[河合]商品等表示に関する近時の裁判例①(知財高判令和4年12月26日・令和4年(ネ)第10051号、原審:東京地判令和4年3月11日・平成31年(ワ)第11108号【ルブタン事件】)
1 はじめに
近時、商品の形態が不正競争防止法2条1項1号の商品等表示に該当するか否かについて、興味深い裁判例がいくつか見受けられる。今回は、そのうち一つとして、知財高判令和4年12月26日・令和4年(ネ)第10051号(原審:東京地判令和4年3月11日・平成31年(ワ)第11108号)【ルブタン事件】を紹介する。
2 事案の概要
原告Xは、高級ファッションブランド「クリスチャン ルブタン」(ルブタン)のデザイナーであり、原告クリスチャンルブタン エス アー エス(原告会社)の代表者であった者である。
原告会社は、女性用ハイヒールの靴底にパントン社が提供する色見本「PANTONE 18-1663TPG」(原告赤色)を付したもの(原告表示)を使用した商品(原告商品)等を製造・販売している。
本件は、原告らが、被告が製造及び販売している女性用ハイヒール(被告商品)は周知又は著名な原告表示と類似する商品であり、被告商品の販売及び販売のための展示は原告商品と混同させる行為であって、不正競争防止法(不競法)2条1項1号又は2号に該当すると主張して、被控訴人に対し、不競法3条1項及び2項に基づいて、被告商品の製造、販売又は販売のための差止めと被告商品の廃棄を求めるとともに、損害賠償を求めた事案である。
3 一審判決(民事40部、中島裁判長)
「商品の形態は、①客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴(以下「特別顕著性」という。)を有しており、かつ、②特定の事業者によって長期間にわたり独占的に利用され、又は短期間であっても極めて強力な宣伝広告がされるなど、その形態を有する商品が特定の事業者の出所を表示するものとして周知(以下、「周知性」といい、特別顕著性と併せて「出所表示要件」という。)であると認められる特段の事情がない限り、不競法2条1項1号にいう商品等表示に該当しないと解するのが相当である。
そして、商品に関する表示が複数の商品形態を含む場合において、その一部の商品形態が商品等表示に該当しないときであっても、上記商品に関する表示が全体として商品等表示に該当するとして、その一部の商品を販売等する行為まで不正競争に該当するとすれば、出所表示機能を発揮しない商品の形態までをも保護することになるから、上記規定の趣旨に照らし、かえって事業者間の公正な競争を阻害するというべきである。のみならず、不競法2条1項1号により使用等が禁止される商品等表示は、登録商標とは異なり、公報等によって公開されるものではないから、その要件の該当性が不明確なものとなれば、表現、創作活動等の自由を大きく萎縮させるなど、社会経済の健全な発展を損なうおそれがあるというべきである。そうすると、商品に関する表示が複数の商品形態を含む場合において、その一部の商品形態が商品等表示に該当しないときは、上記商品に関する表示は、全体として不競法2条1項1号にいう商品等表示に該当しないと解するのが相当である。」
「原告表示は、・・原告赤色を靴底部分に付した女性用ハイヒールと特定されるにとどまり、女性用ハイヒールの形状(靴底を含む。)、その形状に結合した模様、光沢、質感及び靴底以外の色彩その他の特徴については何ら限定がなく、靴底に付された唯一の色彩である原告赤色も、それ自体特別な色彩であるとはいえないため、被告商品を含め、広範かつ多数の商品形態を含むものである。
そして、・・原告商品の靴底は革製であり、これに赤色のラッカー塗装をしているため、靴底の色は、いわばマニュキュアのような光沢がある赤色(以下「ラッカーレッド」という。)であって、原告商品の形態は、この点において特徴があるのに対し、被告商品の靴底はゴム製であり、これに特段塗装はされていないため、靴底の色は光沢がない赤色であることが認められる。そうすると、原告商品の形態と被告商品の形態とは、材質等から生ずる靴底の光沢及び質感において明らかに印象を異にするものであるから、少なくとも被告商品の形態は、原告商品が提供する高級ブランド品としての価値に鑑みると、原告らの出所を表示するものとして周知であると認めることはできない。そして、靴底の光沢及び質感における上記の顕著な相違に鑑みると、この理は、赤色ゴム底のハイヒール一般についても異なるところはないというべきである。
したがって、原告表示に含まれる赤色ゴム底のハイヒールは明らかに商品等表示に該当しないことからすると、原告表示は、全体として不競法2条1項1号にいう商品等表示に該当しないものと認めるのが相当である。」
なお、同判決は、原告表示の特別顕著性及び周知性も否定したほか、出所混同のおそれも否定した。
4 控訴審判決(4部、菅野裁判長)
控訴審判決は、結論としては控訴人(一審原告)らの控訴を棄却したものの、原審の上記判示を引用せず、次のとおり判示した。
「被告商品と原告商品は、価格帯が大きく異なるものであって市場種別が異なる。また、女性用ハイヒールの需要者の多くは、実店舗で靴を手に取り、試着の上で購入しているところ、路面店又は直営店はいうまでもなく、百貨店内や靴の小売店等でも、その区画の商品のブランドを示すプレート等が置かれていることが多いので、ブランド名が明確に表示されているといえ、しかも、それぞれの靴の中敷きにはブランドロゴが付されていることから、仮に、被告商品の靴底に付されている赤色が原告表示と類似するものであるとしても、こうした価格差や女性用ハイヒールの取引の実情に鑑みれば、被告商品を「ルブタン」ブランドの商品であると誤認混同するおそれがあるといえないことは明らかというべきである。
また、普段は被告商品のような手ごろな価格帯の女性用ハイヒールを履く需要者の中には、場面に応じて原告商品のような高級ブランド品を購入することもあると考えられるが、こうした需要者は、原告商品が高級ブランド・・であることに着目し、試着の上で慎重に購入するものと考えられるから、被告商品が原告商品とその商品の出所を誤認混同されるおそれがあるとはいえない。」
「近時では、高価格帯のブランドが価格帯の異なるブランドとコラボレーションした商品が販売されることもあるが、その商品にはそれぞれのブランドのロゴが付されており・・、その商品がコラボレーション商品であることが需用者にとって一目で分かるようになっている・・。そうすると、仮に、被告商品の靴底に付された赤色が原告表示に類似するとしても、被告商品にはそうしたコラボレーション商品であることを示すようなロゴはないから、需要者が、被告商品が控訴人らのライセンス商品又は控訴人らとの間で何らかの提携関係を有する商品であると誤認混同するおそれがあるともいえない。」
「仮に、被告商品の靴底に付された赤色が原告表示に類似するとしても、原告表示を付した原告商品であると誤認混同するおそれ(広義の混同を含む。)があるとはいえないから、原告表示が不競法2条1項1号に規定する「他人の商品等表示」に該当するか否かについて判断するまでもなく、被告商品の販売等が同号の「不正競争」に当たるとはいえない。」
また、靴底が赤色の女性用ハイヒールは、原告商品以外にも少なからず我が国においては流通していること、アンケート調査結果から、原告表示は、一定程度の需要者に商品出所を認識されているとはいえるが、それが著名なものに至っているとまでは評価することができないことから、原告表示が不正競争防止法2条1項2号に規定する「他人の著名な商品等表示」であるとはいえないとした。
5 検討
(1)一審判決が提示する商品形態の商品等表示性の要件(①特別顕著性、②周知性)は従来の裁判例と同じである。
他方、「商品に関する表示が複数の商品形態を含む場合において、その一部の商品形態が商品等表示に該当しないときは、上記商品に関する表示は、全体として不競法2条1項1号にいう商品等表示に該当しない」との規範は、従来の裁判例には見られなかったものである。
不競法2条1項1号・2号に関する訴訟において、何を「商品等表示」とするかについては、弁論主義の観点から、原告の主張によることになる。原告側としては、その特定する「商品等表示」が被告商品の形態を含むように主張する必要があるため、現実の原告商品の形態の中から、被告商品の形態と共通する部分を抽出して(いわば上位概念化して)「商品等表示」と主張することが多い。
しかしながら、このような上位概念化の主張を無限定に許容すれば、一審判決が判示するとおり、出所表示機能を発揮しない商品の形態までをも保護することになりかねず、妥当ではないように思われる。その意味で、一審判決の問題意識は首肯し得るところである。
もっとも、一審判決は上記のような考慮を、特別顕著性及び周知性(一審判決がいう「出所表示要件」)とは別の外在的な要件として判断しているようであるが、端的に、原告の主張する広い「商品等表示」(本件では、光沢や質感を捨象した、原告赤色が靴底に付された女性用ハイヒール)では、特別顕著性又は周知性が認められないと判断すれば足りるようにも思われる(実際、一審判決は特別顕著性及び周知性を否定している)。あるいは、商品等表示の特定については原告の主張を前提としつつ、類似性判断においては、被告側において、当該商品等表示性を基礎づける特徴部分以外の形態が相違することにより商品全体としては類似しないとの主張をすることを許容し、類似性を否定することも可能であるように思われる。
(2)控訴審判決は、一審判決の上記規範には何ら触れることなく、混同のおそれ及び著名性を否定して、一審原告らの控訴を棄却した。
不競法2条1項1号・2号に関する訴訟において、商品形態が「商品等表示」として主張される場合、主たる争点は商品等表示性であり、これが認められると、類似性(そもそも原告は被告商品と類似する特徴を「商品等表示」として主張している)、混同のおそれが否定されることはあまり多くない。
本件控訴審判決は、商品等表示性に触れることなく、混同要件で処理しており、同要件の重要性を再認識させるものとなっている。
また、控訴審判決は、事案の解決の柔軟性という観点から、一審判決のように商品等表示性を否定するのではなく、諸事情を総合的に考慮できる混同要件で判断したとも考えられる。
(3)本件判決後、一審判決と同旨の規範を述べる裁判例が公表されている(東京地判令和5年9月28日・東京地裁令和和3年(ワ)第31529号【幼児用椅子事件】。本件一審判決と同じ民事40部・中島裁判長)。
一審判決の述べる規範が定着するか否かはなお予断を許さないところであり、今後の裁判例の動向が注目される。
以 上