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不正競争防止法

【河合】商品等表示に関する近時の裁判例③(知財高判令和5年11月9日・令和5年(ネ)第10048号、原審:東京地判令和5年3月24日・令和2年(ワ)第31524号【ドクターマーチン事件】)

1 はじめに

近時、商品の形態が不正競争防止法2条1項1号の商品等表示に該当するか否かについて、興味深い裁判例がいくつか見受けられる。今回は、知財高判令和5年11月9日・令和5年(ネ)第10048号、原審:東京地判令和5年3月24日・令和2年(ワ)第31524号【ドクターマーチン事件】)を紹介する。

 

2 事案の概要

本件は、原告が、被告に対し、原告が販売する靴製品(以下「原告商品」という。なお、控訴審判決では「被控訴人商品」と表記されている)の形態は、原告の商品等表示として需要者の間に広く認識されており、原告商品の形態と実質的に同一の被告各商品を販売し又は販売のために展示して原告の商品と混同を生じさせた被告の行為は、不正競争防止法(以下「不競法」という。)2条1項1号の不正競争に該当すると主張して、不競法3条1項及び2項に基づき、被告各商品の販売又は販売のための展示の差止め及び廃棄を求めた事案である(なお、本件においては商標権に基づく差止請求等もなされているが、本稿では省略する)。

原告のブランド「ドクターマーチン」の商品として我が国で販売されている「1460 8ホールブーツ」(革製のブーツ)は、その大半のモデルにおいて、黄色のウェルトステッチ(形態(ア))、ソールエッジ(形態(イ))、ヒールループ(形態(ウ))、ソールパターン(形態(エ))、アウトソール踵部分の傾斜(形態(オ))、丸みを帯びた靴の前部(形態(カ))、ピューリタンステッチ(形態(キ))及び8ホール(形態(ク))という形態上の特徴を備えている(控訴審判決の認定より)。

 

3 一審判決(民事29部)

(1)一審において、原告は、原告商品を、上記(ア)ないし(ク)の形態的特徴を全て有するものとして定義し、これらの形態上の特徴を全て備える原告商品の全体の形態が原告の周知の商品等表示であると主張していた(控訴審判決の判示より)。

(2)一審判決の判示

ア 商品等表示性について

一審判決は、『商品の形態自体が特定の出所を表示する二次的意味を有し、不競法2条1項1号にいう「商品等表示」に該当するためには、その形態が「商標」等と同程度に不競法による保護に値する出所表示機能を発揮し得ること、すなわち、①商品の形態が客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有しており(特別顕著性)、かつ、②その形態が特定の事業者によって長期間独占的に利用され、又は極めて強力な宣伝広告や爆発的な販売実績等により、需要者においてその形態を有する商品が特定の事業者の出所を表示するものとして周知になっていること(周知性)を要すると解するのが相当である。』とした上で、上記(ア)ないし(ク)の原告商品の各形態について、個別に特別顕著性及び周知性を検討し、結論として、(ア)(黄色のウェルトステッチ)についてのみ、原告の商品等表示として周知であると認定した。なお、個別の判断は以下の表のとおりである。

  特別顕著性 周知性
形態(ア)
形態(イ)、(ウ) ×
形態(エ)ないし(ク) × ×

イ 類似性について

一審判決は、上記アのとおり原告の商品等表示として周知である形態(ア)と、これに対応する被告各商品の形態を対比し、類似性を肯定した。

ウ 一審判決は、混同のおそれも肯定し、結論として、不競法2条1項1号該当性を認め、原告の請求を認容した。

 

4 控訴審判決(4部、宮坂裁判長)

控訴審判決は、結論としては、原審同様、不競法2条1項1号該当性を認め、控訴人(一審被告)の控訴を棄却したが、下記のとおり判示した。

(1)特別顕著性について

控訴審判決は、原審において個別に特別顕著性が認められていた形態(ア)ないし(ウ)について、『被控訴人商品全体の特別顕著性を基礎づける個別要素としての顕著な特徴を有していたものと認められる。』と認定し、また、原審では特別顕著性が否定された形態(エ)ないし(ク)について、『これだけを独立してみれば、さほど特徴的な形態とまではいえないものの、他の特徴的な形態との組合せにより商品全体の特別顕著性を導く一つの要素にはなり得るものと解される。』としている。その上で、『被控訴人商品は、特に形態(ア)(黄色のウェルトステッチ)、形態(イ)(ソールエッジ)及び形態(ウ)(ヒールループ)の3点にお いて、他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有し、強い出所識別力を発揮していると認められる。さらに、個別にみればさほど特徴的な形態とまではいえない形態(エ)~形態(ク)とも組み合わせて全体的に観察すれば、他の同種商品(ブーツ)には全く見られない顕著な特徴を有するものといえる。すなわち、上記の形態(ア)~(ク)の特徴を全て備える被控訴人商品は、いわゆる特別顕著性を備えるものと認められる。』と判断した。

他方、『「黒色のウェルトと明るい黄色の糸のステッチ」という形態だけ・・から特別顕著性を認めることは、過剰な独占を認める結果になり相当でない』とも判断している。

さらに控訴審判決は、以下のとおり原審の判断について付言している。

『原審は、被控訴人商品が備える形態のうち、黄色のウェルトステッチ(形態(ア))だけを取り上げて、これが周知の商品等表示に当たると判断しているところ、この判断は、控訴人 が控訴理由で批判しているとおり、弁論主義に反するものであったといわざるを得ない。もっとも、被控訴人は、当審において、原審の判断は被控訴人の主張と異なるものではないとの趣旨を述べているから、その瑕疵は治癒されていると解されるが、実体判断として採用できない』

(2)周知性について

『形態(ア)~(ウ)の特徴を備える被控訴人商品の形態は、需要者の間に広く認識されており、周知の商品等表示に該当するものと優に認められる。』

(3)類似性

控訴審判決は、『被控訴人商品は、形態(ア)~(ク)の特徴を全て備えるものとして周知の商品等表示該当性が認められるものであるが、被疑侵害商品が上記の特徴を全て備えていない場合であっても、同一性はともかく類似性が当然に否定されるものではない。その類否の判断に当たっては、被控訴人商品の形態の最大の特徴というべき形態(ア)(黄色のウェルトステッチ)がいわば要部となり、最も重視されるべきであるが、それ以外の形態も含めた総合的な判断が求められると解される。』とし、結論として類似性を肯定した。

 

5 検討

(1)商品の形態が商品等表示に該当するか否か及び原告商品と被告商品とが類似するか否かの命題を抽象的に判断することはできないから、訴訟においてこのような主張をする場合には、まず原告において、原告商品のいかなる形態が商品等表示に該当し、被告商品と類似するというのか、その商品等表示該当性や類似性の根拠となる原告商品の形態についての特徴(構成)を特定して主張することが必要である(知財高判平成17年7月20日・平成17年(ネ)第10068号【マンホール用ステップ事件】、東京地判令和5年9月28日・東京地裁令和和3年(ワ)第31529号【幼児用椅子事件】)。

本件の原告は、一審において、上記形態(ア)及び(ク)を全て備えたものを原告商品とし、その全体の形態を商品等表示として主張していた。

(2)一審判決は、原告商品の各形態の商品等表示性を個別に検討して、商品等表示性が認められる形態についてのみ被告各商品と対比して類似性を検討するという手法をとっている。

しかしながら、控訴審判決が指摘する通り、原告が商品等表示として主張していない、一部の形態のみを取り出して判断することは弁論主義に反すると言わざるを得ないように思われる。一審判決の判断手法によると、商品等表示性が認められる一部の形態を被告各商品が備えていれば直ちに類似性が認められることになり、商品全体を商品等表示として主張する原告の主張よりも、かえって原告に有利になっているように思われる。

(3)控訴審判決は、原告が一審から主張している商品等表示を正確に認定した上で、個々の形態は商品全体の特別顕著性を導く個別要素であるととらえ、原告商品の形態(ア)~(ク)を全体的に観察して特別顕著性を肯定した。

他方、原告は、控訴審において、『原審の判断が原告の主張と異なるものではないとの趣旨を述べた』(すなわち、形態(ア)のみを周知の商品等表示とする主張を追加した)ようであるが、控訴審判決は、実体判断として形態(ア)だけでは商品等表示性は認められないと判断している。

なお、周知性については(ア)~(ウ)を備える形態についてのみ判断しているが、これは、(ア)~(ウ)の組み合わせに周知性があれば、これに(エ)~(カ)を組み合わせたものにも当然周知性があるという事であろう(『優に認められる。』という表現はこのような理解を示唆している)。

また、類似性についても、形態(ア)のみならず、それ以外の形態も含めた総合的な判断をしており、問題となっている商品等表示(形態(ア)~(ク)を全て備える全体の形態)に即した適切な判断手法といえる。

(4)本件は、商品の形態についての商品等表示が複数の特徴の組み合わせである場合の不競法2条1項1号の判断手法に関し、今後の実務上参考になる裁判例と評価できる。

以 上

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