【河合】商品等表示に関する近時の裁判例②(知財高判令和5年10月4日・令和5年(ネ)第10012号、原審:東京地判令和4年12月20日・令和2年(ワ)第19198号【気管支喘息用吸入薬事件】)
1 はじめに
近時、商品の形態が不正競争防止法2条1項1号の商品等表示に該当するか否かについて、興味深い裁判例がいくつか見受けられる。今回は、知財高判令和5年10月4日・令和5年(ネ)第10012号、原審:東京地判令和4年12月20日・令和2年(ワ)第19198号【気管支喘息用吸入薬事件】)を紹介する。
2 事案の概要
本件は、気管支喘息用の医療医薬品である原告商品を製造販売する原告が、原告商品の形態は商品等表示に当たり、被告らが当該商品等表示に類似した形態を商品等表示として使用した後発医療薬(ジェネリック医薬品)である被告商品を製造し、販売する行為は、不競法2条1項1号の不正競争行為に該当するなどと主張して、被告らに対し、被告商品の譲渡等の差止め、廃棄、損害賠償を求めた事案である。
3 一審判決(民事40部、中島裁判長)
「商品の形態は、①客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴(以下「特別顕著性」という。)を有しており、かつ、②特定の事業者によって長期間にわたり独占的に利用され、又は短期間であっても極めて強力な宣伝広告がされるなど、その形態を有する商品が特定の事業者の出所を表示するものとして周知(以下、「周知性」という。)であると認められる特段の事情がない限り、不競法2条1項1号にいう商品等表示に該当しないと解するのが相当である。
そして、周知な商品等表示に化体された他人の営業上の信用を自己のものと誤認混同させて顧客を獲得する行為を防止するという同号の上記趣旨目的に鑑みると、商品の形態が、取引の際に出所表示機能を有するものではないと認められる場合には、特定の出所を表示するものとして特別顕著性又は周知性があるとはいえず、商品等表示に該当しないと解するのが相当である。」
「上記認定事実によれば、医師、薬剤師とも、有効成分、銘柄名、先発薬又は後発薬の区分を明確に認識した上で、医師にあっては、処方する医療医薬品を処方箋に記載し、薬剤師にあっては、医師からの当該処方に基づき医療医薬品を調剤していることが認められ、また、患者は、調剤薬局において、一般に先発薬と後発薬のいずれを希望するのか述べるにとどまり、それ以上に、医療医薬品の形態そのものを見比べるなどして医療医薬品を当該形態自
体によって選択することはないことが認められる。
これらの事情の下においては、原告商品の需要者である医師及び薬剤師は、医療医薬品を選択するに当たり、原告商品の形態によってその出所を識別するものではなく、仮に患者も原告商品の需要者であるとしても、上記認定は同様に当てはまるものといえる。
このような取引の実情を踏まえると、原告商品の形態は、一定程度周知性があるとしても、取引の際に出所表示機能を有するものではなく、商品等表示に該当しないと解するのが相当である。
仮に、原告商品の形態が商品等表示に該当するという見解に立ったとしても、上記認定事実によれば、原告商品の需要者である医師や薬剤師は、患者の生命身体の安全に関わるものとして細心の注意力をもって、有効成分、銘柄名、先発薬又は後発薬の区分を明確に認識した上、医療用医薬品の処方や調剤をするのであり、患者も薬剤師の指示説明を十分踏まえて医療医薬品を選択していることからすると、被告商品の形態自体が、原告商品と混同を生
じさせるものではないことは、明らかである。」
なお、一審判決は、原告商品の形態の特別顕著性も否定した。
4 控訴審判決(3部、東海林裁判長)
控訴審判決は、結論としては控訴人(一審原告)らの控訴を棄却したが、原判決の上記下線部分を引用せず、下記のとおり判示した。
(1)特別顕著性について
原判決を補正の上引用した上で、「控訴人商品の吸入器及びマウスピースの部分の形態は、控訴人商品の実質的機能を達成するための構成に由来する不可避的な形態であるといえ、このような形態について、特別顕著性の要件を満たすとして、商品等表示として保護を与えることは、同等の機能を有する商品間の自由な競争を阻害する結果をもたらすから、相当でない。」とした。
(2)周知性について
控訴審判決は、①控訴人(一審原告)商品の吸入器の形態に関し、意匠権が登録されたが、存続期間が満了しているところ、控訴人が意匠権を有している間は他社が同様の形態を有する商品を製造販売することが制限されていたこと、②控訴人商品の配合剤に関する特許権の存続期間が満了したこと及び吸入器及びマウスピースの形態が控訴人商品の機能から要請され、控訴人が特許権を有する間は他社が同様の形態の商品を製造販売することが実質的に制限されていたことを認定した上で、次のとおり判示し、周知性要件を否定した。
「控訴人商品の形態を控訴人が独占的に使用できたのは控訴人が上記意匠権及び特許権を有していたことによるものであるところ、知的財産権の存在により独占状態が生じ、これに伴って周知性が生じるのはある意味では当然のことであり、このような独占状態に基づいて控訴人商品の形態について一定の周知性が生じたとしても、このような周知性だけを根拠に不競法の適用を認めることは、結局、上記知的財産権の存続期間満了後も、第三者によるその利用を妨げることに等しい。このような事態は、価値ある情報の提供の対価として、その利用の一定期間の独占を認める一方、期間経過後はこれを公衆に開放してその利用を認める知的財産権の制度趣旨に反し、相当でない。もっとも、このように、周知性が知的財産権に基づく独占により生じた場合でも、知的財産権の存続期間が経過し、第三者の同種競合商品が市場に投入されて相当期間経過するなどして、知的財産権を有していたことに基づく独占状態の影響が払拭された後で、なお控訴人商品の形態が出所を表示するものとして周知であるとの事情が認められれば、不競法2条1項1号を適用する余地があると解すべきである。
・・この点から本件について検討すると、被控訴人商品が製造販売承認を受けたのは平成31年2月・・、販売開始は令和元年12月であり・・、控訴人商品の吸入器の形態に関する意匠権の存続期間が満了した平成27年1月28日から、それぞれ約4年、約4年10か月という比較的短い期間しか経過しておらず、また、控訴人商品の配合剤の特許権の存続期間が満了した平成29年12月7日から、被控訴人商品が製造販売承認を受けるまでは約1年2か月、被控訴人商品の販売までは約2年という短い期間しか経過していない。この期間に、被控訴人商品以外の第三者の後発医薬品が販売されたという事情は認められないから、この期間をもって、第三者の同種競合商品が市場に投入されて相当期間経過するなどして知的財産権を有していたことに基づく独占状態の影響が払拭されたとはいえないし、控訴人商品の形態が控訴人によって長期間独占的に使用されたとはいえず、その他、本件の全証拠によっても、上記期間に、控訴人商品について控訴人が知的財産権を有していたことに基づく独占状態の影響が払拭され、控訴人がこの期間に極めて強力な宣伝広告や爆発的な販売実績を獲得したことなどによって、控訴人商品の形態が新たに周知性を獲得したとは認められない。」
(3)混同のおそれ
控訴審判決は、「主たる「需要者」は医師及び薬剤師であり、患者は「需要者」に含まれるものの、従たる需要者の立場にすぎない」とした上で、「控訴人商品及び被控訴人商品の主たる需要者である医師は、患者の病態や医薬品の薬効及び副作用等を考慮要素として処方を行うとともに、後発医薬品への変更の可否を検討するのであって、このような考慮要素に基づいて行う処方の際に、控訴人商品の形態と被控訴人商品の形態が類似しているために、控訴人商品と被控訴人商品を混同するとは考えられないし、そのようなことは本来あってはならないことである。」「薬剤師は、先発医薬品と後発医薬品との区別を意識して調剤を行う」、「患者は、・・原則として、医師が処方し、薬剤師が調剤した医薬品の交付を受けるのみである。」等として、混同のおそれを否定した。
なお、本判決は、原判決が、商品の形態に関して特別顕著性及び周知性の二つの要件を直接判断することなく、控訴人商品の形態が商品等表示に該当しないとし、かつ、医療用医薬品の形態は商品等表示におよそ該当しないとの判断をしたことが不当であるとの控訴人の主張について、「原判決のように医師の処方箋を要する医療用医薬品の形態が全て商品等表示に該当しないとの判断が妥当でないとしても、本件においては、控訴人商品の形態に関し、特別顕著性の要件及び周知性の要件のいずれも充足すると認められないことは、前記・・のとおりであるから、原告の上記主張は、控訴人商品の形態に基づく商品等表示性を認めない 判断に影響するものではない。」としている。
5 検討
(1)商品等表示性の要件
ア 一審判決が提示する商品形態の商品等表示性の要件(①特別顕著性、②周知性)は従来の裁判例と同じである。
他方、「商品の形態が、取引の際に出所表示機能を有するものではないと認められる場合には、特定の出所を表示するものとして特別顕著性又は周知性があるとはいえず、商品等表示に該当しない」との規範は、従来の裁判例には見られなかったものである。当該規範は、本件一審判決と近接した時期になされた東京地判令和4年12月23日・令和4年(ワ)第4104号【中圧B用ガスバルブ】(本件と同じ民事40部、中島裁判長)でも用いられている。
確かに、不競法2項1項1号の趣旨からすれば、ある商品の形態が取引の際におよそ出所表示足り得ない場合には、理論的にはそのことをもって商品等表示性を否定することもあり得るとは思われる。
もっとも、商品形態の商品等表示性については、本来的には商品形態は商品の出所を表示するものではないが、一定の場合には特定の出所を表示する二次的意味を持つことがあるというのが一般的理解であるところ、原告製品に関する具体的な事情を捨象して、一般的な取引実情(商品の性質)のみからおよそ商品等表示にあたらないと判断することには躊躇を覚えるところである。
イ 控訴審判決は、一審判決の上記規範を引用せず、特別顕著性、周知性及び混同のおそれをそれぞれ否定して、一審原告らの控訴を棄却した。なお、前掲中圧B用ガスバルブ事件の控訴審判決(知財高判令和5年9月13日・令和5年(ネ)第10014号)も、一審原告の控訴を棄却しているものの、一審判決の上記規範を引用せず、個別事情に基づいて混同のおそれを否定している。
控訴審判決は、事案の解決の柔軟性という観点から、一審判決のような判断枠組みを採用せず、従来の判断枠組みに沿って特別顕著性、周知性、混同要件を判断したものと解される。
(2)周知性要件について
控訴審判決は、知的財産権による独占状態により生じた周知性だけを根拠に周知性要件を認めることを否定した上で、知的財産権を有していたことに基づく独占状態の影響が払拭された後で、なお商品の形態が出所を表示するものとして周知であるとの事情が認められれば周知性要件を満たすとする。
同趣旨の考え方は、東京高判平成15年5月22日・平成15年(ネ)第366号【PCフレーム】(ただし、傍論的判示)、知財高判平成30年2月28日・平成29年(ネ)第10068号等【不規則充填物】(原審:東京地判平成29年6月28日・平成27年(ワ)第24688号。結論的には周知性を肯定)で既に示されていたところではあるが、控訴審判決は、これらの先例の基本的考え方を踏襲しつつ、正面から周知性要件を否定したところに意義がある。また、商品の形態に関する発明に係るものではない特許であっても、その機能上要請される形態については実質的に独占状態にあったと認定している点も事案として参考になる。
以 上