パラメータ発明について先使用を認めた事例(知財高判令和6年4月25日・令和3年(ネ)第10086号【ランプ及び照明装置事件】)①
1 事案の概要
本件は、発明の名称を「ランプ及び照明装置」等とする特許権合計7件をそれぞれ有する原告らが、被告が製造、販売する各製品(LED照明装置)が各特許権を侵害するとして、差止・損害賠償等を求めた事案である。
そのうち、本件特許権1に係る発明は、「前記複数のLEDチップの各々の光が前記ランプの最外郭を透過したときに得られる輝度分布の半値幅をy(mm)とし、隣り合う前記LEDチップの発光中心間隔をx(mm)とすると、y≧1.09xの関係を満たす」といった構成要件(以下、y=αxとして表現されたものを「本件パラメータ」という。)を有する、いわゆるパラメータ発明である。
被告は、本件特許1の優先日前に、ランプ(403W製品)を輸入し、外部に納品していた。
原判決(大阪地判令和3年9月16日・平成29年(ワ)第1390号)は、いずれの特許についても非侵害であるとして、原告らの請求をいずれも棄却した。原判決は、特に、特許権1に基づく請求について、先使用権の成立を認めたことが注目を集めていた。原判決に対し、原告らが控訴した。
本判決は、結論として、原判決と同様、一審原告らの請求をいずれも棄却した。
2 被告各製品及び403W製品における本件パラメータ
(1)本件各発明1、本件各訂正発明の数値範囲を充足することに争いはなかった(充足しない請求項、製品については請求原因から外れている)が、その数値範囲については、y/x=1.11~1.79まで各製品によって幅があった。
(2)被告が2回にわたり403W製品を測定した結果、①y値=15.7㎜、x値=11.7㎜、y=1.34x及び②y値=15.6㎜、x値=11.7㎜、y=1.33xであった。
3 訂正請求について
(1)被告は、本件特許権1に係る発明のうち、請求項1~8、14、16、17記載の発明に係る特許につき、特許無効審判(無効2018―800036号)を請求しており(「関連無効審判1」)、この関連無効審判1において、原告は、関連無効審判において、請求項1、14及び17等の訂正並びに請求項18及び20等を追加する訂正等を請求した(本件訂正1。本件訂正1後の発明を「本件訂正発明1」と呼ぶ)。
本件訂正1の内容には、本件パラメータに係る数値範囲の限定が含まれている。
関連無効審判1については、本件の事実審口頭弁論終結時の段階で審決取消訴訟(令和4年(行ケ)第10057号・第10054号)が係属しており、本件訂正1は確定していなかった。
(2)原告らは控訴審において、本件訂正1を更に再訂正する旨の主張をした(本件再訂正)。本件特許権1については無効審判事件が係属中であるため、訂正請求が制限されていたが、原告らは訂正を予定している旨主張した。本件再訂正1のうち、例えば、請求項17についての本件パラメータに係る訂正部分は以下のとおりであり、403W製品の本件パラメータに係る数値を除くクレームとなっている。
【請求項17】(本件再訂正発明1-17)
・・1.29x≦y≦1.49xの関係を満たす(但し、x=11.7、y=15.7の場合を除く)、
照明装置。
4 判決の内容
(1)本判決は、『403W発明は、本件各発明1並びに本件訂正発明1-17及び1-18の構成要件を充足する構成を備えたものである』と認定した。
(2)先使用権の及ぶ範囲について
ア 本判決は、先使用権の及ぶ範囲について、ウォーキングビーム事件最高裁判決(最判昭和61年10月3日・民集40巻6号1068頁)の規範を引用した上で、次のように述べる。
『先使用権制度の趣旨が、主として特許権者と先使用権者との公平を図ることにあり、特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に実施又は準備をしていた実施形式以外に変更することを一切認めないのは、先使用権者にとって酷であって相当ではなく、先使用権者が自己のものとして支配していた発明の範囲において先使用権を認めることが同条の文理にも沿うと考えられること(前記最高裁判決参照)からすると、実施形式において具現された発明を認定するに当たっては、当該発明の具体的な技術内容だけでなく、当該発明に至った具体的な経過等を踏まえつつ、当該技術分野における本件特許発明の特許出願当時(優先権主張日当時)の技術水準や技術常識を踏まえて、判断するのが相当である。』
イ 403W製品に具現されている発明
① 『被控訴人403W製品のy/x値は、おおむね1.27~1.40程度であったと認めることができる。』
② 『403W製品に具現化された発明であるy/x値が1.4を超える部分から1.7又は1.7を超える範囲は、被控訴人においてx値を適宜調整することで実現していた範囲であって自己のものとして支配していた範囲であるといえる。』
③ 『本件各発明1の課題であるLED照明の粒々感を抑えることは、LED照明の当業者において本件優先権主張日前から知られた課題であり、当業者はこのような課題につき、本件パラメータを用いずに、試行錯誤を通じて、粒々感のない照明器具を製造していたものといえる。そのような技術状況からすると、「物」の発明の特定事項として数式が用いられている場合には、出願(優先権主張日)前において実施していた製品又は実施の準備をしている製品が、後に出願され権利化された発明の特定する数式によって画定される技術的範囲内に包含されることがあり得るところであり、被控訴人が本件パラメータを認識していなかったことをもって、先使用権の成立を否定すべきではない。
そこで、本件優先日1当時の技術水準や技術常識等についてみると、・・y/x値が1.27~1.1を満たす製品を設計することは、403W製品によって具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更した実施形式というべきである。』
④ 『被控訴人403W製品に具現されたy/x値との同一の範囲は、1.27~1.40と認定でき、また、被控訴人403W発明に具現された発明と同一性を失わない範囲は、1.1~1.7又は1.7を超える範囲と認定できるから、1.1~1.7又は1.7を超える範囲は、先使用権者である被控訴人が自己のものとして支配していた範囲と認められる。』
⑤ 『控訴人PIPMは、本件各訂正発明1は、オールインワンのパラメータとして、y値、更にはy/xの値を評価することで、非常にシンプルなアプローチで、輝度均斉度を制御することを実現しているとの本件発明1の技術的思想を前提とした主張をするが、前記1(3)のとおり、y/x値に関して如何なる設計手法を取るかは、本件発明の技術的範囲とは無関係であり、先使用による通常実施権の判断において、403W製品が、控訴人PIPMがいう本件パラメータに係る技術思想を備える必要はない。かえって公然実施されているような数値範囲を事後的に包含する本件パラメータについては、公平の観点から、特許権の行使が及ばないと解するのが相当である。』
⑥ 『被控訴人は、403W発明及び上記事業の範囲内において、本件各発明1並びに本件訂正発明1-17及び1-18に係る特許権について、通常実施権を有する。
また、403W製品は、x値及びy値の関係性を特定する技術的思想が明示的ないし具体的にうかがわれるものではないものの、実際にはそのx値及びy値の関係性により、本件各発明1並びに本件訂正発明1-17及び1-18に係る構成要件に相当する構成を有し、その作用効果を生じさせている。加えて、403W発明につき、照明器具としての機能を維持したまま、本件各発明1並びに本件訂正発明1-17及び1-18の特定するx値及びy値の関係性を満たす数値範囲に設計変更することは可能と認められる。このため、被控訴人製品1~5及び7~16は、いずれも、403W発明と同一性を失わない範囲内において変更した実施形式であるにとどまるものといえる。・・そうすると、被控訴人による被控訴人製品1~5及び7~16の製造販売は、被控訴人の上記通常実施権の及ぶ範囲内に含まれる。』
(3)再訂正の主張について
『本件再訂正のうち先使用による通常実施権の主張を回避しようとするところは、特許発明の無効理由を解消しようとするものではないことに加え、・・被控訴人に先使用による通常実施権が認められる403W製品に係るy/x値の同一の範囲は1.1~1.7又は1.7を超える範囲であると認められることから、控訴人PIPMは、本件再訂正による請求項1、3、16、17及び18に係る各発明に基づく本件特許権1を行使し得ないといえる。』
→パラメータ発明について先使用を認めた事例(知財高判令和6年4月25日・令和3年(ネ)第10086号【ランプ及び照明装置事件】)②に続く