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AI発明の発明者と知財訴訟におけるAIの利用について

1.AIは発明者になれるか

AIのDABUS君が発明者になり、特許を得ることができるか、との問題提起となる訴訟がオーストラリア、米国、イギリス、EPOなどで提起され、既に地裁、高裁、あるいは最高裁の判決が公表されていることは、VOICE(2022年7月号)等で述べてきたとおりである。

そのような状況下で、ついに東京地裁でも、令和6年5月16日、DABUS君を発明者とする発明について、判決が言い渡された。

事案は、DABUSと名付けられたAIを発明者、特許出願人をThaler, Stephen L.氏(自然人)とする出願に対し、オーストラリア特許庁は、特許法と同規則に基づき、発明者を自然人又は法人とすることを求めたが、出願人は、AIは発明者となれるとの意見書を提出したため、出願が却下され、それに対する取消訴訟が裁判所に係属したというものである。

東京地裁判決は、特許法に規定する「発明者」は、自然人に限られ、AIは「発明者」とはなりえない。また、AIは、法人格を有しないから、特許を受ける権利の帰属主体にもなり得ない、と判断した。

イギリスの控訴裁判所は、2021921日に、同最高裁は、2023年12月20、特許法上の発明者とは自然人であるから、AIは発明者とはなれないとの判断をすでに示している。オーストラリアの控訴裁判所も2022年4月13日、また、EPO のLegal Board of Appeal も、20211221日に、同様に、AIは発明者とはなり得ないとする特許庁の判断を支持してきた(米国の連邦地裁も同様の判断を示している。)。

ただし、これらと反対の立場を示したのは、唯一、オーストラリア連邦地裁の判決であった。オーストラリア連邦地裁の判断は、「発明者」という概念に関して狭い見解をとることは、AIの成果から利益を得る可能性のある他のすべての科学分野におけるイノベーションを阻害することになると結論付けた。

しかし、オーストラリアの控訴裁判所は、特許法における発明者は、自然人であるとして、地裁判決を破棄したため、特許法上における発明者にAIが含まれるかとの法的問題は、グローバルには既に決着したといえるであろう。

 

2.AIを利用した発明について

AIが特許法上の発明者になれないということは、AIを利用して完成された発明が存在しないということを意味するものではけっしてない。むしろ、現代社会においては、コンピュータを情報の集積、情報の解析の道具として利用して多数の発明が生まれてきたのと同様に、AIを道具として利用した結果、AIからアイデアが提供され、それをきっかけとして完成された発明もすでに生じているはずである。研究者が、AIに対し適切な情報と、適切なコマンドを与え続けた結果、AIが最終的に回答したアイデアが発明のアイデアとなり、それにより発明が完成した場合、あるいはAIの回答がヒントとなって研究者にあるアイデアが生まれ、それが発明となった場合などは、既に存在しているのであろう。その場合、AIを道具として操作し、必要な情報やコマンドを適切に与え続けた研究者が発明者となるのであろうし、熟練した研究者だからこそ、AIに対し適切なコマンドを与え、AIを有効利用できるのであり、そうでなければ、AIは、使えない代物になってしまうであろう。医薬(創薬)の分野ではすでにAIを道具として適切な回答を出力させ、これを利用した新薬の開発は、すでにチャレンジされているようであるし、これからは様々な分野でもAIを道具として利用したうえで完成した発明が出現するであろうことは容易に予想される。要は、AIを適切に使いこなせるかどうかであろう。

 

3.知財弁護士の仕事におけるAIの活用について

弁護士や弁理士の知財の仕事において、AIが既に画期的な活躍をみせていることについてふれたい。筆者は、弁護士として、欧米の弁護士と共同して特許権侵害訴訟を遂行したり、国際仲裁の仕事をしているが、その関係では、次のようなAIの利用が仕事を効率化し、日本語と英語のバリアーをなくしてくれていると感じている。

なお、AIといってもいろいろあるが、このAIは、事務所のクローズド環境内でのAIの利用(入力した情報が事務所外の使用者に共有されることはなく、であり、これにより業務上の秘密が守られることが前提である。また、弁護士は一定水準以上の英語力を備えており、AIが出力した英語をチェックできることが前提である。

AIによる仕事の効率化、質の向上は、次のようなものである。

  • 英文メール

自分から英文メールを送る場合、要点を日本語に箇条書きにしてAIに指示するだけで、瞬時に明確な内容の英文メールができあがる。それを自分で読み直して、表現の強弱を微調整して送るだけなので、仕事の時間が短縮される。また、相手から送られてきた長い英文メールは、AIにより日本語に翻訳してから読むほうが効率が良い。

  • 英語文書の作成

侵害訴訟に関連して、数ページの文書を作成して、こちらの考えや日本の侵害訴訟の実務の特徴を説明する場合、日本語でこれらを明確に説明する文書を作成すれば、それをAIが英語に瞬時に翻訳してくれるので、非常に効率がよい。

  • 意見書や準備書面の翻訳

意見書や準備書面については、今までは外部翻訳に依頼して、英語にしていたが、1週間から10日以上の期間が必要であった。これからは、若手弁護士がAIを利用して翻訳をして、内容のチェックをするような態勢を採用すれば、若手弁護士にとっても良い経験になるし、何よりも従来の外部翻訳のような時間は不要となり、1日で準備書面や意見書の翻訳とチェックが完了するであろう。今後、このような方式が検討されるべきである。

  • 欧米の判決の要約

従来は、欧米の注目すべき判決については、誰かがこれを日本語で紹介してくれるまで、数か月以上のかなり長い期間を要し、そのため、より迅速にその内容を把握するためには、自分で英語の原文でこれを読み、内容を理解するしかなかった。しかし、忙しい仕事の合間に、仕事に緊急の必要がない英語の判決を読むことはなかなか容易ではなかった。もっとも、英語の判決を日本語に要約する仕事は、AIが得意とする分野である。長文の判決の場合は、内容をいくつかに分ける必要があるが、AIにその内容を要約させ、あるいは、ある争点に絞ってその内容を詳しく要約させることなどは、非常に簡単にできることになった。英語の障壁が、AIのおかげで消滅した。これは日本人にとって、一種のAI革命といっても過言ではない。日本語という特殊な世界の中で、ち密な裁判を構築してきた日本は、英語の障壁があるため、知財の裁判例といっても世界からは注目されることはあまり多くはなかった。しかし、これからは、日本語の判決は、知財高裁のHPの英語による紹介だけでなく、日本の法律家のHPによるAI翻訳ないし要約により、よりスピードアップした英語情報の発信ができるようになり、また、日本法に興味がある外国の法律家も、そのHPによる日本語判決のAI翻訳ないし要約による情報発信が可能な時代となってきたといえる。

  • リモート会議及び国際会議における活用との課題

最後の課題は、リモート会議あるいは国際会議における、AIによる同時通訳であろう。従来から、英語と日本語とは語順が違うため、また、知財訴訟などの分野では専門用語が多いため、同時通訳は大変困難な課題であった。現在はリモート会議用のアプリには、文字に記録して表示する機能が搭載されている。この記録及び表示機能があれば、AIなら記録された言語を希望の言語に翻訳することは困難ではないはずである。そうすると会議の音声記録アプリとAI翻訳機能とをコネクトしてくれれば、この問題は簡単に解決されることが期待される。

 

4.AIが十分な回答ができない分野

これらに対し、AIを積極的に利用できない作業、信頼できない回答をする分野がある。自分が良く知っている分野で、例えば知財訴訟の判例などについて、AIに質問をして、その回答を見てみると、AIが既に学習してきた範囲内で、適当に答えているだけのことが多く(わからなくても適当に答えるので間違うことも少なくはない)、専門的な知財訴訟の各裁判例の内容を深く正確に理解しているわけではないことにすぐに気が付くであろう。

これはAIの至らない側面である。だからといって、AIはまだ使えない、といって、これを全面的に否定する必要はない。まずは、AIが得意な分野で得意な作業をさせて、その機能を十分に使いこなすことである。AIのおかげで、英語その他の外国語と日本語の間の障壁をなくすことができつつあり、これにより、日本人は世界の人々とより容易により迅速により充実したコミュニケ―ションをすることができるようになった。これは、言語の障壁がなくなったことを意味し、素晴らしいことである。

なお、最近では、高度な翻訳ソフトがあり、これもTraiというアプリケーションとして創英に導入されているが、翻訳に限って言えば、AI翻訳に引けをとらないレベルのようである。筆者は、両者を比較して使用して詳しく分析したものではないので、コメントする資格はないが、最近は、AIのほうが、翻訳のみならず、要約あるいは、コマンドの入力だけで英語の文章を作成してくれるとの能力があるため、Traiではなく、AIのみを利用していて、十分に満足している。そのため、Traiを使用する頻度がめっきり減ってしまった。

これまで、国際会議でも、英語ネイティブかそれに近いEU各国の人たちが活発な議論をすることが多かったのに対し、日本人の法律家は、英語の障壁があるゆえか、あるいは謙虚な国民性の故か、比較的おとなしくしていることが多かった。国際会議における発言の音声入力と文字起こし(文脈等による入力内容の修正を含む)、AI翻訳とを組み合わせたソフトを実用化してもらえば、国際会議における英語の障壁の問題は各国の参加者にとって、容易に解決できるのではないだろうか。