る特許権の侵害品である被告製品の製造販売を継続してきたことが認められ、ライセンス条件すら具体的に記載されていない走り書きのメモ・・・によっては、被告主張に係る本件実施許諾契約の成立があったと認められない・・・これらの事情を総合すると、原告が主張するとおり、被告は、故意に不正使用して原告の特許権を侵害したものと認めるのが相当である・・・このような事実を前提とすれば、被告の侵害の態様は、自己のダイシング事業継続に拘泥し、知的財産権を尊重する姿勢を欠くものとして極めて悪質なものであって、社会的信用を欠く行為である・・・特許法102条4項の趣旨に鑑み、合理的な料率を定めると、実施に対し受けるべき料率は、少なく見積もっても30%を下らない」(466~468頁)と認定判断した。
一審判決は、本件発明1が代替技術が存在しない技術であること、被告の侵害態様が悪質であり故意侵害といえることを認定して、かつ、102条4項の立法趣旨に鑑み、30%の実施料損害を認めた。これに対し、知財高裁判決は、「控訴人の侵害行為は、重過失はともかく故意によるものとまでは認められない。」「本件において被控訴人が実施に対し受けるべき料率としては、15%と認めるのが相当」(100~101頁)と判断し、そのうえで、特許法102条2項の損害の認定判断をした。

(2)特許法102条2項及び1項の適用について

本件は、特許権者がSDダイサーの中核的部品であるSDエンジンを製造販売している事案であるが、被告は、完成品であるSDダイサーを製造販売していたため、原告と被告とが競業関係にあるか否かが争点になった。訴訟Aの一審判決は、本件について、「特許権者において販売等する製品が、侵害品の部品に相当するものであり、侵害品とは需要者を異にするため、市場において競合関係に立つものと認められない」として、特許法102条1項、2項の適用を否定した。
これに対し、訴訟Aの知財高裁判決は、「特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、特許法102条2項の適用が認められると解すべきであり、同項の適用に当たり、特許権者において、当該特許発明を実施していることを要件とするものではない」「ステルスダイサーの国内市場における販売者は、控訴人と、被控訴人からSDエンジンの供給を受けるディスコ社にほぼ限定されていること、被控訴人製SDエンジン自体は、ステルスダイサー製品の部品にとどまるものではあるが、その技術の中核をなすものであって、被告製品の構成中、被控訴人製SDエンジンに相当する部分がステルスダイサー製品としての不可欠の技術的特徴を体現する部分であり、商品としての競争力の源泉になっているものと解されることからすると、本件において、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば特許権者に利益が得られたであろうという事情が認められるというべきである。これを他の表現でいえば、被控訴人が主張するとおり、特許権者が販売する部品を用いて生産された完成品と、侵害者が販売する完成品とは、同一の完成品市場の利益をめぐって競合しており、完成品市場における部品相当部分の市場利益に関する限りでは、特許権者による部品の販売行為は、当該部品を用いた完成品の生産行為又は譲渡行為を介して、侵害品(完成品)の譲渡行為と間接的に競合する関係にあるということもできる。」と判示した上で、SDエンジンが部品に過ぎないことによる推定覆滅を認めることを前提に、102条2項及び1項の適用を認めた。知財高裁は、102条2項及び1項の適用を認め、結論としては、損害額の中で、最も高額となる102条2項による損害の支払いを命じた。

6 損害額が高額となった理由

本件は、一審と控訴審が上記の金額を損害額として認定しており、他の裁判例と比べると、相当高額の損害賠償が認められた事例といえよう。これは、上記2の事案の概要のとおり、本件発明が「ステルスダイシング技術の中核的技術思想を具現化するものであって、根本的に代わり得る代替技術が存在しない」ものであり、被告の侵害態様も、本件業務委託契約に反するものであり、一審では「故意」、高裁では「重過失」と認定されたものであったこと、SDダイサーやSDエンジンが、その優れた性能のため、利益率が高かったことなどが、他の裁判例と比較して、損害額が高額となった理由であろう。(次号に続く)

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